2018年12月31日月曜日

このブログをご覧になる皆様へ

○鳥取夏至祭についてはこちら
2018年鳥取夏至祭は6月22、23、24日で設定する予定です。募集などの詳細は後日お知らせさせて頂きます。

○大学用HPを作りました。詳細はこちら

公演予定などは今後の公演予定をご覧ください。

○Dance Potlatch ダンスのおくりもの
DVDを販売しています。(驚きの500円)収益金は踊るキノコ基金にまとめられ今後の活動へと生かします。
くわしくはこちらをご覧下さい。
お問い合わせをいただくのですが、送料のほうがかかってしまうため、東京、神奈川の方はBankART studio NYKショップ(馬車道)もしくは綜合芸術茶房喫茶茶会記(四谷三丁目)にてお買い求めいただくようお願いしています。うちのお店でもおけるよという方いらっしゃいましたら、お知らせください。
なお、札幌圏はキノコチケット札幌、鳥取はキノコチケット鳥取で対応しております。
ご希望の方はキノコチケットkinokoticket@gmail.com(@を英数字に直してください)まで。




20th sentiment ( Sapporo Biennale pre-event) film : Katsura Ishida

Mobius鳥取編(Chicago Moving Company 2016)film: Yusuke Sasaki
Mobius東京編(Chicago Moving Company 2016)film: Yasunobu Nakagawa

このページはダンサー木野彩子の現在の活動をブログとして紹介しています。
プロフィールの詳細やこれまでの活動につきましてはおどりこさいこ(http://saikokino.blogspot.jp)をご覧下さい。

This page is Japanese dancer Saiko KINO 's blog. Sorry, this blog is Japanese.
If you need to more detail of Saiko's work, please check Dancer Saiko page(http://saikokino.blogspot.jp), and click the label.


2018年5月17日木曜日

今後の予定( 2018.05.17)

今後の予定

◎鳥取夏至祭
 出演予定者発表しました。鳥取人はまだまだ募集しています。飛び入りも歓迎。みんなで遊びましょう。チラシは現在配布中です。
https://tottori-geshisai.jimdo.com









◎池田千夏ライブ@鳥取大学アートプラザ
来たいという人は受け入れる。関西ツアーのついでに来るということで急遽決まったライブ。ちなみにその日の午後はわらべ館でワークショップを行なっています。
池田さんは昨年ベースの水谷さんとお越しくださいました。水谷さんは今年は夏至祭に。少しずつ輪を広げています。
5月27日19時開場、19時半開演 学生500円、教職員・一般1000円


◎わらべ館即興音楽とダンスのワークショップシリーズスタートします。
夏至祭の時に踊るの楽しーと思った鳥取の皆さんに即興の面白さを定着させるべく2ヶ月に1度の即興音楽とダンスのワークショップシリーズを開始します。(助成:文化庁大学を活用した文化芸術推進事業)
夏至祭メンバーだった皆さんにもお越し頂き即興ワークショップを遊びつつ幅を広げていけるといいのではないかと。日程は以下の通り。
5月27日(日)13時半から
6月24日(日)→13時半〜夏至祭スペシャル
7月22日(日)午前
9月30日(日)午前
11月18日(日)
1月26日(土)
3月10日(日)


◎死者の書再読
お隣兵庫県にある城崎アートセンターで滞在制作を行います。9月15、16日には試演会も行う予定。鳥取県内では12月末を予定しています。情報公開になりました。

http://kiac.jp/jp/post/4448

鳥取を拠点に活動するダンサー/振付家の木野彩子による折口信夫「死者の書」再読プロジェクトの滞在制作。
折口信夫の口述文学の傑作小説「死者の書」における、2つの世界が交錯していく構造や、多用されるオノマトペをもとに各シーンの動きをつくり、折口の心の中の物語として再構成し、ダンス作品を創作する。2つの世界を象徴する存在として音楽家のやぶくみこ(ガムラン、パーカッション)、杵屋三七郎(江戸長唄、三味線)が参加し、この世とあの世、男性性と女性性が重なる瞬間を模索する。また、照明家の三浦あさ子との共同作業により、この世ではない世界の見せ方を探究する。滞在中、市民を招いたオープンスタジオで成果を発表する予定。滞在制作後は、鳥取県内での上演を計画している。



折口さん密かに明治神宮外苑は単なる公園運動施設ではなく、本質的に神宮の崇敬と深い関係を有するもので、宗教施設に他ならない」という主張をする助言を行っていたらしい。(明治神宮外苑70年誌)さすが国学院大学教授。(ちなみに国学院大学結構近くにあるのですが、そこの博物館には折口さんの書斎が再現されていたりします。)まさかのようですがこの2つのクリエーション全然毛色が違うのに実はつながっていて、ここのところずっとこの時代の本しか読んでいません。


◎「ダンスハ體育ナリ?」またやります!10月6、7日@ドイツ文化センター
実は大野一雄編(其の1)でという話が動いていたのですが、現在どのようにまとめようか、まとめないのか色々模索中。5月12日見に来た人には仮チラシお渡ししました。本気です。ダンサーで先生という木野経歴ならではのレクチャーパフォーマンス、いそうでいないと様々な方に言われています。おだてられたからではないですが、これはこれでもう少し掘ってみましょう。



◎鳥取銀河鉄道祭2019年11月に開催します。それに向けてのリサーチ・ワークショップ活動がスタートします。

◎Amanogawaプロジェクト鳥取2018年11月やりましょう。


またひとつあたらしい物語を紡いでいきましょう

やっと歯車が回り始める。

ゆっくり時間はかかっても、その時間は多分無駄ではなく、やはりかかるべくしてかかったもの。人によりその速度は異なり、時には立ち止まることもあるけれど、それでも何かはできていく。

また新しい物語を紡いでいきましょう。


たまたまダン体から帰ってきた日の授業は芸術入門で舞踏について語る日でした。
クラシックバレエ、モダンダンス、コンテンポラリーダンス、舞踏、能歌舞伎狂言、民俗舞踊、即興とコミュニティダンスの考え方(鳥取夏至祭という現象をどのように捉えるか)という流れで一般の学生さんに様々な踊りを紹介していくような授業です。
昨年大野慶人さんに来てもらったこともあるので、大野さんを中心に舞踏の起きた時代背景なども語ります。映像も見ながら。学生は衝撃を受けつつ、ホラー映画みたいと。(いや、ホラー映画がこれを基にして作っているんだと思うよと突っ込みを入れる)土方の夏の嵐の冒頭に京大の西部講堂が出てて、タテカン事件の話を思い出したり。時代の変化をつくづく感じました。今の危うさ。

土方本を読み直していて、宇野邦一さんの本にあたり、死者の書として捉えていて、あ、そうだったと思い出しました。2年くらい前応募するときに何がいいかなと思った時病める舞姫もいいかなあと思ったものの、この作品は男性が踊ったほうがいいよなあと思い、死者の書にしたのを思い出しました。(ちなみに今年は病める舞姫が流行っているようで、何があるんだろう?と思っています)
死者の書はタイトルヘビーなんですけれど、(実際一回黄泉の国に降りていかなきゃいけないんですけれど)実はぽちりと咲いた花のような本です。そういうところがいいんじゃないかなあと思っています。
ダン体は大野一雄さんから始まったシリーズということもあり、ダン体2でもまとめは何者かと踊る話をしています。(観客に見えるかどうかわからないということも含めて)今この世にいるいない、そばにいるいないと関係なく、同じ波動の中に何人かいて、同心円のようにしかも階層も異なりながら一緒にいる。それぞれの一つ一つの動きが意図的であれ意図的でなかったであれ、互いに影響を与えながら、この世の流れを形成していくのだなあと。私自身は舞踏は学んでいないのですが、謎の経緯で影響を受けているものだなあと改めて思ったのでした。


