2018年4月27日金曜日

待つこと

この世の中は難しい。

でも私はあなたを信じている。
信じていたい。
たとえこの世が滅びたとしても、たとえ私の命がつきたとしても、最後にのこす言葉は祈る気持ちでありたい。
私ではないだれかのために。

人はできることしかできない。できる限りで誰かにのこす。それがことほぎ。

もしかしたらそれは時差があるかもしれない。のこらないかもしれない。でもそれでももしかしたらのこるかも、という希望だけで、もうよし。

いつか、は叶わないかもしれない。それでも、かなうかも、ひらけるかも、そう思えるだけで幸せだ。ゴドーを待ちながらのように、

2018年4月24日火曜日

広報というお仕事

建国体操正しくはダンスハ体育ナリシリーズは制作と呼ばれる人が入っている。
私はこれまで基本的に自分で企画を立て、予算も最小限に抑え、(それゆえ照明なども基本自分)やってきたけれども、依頼があって受けたものなので、そのような形になっている。
舞台は一人で作るものではないけれども、心強い仲間でもある。

そもそもの発端は昔のバイト先の上司が大野一雄さんが体育教師だったことを元に作品を作れないかと持ってきてくれた依頼だった。
その時に女子体育の歴史を扱っていたので、男子体育の歴史をと言われて2作品めのリサーチが始まった。

1作品めのリサーチで出てきた女子体育展覧会の写真があまりに変で、それを追いながら、1940年のオリンピック(実際には開催していない)を見出し、ほんとは同じ時代の別事件を追うはずが建国体操に落ち着いた。(別ネタについてはそのうち出すことになると思う)でもそれを追いながらこの時代のあまりにも現代に近い状態に気がつき、更に言えばそこには触れないようにちょっとずらしている演劇の現状に気づき、ダンス業界の我関せず状態に気づき、そのずれのようなものはどこから生まれるものかと考えていた。

初演時見にきたとある批評家さん(前からよく知ってくれている人だった)が気をつけたほうがいいと指摘してくれたけれども、
それでも訴えなければいけないことがあるのではないかと私は感じた。また、私の現在の立場は大学という枠に守られている。だからこそ可能になる表現もある。
つまり、もしも何かが起きた時、表現の自由と学問の自由両方を問うことになる。炭鉱のカナリアと一緒でだからこそそこをつかねばならないのではないか。
そういう危うさを私は感じている。

制作さんはこの超短期間で作り上げてしまった作品ではあるけれども(実際にはリサーチは2年続いている)、奇跡的にまとまったものとして、更にダンス以外の人に知ってもらわねばならないといい、積極的に宣伝しようとする。私はこれまで自分の作品は当事者研究のようなもので自分とそれを見たい人が見るべきだと思っていたけれども、話し合い、外へ出していくことになる。プレスリリースは3弾出ているがまだ出すという。席数マックスで30人二回公演でも60人。集客ではなく、そのあとの発展を考えてそれでもプレスを出すという。彼らの生活がかかっているからというのもあると思う。(正直芸文の許可が下りなかったのはかなり痛手だったはずだ)

でもそれはそれで愛情を感じる。

学校や、美術ギャラリーなど小さな場所でもできる小規模作品(今回は一人だ)、ドミニクボアヴァンの『私なりのダンスの歴史』のように上演が続けていけるようになるのだろうか。
あまりにもたくさんのことが起きている。
今私がしなければいけないこととはなんだろうか。
今回私たちは完全再演としている。しかしそれでも多分たくさんの矛盾やずれを感じるだろう。3ヶ月の差は大きい。そして今やらねばならないことが見えてこればと思う。

Amanogawa札幌の写真集が届きました

Amanogawa 札幌編の写真集が届きました。
写真を撮ってくれた古里麻衣さんが写真自体は送ってくれていたのですがそれを冊子としてまとめたいと作ってくれました。新百合ヶ丘と同じ装丁です。
まいまいありがとう。

それぞれ仕事があったり、移住したり色々大変だけれど、今見返して見て、やはりその時やるべき作品だったんだと思います。
膨大な文字起こしとか、(時々間違っていたりする)死にかけたけれども、それでも私が問題視していたことが少しずつ見えてくる。
文字テキストの方も読み返し、色々考えさせられました。
鳥取で、私はできるのだろうか。
今年秋、計画しています。

関係者の皆さん、木野のところに現住所を送ってくださればお送りします!!なにぶん3年経っているので。宜しくお願いします。

2018年4月23日月曜日

思念の流入について

4年くらい前のとある事件(ブルカニロ事件と私は呼ぶ)を境に時々思念が流入してくる人がいることを知る。
すべての人ではなく、でも1人じゃない。
そばにいると思考が似てくるというけれども、そばにいようがいまいが時々何かがふっと浮かぶ。文字でもなく、絵でもなく、その感覚を文章にしたり、踊りにしたりする。詩のようだけれど、文字でもない時もある。微妙なのはもともとがはっきりした言葉ではないからちょっと間違っていることもある。でもそれはそれで新しいお話になる。
自分の思いつきか人の思念かよくわからないままぽろっと生まれ、でもそれは結構真をついている。
神かというと多分そうでもない。
そこで最近はその思念と対話をし、そして作品にする。

