2018年5月17日木曜日

今後の予定( 2018.05.17)

今後の予定

◎鳥取夏至祭
 出演予定者発表しました。鳥取人はまだまだ募集しています。飛び入りも歓迎。みんなで遊びましょう。チラシは現在配布中です。
https://tottori-geshisai.jimdo.com









◎池田千夏ライブ@鳥取大学アートプラザ
来たいという人は受け入れる。関西ツアーのついでに来るということで急遽決まったライブ。ちなみにその日の午後はわらべ館でワークショップを行なっています。
池田さんは昨年ベースの水谷さんとお越しくださいました。水谷さんは今年は夏至祭に。少しずつ輪を広げています。
5月27日19時開場、19時半開演 学生500円、教職員・一般1000円


◎わらべ館即興音楽とダンスのワークショップシリーズスタートします。
夏至祭の時に踊るの楽しーと思った鳥取の皆さんに即興の面白さを定着させるべく2ヶ月に1度の即興音楽とダンスのワークショップシリーズを開始します。(助成:文化庁大学を活用した文化芸術推進事業)
夏至祭メンバーだった皆さんにもお越し頂き即興ワークショップを遊びつつ幅を広げていけるといいのではないかと。日程は以下の通り。
5月27日(日)13時半から
6月24日(日)→13時半〜夏至祭スペシャル
7月22日(日)午前
9月30日(日)午前
11月18日(日)
1月26日(土)
3月10日(日)


◎死者の書再読
お隣兵庫県にある城崎アートセンターで滞在制作を行います。9月15、16日には試演会も行う予定。鳥取県内では12月末を予定しています。情報公開になりました。

http://kiac.jp/jp/post/4448

鳥取を拠点に活動するダンサー/振付家の木野彩子による折口信夫「死者の書」再読プロジェクトの滞在制作。
折口信夫の口述文学の傑作小説「死者の書」における、2つの世界が交錯していく構造や、多用されるオノマトペをもとに各シーンの動きをつくり、折口の心の中の物語として再構成し、ダンス作品を創作する。2つの世界を象徴する存在として音楽家のやぶくみこ(ガムラン、パーカッション)、杵屋三七郎(江戸長唄、三味線)が参加し、この世とあの世、男性性と女性性が重なる瞬間を模索する。また、照明家の三浦あさ子との共同作業により、この世ではない世界の見せ方を探究する。滞在中、市民を招いたオープンスタジオで成果を発表する予定。滞在制作後は、鳥取県内での上演を計画している。



折口さん密かに明治神宮外苑は単なる公園運動施設ではなく、本質的に神宮の崇敬と深い関係を有するもので、宗教施設に他ならない」という主張をする助言を行っていたらしい。(明治神宮外苑70年誌)さすが国学院大学教授。(ちなみに国学院大学結構近くにあるのですが、そこの博物館には折口さんの書斎が再現されていたりします。)まさかのようですがこの2つのクリエーション全然毛色が違うのに実はつながっていて、ここのところずっとこの時代の本しか読んでいません。


◎「ダンスハ體育ナリ?」またやります!10月6、7日@ドイツ文化センター
実は大野一雄編(其の1)でという話が動いていたのですが、現在どのようにまとめようか、まとめないのか色々模索中。5月12日見に来た人には仮チラシお渡ししました。本気です。ダンサーで先生という木野経歴ならではのレクチャーパフォーマンス、いそうでいないと様々な方に言われています。おだてられたからではないですが、これはこれでもう少し掘ってみましょう。



◎鳥取銀河鉄道祭2019年11月に開催します。それに向けてのリサーチ・ワークショップ活動がスタートします。

◎Amanogawaプロジェクト鳥取2018年11月やりましょう。


またひとつあたらしい物語を紡いでいきましょう

やっと歯車が回り始める。

ゆっくり時間はかかっても、その時間は多分無駄ではなく、やはりかかるべくしてかかったもの。人によりその速度は異なり、時には立ち止まることもあるけれど、それでも何かはできていく。

また新しい物語を紡いでいきましょう。


たまたまダン体から帰ってきた日の授業は芸術入門で舞踏について語る日でした。
クラシックバレエ、モダンダンス、コンテンポラリーダンス、舞踏、能歌舞伎狂言、民俗舞踊、即興とコミュニティダンスの考え方(鳥取夏至祭という現象をどのように捉えるか)という流れで一般の学生さんに様々な踊りを紹介していくような授業です。
昨年大野慶人さんに来てもらったこともあるので、大野さんを中心に舞踏の起きた時代背景なども語ります。映像も見ながら。学生は衝撃を受けつつ、ホラー映画みたいと。(いや、ホラー映画がこれを基にして作っているんだと思うよと突っ込みを入れる)土方の夏の嵐の冒頭に京大の西部講堂が出てて、タテカン事件の話を思い出したり。時代の変化をつくづく感じました。今の危うさ。