ダンスハ體育ナリ?其の2再演

◎「建国體操ヲ踊ッテミタ」再演しました。
5月12日明治神宮外苑聖徳絵画記念館。
この5月12日、1940年には第6回日本体操祭が開かれ、例の明治神宮競技場で1100人建国体操が行われた日なのです。皇国2600年祭の一環として。
これらの体育の聖地明治神宮外苑の歴史を紐解くには格好の日。





再演に合わせて鳥取大「グローバル時代の国家と社会」の授業内で公開リハーサル状態にすることにしました。5月10日木曜5限(4時半から)
学生さんたちの感想もなかなか面白いものでした。

今回2公演ともに満席で、ありがたいと思うとともに(制作さんの努力が素晴らしい)
この作品の持っている幅の広さを感じました。
体操の研究者、スポーツの研究者、大衆音楽の研究者、メディア、批評家といったプロの方が多く来ていて、なかなか衝撃。(恐れ多い)終わった後も色々質問を受けまくっており、これらをちゃんとまとめなければという気がしています。

この作品自体が身体の近代化そして国家とは?ということが見えてくる内容なので、掘り下げることができそうです。

皆様からのコメントはまた後日。

2018年5月11日金曜日

メール不具合が起きています。

ここ数日に木野が出したメール(一般に知られているgmailアドレス)のうち3分の1が届いていないらしいことがわかりました。(全部ではないのが微妙)原因がわかっていないのですが、返信来ないな、変だなと思ったらメッセンジャーでも電話でも何らかの方法でご連絡頂けると幸いです。
この届くのと届かないのがあるというおかしな状態がなぜなのかがわからないので、このような事例に詳しい方助けてください。
なお、別件で1通のメールを送るはずが8通くらい送信ボックスに入っていた事件というのもおきていました。

本番が近く連絡がどんどんくる状況下ですみません。
ごめんなさい〜。


追記(2018.0514)
本番が終わって帰ってきて、パソコンごといろいろ見ていますが、未だ理由がわかっていません。取り急ぎメールが送れないわけではないですが、パソコンからそのまま送るのは難しいことと、受信する側もすべてできているわけではないようです。
そのためccなどで大学メールアドレスをつけていただくなどの対策をお願いします。(大学のメールは今の所見ることができています)
また重要案件については一報いただけると幸いです。よろしくお願いします。

追記(2018.0515)
その後、今日しかもたった今(10時半ごろ)大量のメールが届くんだけれどという友人達の声が。ロストバゲッジと一緒で遅れて到着しているようです。。。色々申し訳ないです。原因は未だ分かっておらず、どうしたものかと思っています。取り急ぎご報告でした。

2018年5月5日土曜日

両性性について

折口さんの本を読み続け、『死者の書』のベースになっている『山越の阿弥陀像の画因』や『神の嫁』を読んで行く。やはり彼の中にある女性性(私が行う場合は私の中にある男性性)に注目せざるを得ない。
薬物(コカインの常習)のせいか、時間軸と空間軸が入れ替わり、分かりにくくなっているがこれは映画のコラージュに発想を得て編集した結果のもの。それを整理して行くと実はお話としては非常にシンプルなもので、恋する折口さんみたいなところまでおりてくる。
で、その乙女ワールド見てみる最近。

両性具有の話についてはラッセルワーク(eonnnagata)をみていて気になっていたところ。おそらく舞踊の本質をつこうとするとそういうところに行き着くのだろう。大野さんのアルヘンチーナや土方さんの病める舞姫もそうだけれど、自身の中のもう一人の自分、俗にいうアルターエゴではなくアニマ、あるいはアニムスと呼ばれる存在。
ちょうど静岡にラッセルカンパニーの元同僚がきて女形で踊るという。なんと!しかもフラメンコとともに。シカゴ(あの映画の、です)ごっことかやってたよな、と懐かしい一方、今みると影響受けてしまいそうでやめておく。eonnnagataは結構残念な作品だったと思うのだけれど(私は日本というものを間違って伝えてしまったのではないかとかなり反省し落ち込んだ)、でもあの時ラッセルと話したことや私たちがみたことが、回り回って10年が経過したのち、こうして全く異なる新しいお話になるのだと思ったらちょっと嬉しいことだと思える。
私は私で
また新しいお話を作り出していきましょう。

ラッセルカンパニー時代に踊った作品の中でTransmissionはああ、人の一生は星のようなものだ、このきらめきの一つ一つが出会いと別れなんだと思ったし(今思い返すとAmanogawaとかってこういうところから来ているのだろうか)、cast no shadowはシチリアに沈むアフリカの移民の話で希望も何もなく、死にゆく身体をダンスにできるのかかなり考えさせられた(実際あまり売れなかった。テーマを選んだのは私ではないけれどいろんな意味で責任を感じる)。その時思った素朴な疑問や引っかかりは今も残っていて、永久に宿題のようになっている。
ドラマを作る人だからと言ってもらったその言葉、いつかみせてあげられますように。


建国体操で学ラン着ているのはそういう意味ではないです。
でも確かに高校時代の男装が一番モテたかもしれない。


死者の書下見

このゴールデンウィーク中に照明の三浦あさこさんが鳥取まで来てくれて打ち合わせを行う。かめりあ。アルテリオトライアル、Amanogawa、静などずっとお世話になっている照明家さん。実はMobiusの鳥取版も見に来てくれている。

今回の作品はMobiusの時からそして静(黒白)とつながっているもので、作品の説明をしながら、ああ、そういえばとかあの時のあれがとか話していく。わたしは器用な方ではないので、ずっと同じことを紡いでいるのだなあと思ったりもする。プロ的ではないけれど、でも年を経て重ねていくと、少しは見えてくるものもある。
もともとIchIをちゃんと膨らませて、2人で踊っていた部分を木野が全ておう形でできないかと思っていたところがあって、セット(茶室を模して作っているパネル、針生康作品)なども用意して見たが、こういう感じじゃないねということになる。
もっと淡いものなのではないか。わたしとあなたとの境目はパッキリ分かれるものではないような気がする。
Mobiusのチラシは言葉が二重に重ねられていて、しかも印刷も薄いので、読むことはできない(実は最近発覚したが、時間が経つと日光のせいか浮き上がるため読めるようになったりする。まさかの時間差!)。そういうもう一つの世界(しかも時間も空間も超えなきゃいけない)との対話。

こうして長くスタッフさんとお話をしていると、舞台が総合芸術だということを思い出す。SPACenfantワークでも思っていたが、多くの現場はスタッフさんと話す時間が少なく、こういう機会が取れるのをありがたいと思う。