こうやって書くとべてるの家の幻聴さんみたいな感じだが、別に怪しい感じはない。むしろやさしい。

もともと作品は届かないラブレターをエッサエッサと書き続ける感じに近いと思っていたが(届いたらよくも悪くも結論が出てしまうので、届かないままずっとそれが続く)わたしと”なにものか”との共同制作のようになり、たまに一緒に踊っている。
IchIのテーマは私の中のもう一人の自分との対話だったけれども、リアルに最近は纏っている感じになってきた。


多分昔の巫女さんはそのような”なにものか”の声を聞く人で、神懸りも俗にいうトランスだけではなく様々な世のなかの事件を見聞きした上で最善の策を述べてくれる人だったに違いない。わたしはそこまで力がなく、申し訳ないばかりだけれど、それでも皆が幸せに生きるよう祈り、作品を作るのだと思う。それがうまくいかないことも多くてごめんなさいをたくさん言いながら、それでも見えてしまったり聞こえてしまったものをなんとかしなきゃと続けている。

建国体操は極端に笑う感じになっているけれども、笑いに持っていくしかないくらいシビアな作品になってしまったけれど、これもまた。死者の書はまだ何もできていないけれどはたはた ゆらゆらやっぱり鶴のようにはたを織るのだと思う。鳥捕りの踊りを作ろうと鳥取に来たけれども、まず鳥の方から作ることになるとは(昨年初めて鳥取で依頼があって踊った作品は”鶴”でした。そういえば。)。

2018年4月16日月曜日

今この作品を行うことの意味

取材の関係で(このこと自体が滅多にないこと)今この作品を行うことの意味を聞かれた。

今回の作品は微妙に気になってしまうせいか色んな人が広めてくれているのだけれど、2月の時と今とでは政治情勢も変わってきている。再演を計画した時にはそこまで意識していなかったけれども、この作品が暗に意味しているものは大きい。
終わりにで取り上げた伊丹万作の言葉は重い。戦争責任者とは誰かではなく、そのような無気力、諦め、見なかったふりをしてきた私たち自身ではないか。国会前のデモ行進を見ると、どうにかしたいと思うその気持ちが溢れている。(一方でそれを出さないメディアも多くあり、この国はどこへ向かうのだろうかと考える。)

そもそもは女子体育って?と舞踊はなんで体育なの?という素朴な疑問からスタートしたけれども、近代化とは何か、明治とは何か、神道とは何か、身体はいかに変化していったかと問いていく。9月のこともあって折口信夫も一緒に読んでいく。どう考えても神道主義者のようだけれど、彼は神道を完全に宗教としたかった人だったのだとわかる。政治と結びつかせないために、また完全に独立させることで守ろうとした。
今の時代において、どうなのか。

誰のための政治なのか、誰のための宗教なのか。
私たちは伝統という言葉に弱い。でもそれは明治期に作られたものも多い。
相撲協会の問題もこの明治時代から変容していることがわかる。
だって、昔は女相撲あったもの。
歌舞伎も元々は阿国歌舞伎だったように女性も演じていたものだもの。
そこでかかった圧力、一体どこから来たものか。
政治や社会の枠組みそのものに疑問を投げかける。
明治ってなんでしょう。
私にできることは事実を事実として述べることのみ。
そこから判断をするのは各個人に委ねます。

レクチャーで出てくるように大衆による舞踊は常に禁止され、抑圧される傾向があった。
選び抜かれたエリートによる”選ばれた舞踊”はもてはやされていた事実とともにある。それは修論(2作目)にも出ている。


私は一応ダンサーだ。(だと思う)
しかし、そんなにすごい素晴らしいスペシャルな身体能力を持っている人でもスターでもない。スペシャルではない代わりに、一緒に考える。仕事も半分しながら、そのかわり自活してちゃんと自分の言葉として言えるようにありたい。かっこいいとか可愛いとか、キラキラしたドレスがとかそういうのではないけれど、自分に正直に生きるためのダンスを作りそして踊る人になりたいと考えた。イギリスダンサー時代も早々に切り上げ地道にコツコツ踊っていくことにしたし、その方針は今でも変わっていない。
鳥取夏至祭はスーパーで通りかかりの普通のおばちゃんも、学生も皆同じレベルであるために即興という手法を用いる。みんなでたのしいねえとなるための時間。どんなにすごいダンサーだろうと音楽家だろうと、ここではただの1個人にもどり遊ぶことができる。それは大衆のダンスと捉えられるのかもしれない。でもそういうところからしか新しい価値観は生まれない。そしてそういうダンスが規制され、パレード化するようになったら気をつけなければいけない。それは歴史が語っている。
静岡の大道芸についても心が傷む。鳥取夏至祭と理念が根本的に違うので、比較はできない。ただそもそも芸能とはなんだったのだろうかと思う。なぜ踊るのか、パフォーマンスをするのか聞いてみたい。またプロフェッションとはなんだろうかと聞いてみたい。
プロという言葉はかっこいい。でも本当にかっこいいのはプロではないかもしれないけれども、本当に作りたいもの、作るべきもののために全身全霊を込められる人だと思う。プロかプロではないかはあまり関係ない。(という話を先日大学教員やめちゃった音楽人とする)