土方本を読み直していて、宇野邦一さんの本にあたり、死者の書として捉えていて、あ、そうだったと思い出しました。2年くらい前応募するときに何がいいかなと思った時病める舞姫もいいかなあと思ったものの、この作品は男性が踊ったほうがいいよなあと思い、死者の書にしたのを思い出しました。(ちなみに今年は病める舞姫が流行っているようで、何があるんだろう?と思っています)
死者の書はタイトルヘビーなんですけれど、(実際一回黄泉の国に降りていかなきゃいけないんですけれど)実はぽちりと咲いた花のような本です。そういうところがいいんじゃないかなあと思っています。
ダン体は大野一雄さんから始まったシリーズということもあり、ダン体2でもまとめは何者かと踊る話をしています。(観客に見えるかどうかわからないということも含めて)今この世にいるいない、そばにいるいないと関係なく、同じ波動の中に何人かいて、同心円のようにしかも階層も異なりながら一緒にいる。それぞれの一つ一つの動きが意図的であれ意図的でなかったであれ、互いに影響を与えながら、この世の流れを形成していくのだなあと。私自身は舞踏は学んでいないのですが、謎の経緯で影響を受けているものだなあと改めて思ったのでした。


ダンスハ體育ナリ?其の2再演

◎「建国體操ヲ踊ッテミタ」再演しました。
5月12日明治神宮外苑聖徳絵画記念館。
この5月12日、1940年には第6回日本体操祭が開かれ、例の明治神宮競技場で1100人建国体操が行われた日なのです。皇国2600年祭の一環として。
これらの体育の聖地明治神宮外苑の歴史を紐解くには格好の日。





再演に合わせて鳥取大「グローバル時代の国家と社会」の授業内で公開リハーサル状態にすることにしました。5月10日木曜5限(4時半から)
学生さんたちの感想もなかなか面白いものでした。

今回2公演ともに満席で、ありがたいと思うとともに(制作さんの努力が素晴らしい)
この作品の持っている幅の広さを感じました。
体操の研究者、スポーツの研究者、大衆音楽の研究者、メディア、批評家といったプロの方が多く来ていて、なかなか衝撃。(恐れ多い)終わった後も色々質問を受けまくっており、これらをちゃんとまとめなければという気がしています。

この作品自体が身体の近代化そして国家とは?ということが見えてくる内容なので、掘り下げることができそうです。

皆様からのコメントはまた後日。

2018年5月11日金曜日

メール不具合が起きています。

ここ数日に木野が出したメール(一般に知られているgmailアドレス)のうち3分の1が届いていないらしいことがわかりました。(全部ではないのが微妙)原因がわかっていないのですが、返信来ないな、変だなと思ったらメッセンジャーでも電話でも何らかの方法でご連絡頂けると幸いです。
この届くのと届かないのがあるというおかしな状態がなぜなのかがわからないので、このような事例に詳しい方助けてください。
なお、別件で1通のメールを送るはずが8通くらい送信ボックスに入っていた事件というのもおきていました。

本番が近く連絡がどんどんくる状況下ですみません。
ごめんなさい〜。


追記(2018.0514)
本番が終わって帰ってきて、パソコンごといろいろ見ていますが、未だ理由がわかっていません。取り急ぎメールが送れないわけではないですが、パソコンからそのまま送るのは難しいことと、受信する側もすべてできているわけではないようです。
そのためccなどで大学メールアドレスをつけていただくなどの対策をお願いします。(大学のメールは今の所見ることができています)
また重要案件については一報いただけると幸いです。よろしくお願いします。

追記(2018.0515)
その後、今日しかもたった今(10時半ごろ)大量のメールが届くんだけれどという友人達の声が。ロストバゲッジと一緒で遅れて到着しているようです。。。色々申し訳ないです。原因は未だ分かっておらず、どうしたものかと思っています。取り急ぎご報告でした。

2018年5月5日土曜日

両性性について

折口さんの本を読み続け、『死者の書』のベースになっている『山越の阿弥陀像の画因』や『神の嫁』を読んで行く。やはり彼の中にある女性性(私が行う場合は私の中にある男性性)に注目せざるを得ない。
薬物(コカインの常習)のせいか、時間軸と空間軸が入れ替わり、分かりにくくなっているがこれは映画のコラージュに発想を得て編集した結果のもの。それを整理して行くと実はお話としては非常にシンプルなもので、恋する折口さんみたいなところまでおりてくる。
で、その乙女ワールド見てみる最近。

両性具有の話についてはラッセルワーク(eonnnagata)をみていて気になっていたところ。おそらく舞踊の本質をつこうとするとそういうところに行き着くのだろう。大野さんのアルヘンチーナや土方さんの病める舞姫もそうだけれど、自身の中のもう一人の自分、俗にいうアルターエゴではなくアニマ、あるいはアニムスと呼ばれる存在。
ちょうど静岡にラッセルカンパニーの元同僚がきて女形で踊るという。なんと!しかもフラメンコとともに。シカゴ(あの映画の、です)ごっことかやってたよな、と懐かしい一方、今みると影響受けてしまいそうでやめておく。eonnnagataは結構残念な作品だったと思うのだけれど(私は日本というものを間違って伝えてしまったのではないかとかなり反省し落ち込んだ)、でもあの時ラッセルと話したことや私たちがみたことが、回り回って10年が経過したのち、こうして全く異なる新しいお話になるのだと思ったらちょっと嬉しいことだと思える。
私は私で
また新しいお話を作り出していきましょう。