照明環境などを考えて、大学施設ではなく、劇場公演にする。ちょっとハードルが上がるがなんとか頑張ってみよう。9月、12月愛を込めて機を織らせていただきます。

ほという文字


という言葉は基本的に緩んだ身体を作り出す。
ほぐす、ほどくなどの動詞のほかほんのり、ほわほわ、ホッとするなどの言葉が浮かぶ。話していてほんわりするなあというのを惚れるというし、安心した心持ちをさす。
ダンス的にはその身体の緩んだ状態をいかに作り出して行くかということにフォーカスが置かれている。

逆にカ行などは緊張状態を作り出す。硬いのだ。
建国体操のケンコクなんかはまさしくそのとうりで、建国建国と話しているだけでだんだん体が硬直してくる。
建国体操リハをしているだけで体が硬くなるというのを前回も思ったけれども、今回は言葉自体の問題もあるのかもと思う。
凝り固まった心も身体もほぐしましょう。

建国体操リハ

5月12日に開催されるレクチャーパフォーマンスは2月11日の再演。完全再演と言ってはいても、授業同様全く同じになるはずがない(ちなみに2月11日の時にも午前午後でテンションがだいぶん異なっていた)。そのためゲネを行う。

文明の利器とは素晴らしいもので、スカイプでつないでゲネというわたし的には初の試み。つまりわたしは誰もいないところで誰かに向かって建国体操ゲネを行う。微妙。あのお笑い系なのに反応なしでしかも一人頑張る。お客さん無くしてはあの感じはできないもので、なかなか大変でありました。

今回は安定のDJ国府田さんがいないので、制作さんが(元照明)が音響係に。きっかけだしなどを打ち合わせる。鳥取では5月10日の授業で短いバージョン(and一人オペバージョン)上演します。

思っているよりのびている。テンポアップできるかが鍵かも。説明しすぎると良くないんだよねなどと話す。あがるノーツがちょっとおかしい。バスガイド姿の時には是非ストッキングを履いてください、学ランもできればぜひ上下揃えていただきたい、だそう。え、そこですか?というかそれは個人的趣味なのではという疑惑が起きる。

ともあれ、再演いたします。


2018年4月27日金曜日

待つこと

この世の中は難しい。

でも私はあなたを信じている。
信じていたい。
たとえこの世が滅びたとしても、たとえ私の命がつきたとしても、最後にのこす言葉は祈る気持ちでありたい。
私ではないだれかのために。

人はできることしかできない。できる限りで誰かにのこす。それがことほぎ。

もしかしたらそれは時差があるかもしれない。のこらないかもしれない。でもそれでももしかしたらのこるかも、という希望だけで、もうよし。

いつか、は叶わないかもしれない。それでも、かなうかも、ひらけるかも、そう思えるだけで幸せだ。ゴドーを待ちながらのように、

2018年4月24日火曜日

広報というお仕事

建国体操正しくはダンスハ体育ナリシリーズは制作と呼ばれる人が入っている。
私はこれまで基本的に自分で企画を立て、予算も最小限に抑え、(それゆえ照明なども基本自分)やってきたけれども、依頼があって受けたものなので、そのような形になっている。
舞台は一人で作るものではないけれども、心強い仲間でもある。

そもそもの発端は昔のバイト先の上司が大野一雄さんが体育教師だったことを元に作品を作れないかと持ってきてくれた依頼だった。
その時に女子体育の歴史を扱っていたので、男子体育の歴史をと言われて2作品めのリサーチが始まった。

1作品めのリサーチで出てきた女子体育展覧会の写真があまりに変で、それを追いながら、1940年のオリンピック(実際には開催していない)を見出し、ほんとは同じ時代の別事件を追うはずが建国体操に落ち着いた。(別ネタについてはそのうち出すことになると思う)でもそれを追いながらこの時代のあまりにも現代に近い状態に気がつき、更に言えばそこには触れないようにちょっとずらしている演劇の現状に気づき、ダンス業界の我関せず状態に気づき、そのずれのようなものはどこから生まれるものかと考えていた。

初演時見にきたとある批評家さん(前からよく知ってくれている人だった)が気をつけたほうがいいと指摘してくれたけれども、
それでも訴えなければいけないことがあるのではないかと私は感じた。また、私の現在の立場は大学という枠に守られている。だからこそ可能になる表現もある。
つまり、もしも何かが起きた時、表現の自由と学問の自由両方を問うことになる。炭鉱のカナリアと一緒でだからこそそこをつかねばならないのではないか。
そういう危うさを私は感じている。

制作さんはこの超短期間で作り上げてしまった作品ではあるけれども(実際にはリサーチは2年続いている)、奇跡的にまとまったものとして、更にダンス以外の人に知ってもらわねばならないといい、積極的に宣伝しようとする。私はこれまで自分の作品は当事者研究のようなもので自分とそれを見たい人が見るべきだと思っていたけれども、話し合い、外へ出していくことになる。プレスリリースは3弾出ているがまだ出すという。席数マックスで30人二回公演でも60人。集客ではなく、そのあとの発展を考えてそれでもプレスを出すという。彼らの生活がかかっているからというのもあると思う。(正直芸文の許可が下りなかったのはかなり痛手だったはずだ)

でもそれはそれで愛情を感じる。

学校や、美術ギャラリーなど小さな場所でもできる小規模作品(今回は一人だ)、ドミニクボアヴァンの『私なりのダンスの歴史』のように上演が続けていけるようになるのだろうか。
あまりにもたくさんのことが起きている。
今私がしなければいけないこととはなんだろうか。
今回私たちは完全再演としている。しかしそれでも多分たくさんの矛盾やずれを感じるだろう。3ヶ月の差は大きい。そして今やらねばならないことが見えてこればと思う。

Amanogawa札幌の写真集が届きました

Amanogawa 札幌編の写真集が届きました。
写真を撮ってくれた古里麻衣さんが写真自体は送ってくれていたのですがそれを冊子としてまとめたいと作ってくれました。新百合ヶ丘と同じ装丁です。
まいまいありがとう。

それぞれ仕事があったり、移住したり色々大変だけれど、今見返して見て、やはりその時やるべき作品だったんだと思います。
膨大な文字起こしとか、(時々間違っていたりする)死にかけたけれども、それでも私が問題視していたことが少しずつ見えてくる。
文字テキストの方も読み返し、色々考えさせられました。
鳥取で、私はできるのだろうか。
今年秋、計画しています。

関係者の皆さん、木野のところに現住所を送ってくださればお送りします!!なにぶん3年経っているので。宜しくお願いします。

2018年4月23日月曜日

思念の流入について

4年くらい前のとある事件(ブルカニロ事件と私は呼ぶ)を境に時々思念が流入してくる人がいることを知る。
すべての人ではなく、でも1人じゃない。
そばにいると思考が似てくるというけれども、そばにいようがいまいが時々何かがふっと浮かぶ。文字でもなく、絵でもなく、その感覚を文章にしたり、踊りにしたりする。詩のようだけれど、文字でもない時もある。微妙なのはもともとがはっきりした言葉ではないからちょっと間違っていることもある。でもそれはそれで新しいお話になる。
自分の思いつきか人の思念かよくわからないままぽろっと生まれ、でもそれは結構真をついている。
神かというと多分そうでもない。
そこで最近はその思念と対話をし、そして作品にする。