今、この時代、本当に複雑で、見失いがちだけれど、そういうことをわかった方がいい。大きな時代の流れの中で、ちゃんと疑問を持てるように。もった疑問を出せるように。そのための試金石。

私の場合はたまたま大学に勤めるという形になり、ある意味表現の自由と学問の自由に守られている。(多分)もしもそれが難しくなったら。と考えてみる。それが今の教育の現場であり、大学の現状でもある。それくらい危うい。

私はこの複雑な歴史を踊ることでは表現しきれなくて、レクチャーにする。もちろん勉強がおっつかなくて大変だ。だけれど、この事実、一緒に考えてくれる人に出会うために作品を作る。




死者の書は企画を立てたのは1年半前、構想は2年くらい前でここまで繋がってくるとは思わず、恋する両性具有乙女な折口さんがいいんじゃないかと思ったせいとかたくさん見まくった民俗芸能系の影響で、ちょっと目論見から外れているのだけれど。

2018年4月12日木曜日

新学期が始まりました。

新学期が始まりました。

今まで芸術文化コースという超少人数のクラスを受け持っていたのですが、一気に大人数クラスの担当になり、芸術入門250人に恐れおののいています。(でも某私大の友人には400人くらい登録されてるというのもいるのでまだマシかもしれない)他にもグローバル時代の国家と社会(ダンスハ体育ナリその2の元になった授業シリーズ)は13人くらいだったのが40人に倍増。
人前で話すの苦手なのに、大変なことになってしまった。

あまりに人数が増えたので、学校のイベントだけでは見せきれませんが、パフォーマンスを見にいくという授業を一日設定。普通の学生が夏至祭やワークショップに出会っちゃう、そんな出会いを作ろうと今年も私は悪戦苦闘中。

春から夏にかけて昨年もわけのわからないエネルギーが出まくってたけれど、今年も休んでいる余裕はないらしい。走り抜けます。


変な授業、やってます。
興味のある方覗きに来てください。鳥取だけれど。もぐれます。

2018年4月3日火曜日

茶会記一期一会


2018年3月17日19時から
1年に一度くらいは踊りに来なさいというオーナー福地さんのお言葉により実現した久々の古巣復帰。今回はゲストはいません。お客さんに会うための場なので、お気軽にと言ったら、少数精鋭の方々が。建国体操があまりにも面白すぎてきてしまったお客様、このゆるすぎる会にようこそです。話の方が面白いんじゃないか疑惑をうっすら残し、しかし楽しい時を過ごしました。
一応2年ぶりということで2年の間にやったけれど関東人は見に来ることができない(特に入院していたり)みみをすますとMobius鳥取編のエッセンスをそれぞれ10分くらいと30分くらい)、奥の小部屋での机ダンス(通常楽屋として使われており、この少人数だからこそ入れる秘密部屋)を。
入院して危うかったかもしれないけれど、生きてかえってこれてよかった、でしょ?という裏テーマを元にまとめてみました。

私は多分結構こういう回が好きなんだと思う。(お金にはならないけれど、しゃべったり踊ったり)ちょっといい時間でした。

2018年4月1日日曜日

夏至祭2018参加者発表

鳥取夏至祭2018の参加者の皆さんが決定しました。
(まだまだ鳥取の皆さん募集しています)

音楽
やぶくみこ(京都ガムランかパーカッション)、高橋智美(鳥取のこぎり、民族楽器など)、金井隆之(東京マンドリン、ギター)高橋麻理絵(東京・ベルリンヴォイスパフォーマンス)Kamil Korolczuk(東京・ベルリンサウンド)、横山祐太(札幌トランペット)、荒井康太(東京ドラム)、横手ありさ(東京ヴォイス)水谷浩章(ベース)、

映像、ビジュアルアーツ
後藤理絵(ポエトリーリーディング、書道)松尾邦彦(映像)

ダンス
大脇理智・イフクキョウコ(山口)、石和田尚子(東京)、辻たくや(東京)、山下靖史(兵庫)、吉福敦子(東京)、伊東歌織(東京)川上暁子(東京)、小山まさし(東京)、菊池航(大阪)、武田力(東京)白神ももこ(東京)田中悦子(鳥取)荻野ちよ(鳥取)、高橋礼奈(鳥取)木野彩子他、