ラッセルカンパニー時代に踊った作品の中でTransmissionはああ、人の一生は星のようなものだ、このきらめきの一つ一つが出会いと別れなんだと思ったし(今思い返すとAmanogawaとかってこういうところから来ているのだろうか)、cast no shadowはシチリアに沈むアフリカの移民の話で希望も何もなく、死にゆく身体をダンスにできるのかかなり考えさせられた(実際あまり売れなかった。テーマを選んだのは私ではないけれどいろんな意味で責任を感じる)。その時思った素朴な疑問や引っかかりは今も残っていて、永久に宿題のようになっている。
ドラマを作る人だからと言ってもらったその言葉、いつかみせてあげられますように。


建国体操で学ラン着ているのはそういう意味ではないです。
でも確かに高校時代の男装が一番モテたかもしれない。


死者の書下見

このゴールデンウィーク中に照明の三浦あさこさんが鳥取まで来てくれて打ち合わせを行う。かめりあ。アルテリオトライアル、Amanogawa、静などずっとお世話になっている照明家さん。実はMobiusの鳥取版も見に来てくれている。

今回の作品はMobiusの時からそして静(黒白)とつながっているもので、作品の説明をしながら、ああ、そういえばとかあの時のあれがとか話していく。わたしは器用な方ではないので、ずっと同じことを紡いでいるのだなあと思ったりもする。プロ的ではないけれど、でも年を経て重ねていくと、少しは見えてくるものもある。
もともとIchIをちゃんと膨らませて、2人で踊っていた部分を木野が全ておう形でできないかと思っていたところがあって、セット(茶室を模して作っているパネル、針生康作品)なども用意して見たが、こういう感じじゃないねということになる。
もっと淡いものなのではないか。わたしとあなたとの境目はパッキリ分かれるものではないような気がする。
Mobiusのチラシは言葉が二重に重ねられていて、しかも印刷も薄いので、読むことはできない(実は最近発覚したが、時間が経つと日光のせいか浮き上がるため読めるようになったりする。まさかの時間差!)。そういうもう一つの世界(しかも時間も空間も超えなきゃいけない)との対話。

こうして長くスタッフさんとお話をしていると、舞台が総合芸術だということを思い出す。SPACenfantワークでも思っていたが、多くの現場はスタッフさんと話す時間が少なく、こういう機会が取れるのをありがたいと思う。

照明環境などを考えて、大学施設ではなく、劇場公演にする。ちょっとハードルが上がるがなんとか頑張ってみよう。9月、12月愛を込めて機を織らせていただきます。

ほという文字


という言葉は基本的に緩んだ身体を作り出す。
ほぐす、ほどくなどの動詞のほかほんのり、ほわほわ、ホッとするなどの言葉が浮かぶ。話していてほんわりするなあというのを惚れるというし、安心した心持ちをさす。
ダンス的にはその身体の緩んだ状態をいかに作り出して行くかということにフォーカスが置かれている。

逆にカ行などは緊張状態を作り出す。硬いのだ。
建国体操のケンコクなんかはまさしくそのとうりで、建国建国と話しているだけでだんだん体が硬直してくる。
建国体操リハをしているだけで体が硬くなるというのを前回も思ったけれども、今回は言葉自体の問題もあるのかもと思う。
凝り固まった心も身体もほぐしましょう。

建国体操リハ

5月12日に開催されるレクチャーパフォーマンスは2月11日の再演。完全再演と言ってはいても、授業同様全く同じになるはずがない(ちなみに2月11日の時にも午前午後でテンションがだいぶん異なっていた)。そのためゲネを行う。

文明の利器とは素晴らしいもので、スカイプでつないでゲネというわたし的には初の試み。つまりわたしは誰もいないところで誰かに向かって建国体操ゲネを行う。微妙。あのお笑い系なのに反応なしでしかも一人頑張る。お客さん無くしてはあの感じはできないもので、なかなか大変でありました。

今回は安定のDJ国府田さんがいないので、制作さんが(元照明)が音響係に。きっかけだしなどを打ち合わせる。鳥取では5月10日の授業で短いバージョン(and一人オペバージョン)上演します。

思っているよりのびている。テンポアップできるかが鍵かも。説明しすぎると良くないんだよねなどと話す。あがるノーツがちょっとおかしい。バスガイド姿の時には是非ストッキングを履いてください、学ランもできればぜひ上下揃えていただきたい、だそう。え、そこですか?というかそれは個人的趣味なのではという疑惑が起きる。

ともあれ、再演いたします。