こうやって書くとべてるの家の幻聴さんみたいな感じだが、別に怪しい感じはない。むしろやさしい。

もともと作品は届かないラブレターをエッサエッサと書き続ける感じに近いと思っていたが(届いたらよくも悪くも結論が出てしまうので、届かないままずっとそれが続く)わたしと”なにものか”との共同制作のようになり、たまに一緒に踊っている。
IchIのテーマは私の中のもう一人の自分との対話だったけれども、リアルに最近は纏っている感じになってきた。


多分昔の巫女さんはそのような”なにものか”の声を聞く人で、神懸りも俗にいうトランスだけではなく様々な世のなかの事件を見聞きした上で最善の策を述べてくれる人だったに違いない。わたしはそこまで力がなく、申し訳ないばかりだけれど、それでも皆が幸せに生きるよう祈り、作品を作るのだと思う。それがうまくいかないことも多くてごめんなさいをたくさん言いながら、それでも見えてしまったり聞こえてしまったものをなんとかしなきゃと続けている。

建国体操は極端に笑う感じになっているけれども、笑いに持っていくしかないくらいシビアな作品になってしまったけれど、これもまた。死者の書はまだ何もできていないけれどはたはた ゆらゆらやっぱり鶴のようにはたを織るのだと思う。鳥捕りの踊りを作ろうと鳥取に来たけれども、まず鳥の方から作ることになるとは(昨年初めて鳥取で依頼があって踊った作品は”鶴”でした。そういえば。)。

2018年4月16日月曜日

今この作品を行うことの意味

取材の関係で(このこと自体が滅多にないこと)今この作品を行うことの意味を聞かれた。

今回の作品は微妙に気になってしまうせいか色んな人が広めてくれているのだけれど、2月の時と今とでは政治情勢も変わってきている。再演を計画した時にはそこまで意識していなかったけれども、この作品が暗に意味しているものは大きい。
終わりにで取り上げた伊丹万作の言葉は重い。戦争責任者とは誰かではなく、そのような無気力、諦め、見なかったふりをしてきた私たち自身ではないか。国会前のデモ行進を見ると、どうにかしたいと思うその気持ちが溢れている。(一方でそれを出さないメディアも多くあり、この国はどこへ向かうのだろうかと考える。)

そもそもは女子体育って?と舞踊はなんで体育なの?という素朴な疑問からスタートしたけれども、近代化とは何か、明治とは何か、神道とは何か、身体はいかに変化していったかと問いていく。9月のこともあって折口信夫も一緒に読んでいく。どう考えても神道主義者のようだけれど、彼は神道を完全に宗教としたかった人だったのだとわかる。政治と結びつかせないために、また完全に独立させることで守ろうとした。
今の時代において、どうなのか。

誰のための政治なのか、誰のための宗教なのか。
私たちは伝統という言葉に弱い。でもそれは明治期に作られたものも多い。
相撲協会の問題もこの明治時代から変容していることがわかる。
だって、昔は女相撲あったもの。
歌舞伎も元々は阿国歌舞伎だったように女性も演じていたものだもの。
そこでかかった圧力、一体どこから来たものか。
政治や社会の枠組みそのものに疑問を投げかける。
明治ってなんでしょう。
私にできることは事実を事実として述べることのみ。
そこから判断をするのは各個人に委ねます。

レクチャーで出てくるように大衆による舞踊は常に禁止され、抑圧される傾向があった。
選び抜かれたエリートによる”選ばれた舞踊”はもてはやされていた事実とともにある。それは修論(2作目)にも出ている。


私は一応ダンサーだ。(だと思う)
しかし、そんなにすごい素晴らしいスペシャルな身体能力を持っている人でもスターでもない。スペシャルではない代わりに、一緒に考える。仕事も半分しながら、そのかわり自活してちゃんと自分の言葉として言えるようにありたい。かっこいいとか可愛いとか、キラキラしたドレスがとかそういうのではないけれど、自分に正直に生きるためのダンスを作りそして踊る人になりたいと考えた。イギリスダンサー時代も早々に切り上げ地道にコツコツ踊っていくことにしたし、その方針は今でも変わっていない。
鳥取夏至祭はスーパーで通りかかりの普通のおばちゃんも、学生も皆同じレベルであるために即興という手法を用いる。みんなでたのしいねえとなるための時間。どんなにすごいダンサーだろうと音楽家だろうと、ここではただの1個人にもどり遊ぶことができる。それは大衆のダンスと捉えられるのかもしれない。でもそういうところからしか新しい価値観は生まれない。そしてそういうダンスが規制され、パレード化するようになったら気をつけなければいけない。それは歴史が語っている。
静岡の大道芸についても心が傷む。鳥取夏至祭と理念が根本的に違うので、比較はできない。ただそもそも芸能とはなんだったのだろうかと思う。なぜ踊るのか、パフォーマンスをするのか聞いてみたい。またプロフェッションとはなんだろうかと聞いてみたい。
プロという言葉はかっこいい。でも本当にかっこいいのはプロではないかもしれないけれども、本当に作りたいもの、作るべきもののために全身全霊を込められる人だと思う。プロかプロではないかはあまり関係ない。(という話を先日大学教員やめちゃった音楽人とする)

今、この時代、本当に複雑で、見失いがちだけれど、そういうことをわかった方がいい。大きな時代の流れの中で、ちゃんと疑問を持てるように。もった疑問を出せるように。そのための試金石。

私の場合はたまたま大学に勤めるという形になり、ある意味表現の自由と学問の自由に守られている。(多分)もしもそれが難しくなったら。と考えてみる。それが今の教育の現場であり、大学の現状でもある。それくらい危うい。

私はこの複雑な歴史を踊ることでは表現しきれなくて、レクチャーにする。もちろん勉強がおっつかなくて大変だ。だけれど、この事実、一緒に考えてくれる人に出会うために作品を作る。




死者の書は企画を立てたのは1年半前、構想は2年くらい前でここまで繋がってくるとは思わず、恋する両性具有乙女な折口さんがいいんじゃないかと思ったせいとかたくさん見まくった民俗芸能系の影響で、ちょっと目論見から外れているのだけれど。

2018年4月12日木曜日

新学期が始まりました。

新学期が始まりました。

今まで芸術文化コースという超少人数のクラスを受け持っていたのですが、一気に大人数クラスの担当になり、芸術入門250人に恐れおののいています。(でも某私大の友人には400人くらい登録されてるというのもいるのでまだマシかもしれない)他にもグローバル時代の国家と社会(ダンスハ体育ナリその2の元になった授業シリーズ)は13人くらいだったのが40人に倍増。
人前で話すの苦手なのに、大変なことになってしまった。

あまりに人数が増えたので、学校のイベントだけでは見せきれませんが、パフォーマンスを見にいくという授業を一日設定。普通の学生が夏至祭やワークショップに出会っちゃう、そんな出会いを作ろうと今年も私は悪戦苦闘中。

春から夏にかけて昨年もわけのわからないエネルギーが出まくってたけれど、今年も休んでいる余裕はないらしい。走り抜けます。


変な授業、やってます。
興味のある方覗きに来てください。鳥取だけれど。もぐれます。

2018年4月3日火曜日

茶会記一期一会


2018年3月17日19時から
1年に一度くらいは踊りに来なさいというオーナー福地さんのお言葉により実現した久々の古巣復帰。今回はゲストはいません。お客さんに会うための場なので、お気軽にと言ったら、少数精鋭の方々が。建国体操があまりにも面白すぎてきてしまったお客様、このゆるすぎる会にようこそです。話の方が面白いんじゃないか疑惑をうっすら残し、しかし楽しい時を過ごしました。
一応2年ぶりということで2年の間にやったけれど関東人は見に来ることができない(特に入院していたり)みみをすますとMobius鳥取編のエッセンスをそれぞれ10分くらいと30分くらい)、奥の小部屋での机ダンス(通常楽屋として使われており、この少人数だからこそ入れる秘密部屋)を。
入院して危うかったかもしれないけれど、生きてかえってこれてよかった、でしょ?という裏テーマを元にまとめてみました。

私は多分結構こういう回が好きなんだと思う。(お金にはならないけれど、しゃべったり踊ったり)ちょっといい時間でした。

2018年4月1日日曜日

夏至祭2018参加者発表

鳥取夏至祭2018の参加者の皆さんが決定しました。
(まだまだ鳥取の皆さん募集しています)

音楽
やぶくみこ(京都ガムランかパーカッション)、高橋智美(鳥取のこぎり、民族楽器など)、金井隆之(東京マンドリン、ギター)高橋麻理絵(東京・ベルリンヴォイスパフォーマンス)Kamil Korolczuk(東京・ベルリンサウンド)、横山祐太(札幌トランペット)、荒井康太(東京ドラム)、横手ありさ(東京ヴォイス)水谷浩章(ベース)、

映像、ビジュアルアーツ
後藤理絵(ポエトリーリーディング、書道)松尾邦彦(映像)

ダンス
大脇理智・イフクキョウコ(山口)、石和田尚子(東京)、辻たくや(東京)、山下靖史(兵庫)、吉福敦子(東京)、伊東歌織(東京)川上暁子(東京)、小山まさし(東京)、菊池航(大阪)、武田力(東京)白神ももこ(東京)田中悦子(鳥取)荻野ちよ(鳥取)、高橋礼奈(鳥取)木野彩子他、

2018年3月31日土曜日

旅に出た2018⑥

驚くべきことにこのタイミングで天皇沖縄訪問でした。
ちょうどその時私はガンガラーの谷からバスで那覇に行こうとしていたところ、同じ時間に南へ回る便があって平和記念公園とひめゆりの塔にいけるかもと思い脱線。ニアミスです。
ひめゆりの塔の資料館は非常に立派で、多くの人が訪れていました。説明のできる経験者ガイドがいなくなっていくことも踏まえ、読めばわかるように展示もリニュアールしているとのこと。また、英語などの表記もされています。
米軍が怖いと思って出られなかったこと、自害する人、怪我をした友人を洞窟内に置いて逃げたことなどそれぞれの人が当時のことを語っている映像もあり、70年が経過した今も彼女たちの中で非常に強く残っている、なくなることはないということがわかります。
ただこのひめゆり関連ではなんとなく無垢な女学生たちが戦争に巻き込まれて大変な目にあったことや米軍の沖縄攻撃の凄まじさにフォーカスが向かってしまうのですが、戦況を彼女たちもまた教員も知らなかったこと(おそらく軍のかなり上の方まで)、既に敗北として投降すべきところそれを認めさせないような教育が行われてきたこと、そしておそらくもっと早い段階で終結することができたものをしなかったことの3点を忘れてはいけないと思っています。教育は思想を誘導してしまうので(当時の教科書の展示などもある)本当に気をつけねばならず、私たちは(一応大学ではありますが)教育の現場に立つものとして気を配らねばならないと思っています。その情報は本当に正しいのだろうか、正しく見極めるために批判的にみる力を持つこと。
ちょうどその翌日の新聞には教科書検定の話が出ていました。
また、天皇がきているということで、新聞では提灯パレードがあったとか、高齢にもかかわらずきてくれて嬉しいと話す遺族会の方の話がありました。与那国では与那国馬を見せるのに受け答えの練習をしていたり、カジキマグロを一本見せるために専用ケースを作り、万全を期しております!と話す漁師さんの声がテレビで放映されていました(いわゆるローカルニュースです)。
でも沖縄の問題、やっぱりいろんな意味で後回しにされていませんか。皆諦めてしまっているくらい別の国の話になっていませんか。歓迎って言えない人まだまだたくさんいて、そういう部分実は新聞の社説とかにぽろっと出てくるんです。
時間が経てば忘れてしまう、そういうことではないのではないか。


旅に出た2018⑤

斎場御嶽
沖縄の御嶽の中でも特に見にいくべきだろう斎場御嶽。御嶽の神様香台は四角いブロックのような石で、知らない観光客の人は写真をとる踏み台にしたり、荷物置いちゃったりしてよく倒されていて、ガイド役のおばさんは非常に怒っていた。本土の人神社の神殿の中入ったりしないでしょ!!とすごく怒っていました。(でもガイドを聞いているような人はそんなことはしないので完全に筋違い)
外国人観光客も増えているせいもあるが、おそらく、神というものの存在を気がつけない人が増えている現れだと思う。たとえキリスト教や他宗教だったとしても少なくともその土地の人が大切にしているというのがわかれば当然リスペクトされるはずのもの。私はあまり信心深い方ではないし、無宗教だけれども、それはできる。でもその部分本当はグローバルとか色々いう時に一番大事な部分ではないか?英語ができるとかそういうことじゃない。様々な文化や生き方を目にした時に理解しようとする心。

行かれる方、ぜひガイドさんの説明を聞きながら廻られることをお勧めします。1時間くらい。小さな蜘蛛や植物のことまで幅広くいろんな話を聞くことができました。

旅に出た2018④

海上の道ではないが、人類の祖先はアフリカで生まれ(チャドらしい)東南アジアを経て日本へと入って来ているという。沖縄では港川人と名付けられた人骨が発見されており、アジア圏ではほぼ完全に1体分の人骨が残っている最も古い例ということもあり、興味深い。遺跡発掘現場でありながらガイドツアーを行なっているガンがラーの谷という施設によって(まるでジャングルクルーズのようによくできた案内だったりする)お話を聞く。港川人ではないが、埋葬されていたお墓跡までみる。そしてその脇には巨大なガジュマルや鍾乳洞や、神(鍾乳石をシンボライズしていた聖域)があったりする。整備される前の森はどんなだっただろうと思う。そして沖縄全土がもしくは日本全体がこのような自然に満ち溢れていたのだろうと思う。
折口の愛する古代は万葉集くらいのことだと思うけれど、まあちょっとついでに思考を伸ばしてみよう。
全ての人類は一人の母に行き着く、国籍も人種も元々は関係がなかったはずだなんてことを思う。(なお、折口は日本大好きなので、そんなこと言ったら怒ると思う)


沖縄博物館と大阪弥生博物館の展示プログラムというのを入手したので読んでみようと思う。鳥取も弥生文化の頃は栄えていたわけで繋がっている何かが見えてくるのかもしれない。

旅に出た2018③

今回の旅ではとにかく時間概念を切り替えるということがあった。
折口さん実は4回も沖縄地域に来ており、それぞれかなりの長期間滞在。なぜなら当時は今のように飛行機でぴょんということができなくて、船での移動。時間がかかる分、来たらそこに没頭する。さすがに当時のように長期滞在をしているわけには行かないので、春休みの隙間で来たわけだけれども、その当時の感覚に合わせてみる。
思えば現代の日本の生活は慌ただしい。鳥取は比較的ゆっくり時間で、東京などから来た人たちは皆驚く。しかしそれでも学校のカリキュラムや仕事の関係は結構シビアで毎日フル回転になっている。でも本当に生きる上で必要な活動とはなんだったのかと考えると結構余計なことをしているのではないかということに気がつく。豊かな生活のための経済活動な訳だが、本当に必要なのだろうか。身体のためにゆっくりのばす、ご飯を作る、野菜を作るそういうことをすっ飛ばしてパソコンと向かい合う時間を増やして行くことは本当に豊かなのだろうか。(と言いながら私はパソコンをたたいている)短い時間ではあるけれど、一回考え直してみる。
日が昇るところと夕日が沈むところを1時間ずつかけて見つめる。空がだんだんと淡くなりほんのりい色づいていくその感じ。Mobiusのチラシのようにほのピンク。(でも日本の朝日夕日はちょっとオレンジっぽい感じが強く、特に久高は赤い火の玉のように見える日もあった。ヨーロッパだと本当に空がピンクでびっくりしちゃう時がある)日差しが強くて日に焼けちゃう、でもみとれてしまう。

久高の2日目本当に山が見えて(雲が少し出ていて、山の形をしていた)面影のように太陽と太陽の周りにもう一つ光の輪ができているように見えて驚いた。映像も写真も撮っているけれどやっぱり映らない。本当に大切なものは映像や写真には映らない。そういうものをいかに作り出せるだろうかというのがパフォーマンスの力だと思いたい。

旅に出た2018②

内間のおじいちゃん
なんだか久高はお年寄りが多い。
農作業に従事している人もいるがそこまで体が動かず、押しぐるまで移動しながら日差しを浴びてゆんたく(おしゃべり)している。
子供や青年が少ないのは島には仕事がないため進学、就職で家族は皆外へ出てしまうからだ。たまたま道端に座っていたおじいちゃんは孫もひ孫も合わせたら30人以上だけれどみんな島の外だという。半分は本島。半分は関東や関西。島の主な産業は観光(民宿の経営など)か農業かで、島の土地も全て共有財産となっているため、移住者は基本的に受け入れていない。島のほとんどが親戚か同級生かで皆繋がっている。農業と言っても土地がそんなに広くないため、手作業で育てる小規模なもので、自分のところで食べる野菜を作るのが基本。最近は海ぶどうの養殖をする人もいる。
生きていくことはできる、が子供達の教育や様々な支出を考えると外へ出て行かざるを得ないのが現実で、帰って来たいのは山々だけれどできない様子。
おじいちゃんは奥さんがなくなってもうすぐ100日、でも寂しくって寂しくって、外に座っていると島のみんなが声をかけてくれるという。家族も入れ替わりで様子を見に来ているのだという。
いつも一緒でねえ、朝起きても船だしてもいつも一緒だったからねえとお話をただただきく。
時間が過ぎたら忘れられるのかといえばそんなことはないだろう。おそらくあっちの世界のおばあちゃんに毎日毎日今日はこんなでね、こうでねと話し続けていくんだろう。そのお話をおばあちゃんの代わりに聞かせていただいているような感じがする。

娘さん(3女)は島内の男性と結婚したものの、仕事は本島(もうすぐ転勤で関西に行くそう)。イザイホーの権利を有していたけれども、ノロがいなくてできなかった世代だという。(そもそも島内で結婚した女性でなければならないため、その権利を有しているという人自体が少ない)ノロがいなくては神事として成り立たないという。一方で観光のためにやろうとする某市の人などもいるけれどもそれでは全く異なることになってしまうという。彼女の祖母(つまりおじいちゃんの母)は非常に素晴らしい舞手だったのだという。もうどうにもできないことだけれどね。と話す。

ちょうどもずくの漁が始まったのよ!ともずくの三杯酢和えともずくの天ぷらまで作ってくれる。もずくの天ぷら作り方まで教わる。揚げたては美味しかった。


旅に出た2018①

久高島

久高島は不思議なところだという。

柳田、折口と当時の民俗学者たちは一斉に沖縄を目指した。
その後八重山へと意識を向ける。
それらの南への思いはどこから来るのか。

昨年たまたま上映会を知って見てしまった久高オデッセイと、なぜか飛行場で浮き上がってみえた本、そして折口本でも柳田本でも繰り返し扱われるイザイホー、一度おとづれてみたいと思っていた久高に足を運ぶ。

仕事間に合ってないけれど、とりあえず行くしかないから行く。

降り立って泊まるところどうしようかなとウロウロしていたら、なぜか先輩女優Mさんに出会う。彼女はすでに4日久高にいるという。今日泊まる予定のところに聞いてみようと言ってくれて、そのままご一緒することに。不思議な縁です。知り合いだけれど、すごく親しいわけでもなく、1年に1度くらい話すかどうかなだけに、今回は本当に色々お話できて楽しかった。

舞台に立つ時にエネルギーを使い果たしてしまう分、また常に闇の世界のぶん、太陽の光や、土の匂いを嗅ぐことが必要なのではないかという彼女の説は結構あたりで、私も白州の時からそんな予感は感じている。自然の力をきちんと感じ、受け入れる身体を作る上ではそういう当たり前のことが大事なのではないかと最近思う。

私自身は今は基本が学校の先生として昼の仕事に従事しているので、陽の光が浴びられないということはないけれども、一回スッキリオフにしてしまおう。

演劇とダンスでこれが違うかもと思うことの一つに演劇の場合は私ではないものを演じる(模倣の遊びに由来)し、ストーリー性が多かれ少なかれ存在するのに対し、ダンスは抽象度が高く、また私は私のままであるということがある。私は私の感情が溢れ出てしまうし、何かがくる可能性を高めていくことはできるけれども、それはカウントや何かで決めていくようなものではない。システマティックにカウント化していくことで正確性が増し、全ての人ができるものにもなりうるが、一方で「この人でなければできない」ということを見失ってしまう。
民俗芸能の教育現場への落とし込みでもカウント化に疑問を投げかける人もいる。呼吸や間合いと言った部分をもう一回見直してみる必要があるのではないか。
また、私が私であることを捨てることができるとき、その時はダンスでもないものになるのだろうとも思う。個人的な引っかかりを普遍的なものへと昇華していく作業がダンスであって、それは社会とつながっている時もあるけれど、あくまで個人の内的な話なのではないか。そこが演劇との最も大きな違いであると感じている。演劇にも様々あり、一人芝居などもあるので、個人か集団かという違いではない。それ以上になんのためにの部分とその立ち方に違いがあるのではないかと感じた。

多くの現代アートがリサーチをベースとしたプロジェクトへと移行している。それはソーシャルエンゲージドとも言われ、社会貢献を促す助成システムともつながっている。様々な展示や絵画、映像などにまとめられ、見た目もとても面白い。でも本当に大事な部分はそのプロジェクトが作者のどこにリンクしているかではないかと私は思う。個人的な引っかかり、コンプレックスかもしれないし、幼い頃の記憶かもしれない、そういうものとつながっている作品は強度を持つと私は思う。長い人生において、様々な出会い、別れがある。その一つ一つが作品になりうる。だから滞在したその場所それぞれに何かは生まれるけれども、一方でその人のコアに触れるような作品でなければ、「私たちのこと調べてくれてありがとう」「お手伝いできて楽しかった」の領域で止まってしまう。生きていく上でどうにもならないことをいかに腑に落とし込んでいくか。それには本当はすごく時間がかかるし、たとえAmanogawaプロジェクトでもできていないなと思う。私がわさわさしすぎているからかもしれない。
ある種の見せるものにする技術というのはあるけれども、ちゃんとその人の思いや生き方があるということの方がもっと大切で、それさえあれば極端にいうと全ての人が作品を作ることができるはずだと思っている。たくさん作ることができないかもしれない。全てはその一つの作品を作り上げるためのプロセスに過ぎない気がする。
ゆっくり構えて落ち着いて、1個ちゃんと作るというのが本当はいいなと最近感じる。(でも現状は常に嵐)


ゆっくり過ぎていく時間。
wifi繋がるって書いてあったけれど、繋がらないし、でもこれはオフにしなさいというお言葉だろうとしみじみ感じとる。

島の人口は現在約150人。もっと減っているかもしれない。土日は多くの観光客で賑わうが、フェリーが帰ると一気にひっそりする。島中の人が話しかけてくれる。どこ泊まってんの?どこから来たの?それは都会から来た人にとっては驚くほど。でも島の中のほとんどが親戚や同級生知らない人がいない島の中では、当たり前のこと。ああ、この前来てたあの子ねとか、あの時なんだかさんと話してたねとかいろんなことを忘れず覚えている。

たくさん来る観光客のうちの一人ではありますが、久高の人の温かさに触れ、ゆっくりした時間を過ごしています。



とりあえず、初日その運命の再会を果たしたのち、海にザッパーンと落ちて、携帯を水没させてしまう。でも久高の夕日に当てて乾かしたらなんとか復活。本当に大丈夫か怪しいけれども、今の所大丈夫そうだ。ゆっくり過ぎるはずだが私はどうもそそっかしい。。


2018年3月23日金曜日

旅に出ます。でも今回は小旅

旅に出ています。
これから沖縄。久高島。

鳥取は実は結構陸の孤島で、もしかしたら石垣島とかよりも街中に出るのが難しい。関西空港から出るLCCに感謝しつつも、そこから飛ぶ料金よりもそこへたどり着く料金の方が高いという矛盾。

でもそれでも今私はここに行かねばならないのです。今、このタイミングで。

西に沈む日を見ねばなりません。

たまにそういうことが起きる。

今週なんて山下残さん来るのに。(3月25日HOSPITALE知るの作り方)仕事終わってなくてやばいのに(本当は京都で行われるシンポジウムに行くはずだったけれどそれは諦めた)。

沖縄は折口作品をやる上で重要なポジションを占めていて、やはり本島と神の島は押さえておかねばと思った次第。折口作品をやろうと思ったのは結構単純な理由なのだけれど、読み返してやはり面白い。そして超ラブリーモードな折口さんが垣間見える。神道学者の部分とかも知りながら、でも人を乞う気持ちだけでできちゃったあたりがまた良い。病める舞姫と並ぶ口述謎作品だと思う。沖縄研究会時代からの謎を解きに、私はその場所に立ち、その場所で考えてみるのだと思います。

2018年3月19日月曜日

一期一会@茶会記

2018.3.17、19時
茶会記の会はほとんど告知がないまま小さく開催。
1年に一回くらいだからもう今回はこの人用スペシャルにしてあげようと思ってみました。友人が退院してきたということで、この2年間分のやったことを少しずつ織り交ぜながら2つのセットを。
みみをすますからのMobius(音源は1年半前の鳥取公演)と
あやしい小部屋の机ダンス、超至近距離(なぜか曲は浜千鳥)

店主さんが写真を撮ってくれました。
http://gekkasha.modalbeats.com/?cid=42168

これが見納めみたくならないようにまずはお大事に。


お客さんの中には建国体操を見た方も。思っていた以上に評判が良く、ちょっと嬉しい。



2018年3月18日日曜日

卒業発表会

卒業公演というシステムがあり、毎年3月に4年生が作品を発表する。私は入って2年目で4年生は担当していないのだが、3年生がダンス部の友人と作品を作るといっていて、様子をうかがう。

そのときに思ったのは
空は広いけれど、窓枠を作っちゃうのは自分自身ではないかということ。
芸術というもののできること、できる範囲はものすごく広いけれども、こういうものがダンス、音楽、ミュージカルと区切ってしまうのは結局その人自身であるということ。正しくはそれまでにそのひとがうけた教育によるものが強く影響している。
正しいがあるとおもっている。え、そうなの??

誤って木野ゼミにはいってしまった3年生には、こんな(私)になってはいかんと飛び越えていかなきゃいけないんだよととにかくたくさんのものを紹介し考え方を伝えてみて、どんなにおかしなことでも、とりあえずやってみる、それから考えるようにしてみた。やってみたら結構何とかなることもあるらしいということはさいきんわかってきた。夏至祭見たら何とかなる気もしたのだろうと正直思う。

プロを目指すかどうかはともかくとして作家の卵を育成中。放任主義。

なんたって先生は宮沢賢治に恋をしてる状態なので当分身動きできません。(思えば大学時代の先生が宮沢賢治が降りてきたといって授業を休講にしたのが今でもネタとなっている。でも私も似たようなものかもと最近思う)


 

障がい者アートって?

ここしばらく障がい者アートという言葉について考えていた。
また適応障害などの様々な病名について考えていた。
狂気とはなんだろう。
精神病とはなんだろう。
実はけっこう前から気にかかっていた言葉だったのだけれど、ここのところ障がい者アートと呼ばれる領域の展示をみたり話をよくきいたせいかもしれない。

たまたま昨日「マイノリティマジョリテ」が作った映像(今から10年前の「ななつの大罪」という演劇(?)作品を作っていく過程とその後の10年の振り返るようなドキュメンタリーをみる。10年の間に亡くなったり生活の変化もあり再演はできなくなった作品を映画にしさまざまなところで上映会とトーク(話し合う場)を持ち、リサーチをつづけているという。記録にいかに残していくべきか、またいかに伝えることができるのかという点でも興味深いプロジェクト。(感覚的に非常にはAMANOGAWAプロジェクトの感じに近い)とても面白いし、こういうものが10年前に試みられていたことにもうれしく思う。そしてこれをエイブルアートオンステージの枠組みでおこなっているところもまたすごい。また、私が感じていた疑問は私だけが感じているものではないのだとわかりうれしくなった。

私が感じていたのは障がい者というがわたしもまた障がい者でありすべての人が多かれ少なかれそういうものをもちうる。なぜ障がいを持つ人だけが区別されるのだろう。障がいの有無にかかわらず素晴らしいものは素晴らしい。障がいを持つ人がアートを必要とするのであれば同じようにアートを必要すると人がいるはずだ。長津さん(九州大)はマイノリティ・マジョリティという区分けは線引きではなくグラデーションではないかという。そうやって言葉化して法令化していくことでどんどん線引きは強まり別のものというふうになっていったのではないか。この10年で助成やサポートは増えたかもしれないが、健常と呼ばれる人と障がいを持つ人との距離はひろがったのではないだろうか。

オリンピックに対するパラリンピックの選手たちの活躍が連日報道される。障がいがある人でも活躍できるんですよというアピールのようにも見える。それはきっと多くの人を励ますのだろう。でも本当は障がいがあったとしても同じ土壌で戦うようなものではなく、異なる良さが評価されることがあるはずだ。目が見えない人が聴覚に素晴らしい能力を有することがあったり、色彩感覚に優れていたり、一定のことにものすごい集中力を発揮したりする。様々な形でその個性が現れるし、一部の人はそれによってアーティストとして評価されるが、そういうとくべつな能力がある人ばかりではない。
それは障がいの有無とは関係ない。
障がいの有無を飛び越えるものだ。

前任の佐分利先生は様々な障害を持つ子供たちも含む「インクルーシブダンス」をすすめてきた。障がいを持つ人も持たない人も一緒におどる。こどももおとなも、おじいちゃんも。夏至祭ワークショップもそうだが、みなただこの世の中を生きているということ。スポーツは身体技能だからとしてこだわるのであればダンスは、芸術活動はそれをのりこえることができるのではないか。

大学院時代の先輩がスペシャルオリンピクスについて取り上げていた。四肢障がい以外の目に見えない障がいをなぜメディアはつたえないのか。
本当に大切なことは私たち自身が線を引いているということではないか。
これは私とは違う、一般的ではない、倫理が、道徳が、様々な形で線を引いてしまう自分がいるのではないかと。私自身もまたきづかされ、そして考えさせられている。



おまけ
孤独な心に入り込む悪魔は悪魔とはかぎらない。悪魔も天使も皆等しく、そしてそれらは誰か別のものではなく、実はその人自身の中に内在している。狂気もまたすべての人に内在している。その現れ出る度合いが違うだけで、誰もにおこりうる。それもまたグラデーションではないか。私は確かにふつうの人より地雷を踏みやすいかもしれない、でも踏まずにはいられないということもある。そういう運命なのかそういう節目なのか。
 

2018年2月24日土曜日

勝手に鳥取ダンスウィークと名付ける週間

色々重なって今週はダンス関係者がたくさん鳥取にくる日。ぜひ皆様、これを機会にコンテンポラリーダンス?と呼ばれるジャンルの多様性に触れてみてください。
これとは別でとりアート2019年用下見のために門限ず御一行さま(遠田誠さん、倉品淳子さん、吉野さつきさん。野村誠さんが今回はお休み)に鳥取案内を行いました。鳥取市、倉吉、米子とはしごしてみてみるとそれぞれの街の違いが見えてきます。だんだんダンス色強くなっていくはず。

20182月末から3月はじめ鳥取東部ではコンテンポラリー・ダンス公演が続きます。それらをまとめてご紹介。これを機会に多様なダンスワールドに触れてみましょう。
    スクール・イン・プログレス2018 山下残リサーチプログラム成果発表
 京都を中心に活動する振付家山下残さんが222日より鳥取に滞在、一般市民とともにリサーチを行った成果を発表。
山下さんは言葉とダンス(身体)の関係性を探り続けており、代表作の一つ『せきをしてもひとり』(鳥取出身の俳人尾崎放哉の句より着想した作品)を合わせて上演します。
飄々とした佇まいと独特の間合いがツボにはまります。
山下残:19歳からモダンダンスを始め、1991年には京都のダンスグループ「モノクロームサーカス」に所属、演出も手がける。振付家、演出家として実験的で野心的な舞台作品の発表を続ける。2002年には、来場者に100ページの本を配り、観客がページをめくりながら本と舞台を交互に見る「そこに書いてある」を発表。2004年、尾崎放哉の俳句に発想を得て、呼吸の記号と俳句と身体をあわせて見る「せきをしてもひとり」で京都芸術センター舞台芸術賞受賞。近年は、ライヴ・アーツ・イン・バンコク(タイ)、クンステン・フェスティヴァル・デザール(ベルギー)、イスタンブール国際コンテンポラリーダンス・パフォーマンスフェスティヴァル(トルコ)、TABフェスティヴァル(アメリカ)、アブダビアート・ドゥラブ・アル・タワヤ(アブダビ)など海外での活動も多い。
日時:2月28日(木) 午後7時〜
場所:Hospitale(旧横田医院)
主催・問い合わせ:スクール・イン・プログレス実行委員会事務局|鳥取市瓦町527
090−9546−9894(担当:赤井)a r t s . s c h o o l . i n . p r o g r e s s @ g m a i l . c o m


    ヨーロッパコンテンポラリーダンスの今 畦地亜耶加トーク
近年演劇や音楽、美術との融合が進み、多様化している「コンテンポラリー・ダンス」について、現在ドイツ(ベルリン)を拠点に活動する振付家/ダンサーの畦地亜耶加さんをお招きし、ヨーロッパのダンスシーンの今をお話しいただきます。
畦地亜耶加:2007 年埼玉全国舞踊コンクール、第2位受賞。2008 年度文化庁在外派遣研修員として渡独。2011 年度ポーラ美術振興財団在外研修員。2009 年より現在はドイツのベルリンに在住。ドイツのダンスカンパニーSasha Waltz&guests のレパートリーダンサーとして欧州を中心に世界各国ツアーにでている。自作品の創作発表も行い、多ジャンルのアーティストとのコラボレーション作品を世界各地にて発表している。近年の代表作品としてはドローイングアーティスト中原一樹との作品”vergänglich””O"、をベルリンとアッシジで発表。

日時:201831日(木)19時〜21
場所:HOSPITALE(旧横田医院) 680-0831 鳥取県鳥取市栄町403
主催・問い合わせ:鳥取大学地域学部附属芸術文化センター ダンス・身体表現研究室
0857-31-5139(木野研究室)saiko@rs.tottori-u.ac.jp

    とりぎん文化会館舞踊公演『あげだがん 上げてどうする そげだがん』『夢の破片』
 鳥取県文化振興財団のプロデュース公演第三弾はコンテンポラリーダンス二本立て。近藤良平さんの『あげだがん 上げてどうする そげだがん』は一般市民29名が参加、オノマトペと鳥取方言をもとに作品作りを行っています。近藤さんはコンドルズという学ラン姿(たまにももひきラクダシャツ姿も)で踊るグループでおなじみ。NHK「からだであそぼ」や「サラリーマンNEO」などでも活躍しており、ユニークかつ笑いの溢れる振付で知られています。
 もう一作の島地保武さんは鳥取の俳人河本緑石をテーマに。オーディションで選ばれた県内のダンサーだけではなく、ご自身と辻本知彦さんも出演するとのこと。美しい身体が見たい方にオススメです。
日時:3月3、4日『夢の破片』14:00開演、終演後移動して『あげだがん 上げてどうする そげだがん』1520開演
場所:とりぎん文化会館

主催・問い合わせ:(公財)鳥取県文化振興財団 0857−21−8700