2017年11月27日月曜日

女子体育研究大会全国大会鳥取大会

女子体育研究大会全国大会鳥取大会が終了しました。

女子体育連盟という団体があるのですが、その全国大会が鳥取米子であり、ここしばらくは米子の往復が続いていました。全国各地の大学の先生たちが集まる盛大な会で、私の前任の佐分利先生が実行委員長として大活躍、研究発表や公開演技など盛りだくさんの2日間でした。

私は劇場担当だったので、他地域で開催される分科会などはうかがえなかったのですが、様々な研究授業が行われていたようです。

女子体育という言い方は今ひとつピンとこないかもしれないのですが、もともと体育の中でダンス系は女子だけがやるものだった時代があり、女性教員が少なかったことからその研究部会が開かれるようになったそうです。現在でも参加する教員のほとんどは女性。しかしその専門は必ずしもダンスではなく、陸上や球技など様々です。
(私の大学院時代に聞いた話では国体用強化選手として入る体育系教員もいることから競技選手だった人も多くいます。つまり女子=ダンスではない)
同様に教育大学の研究大会舞踊部門というのもあり、それは来月宇都宮で開催されます。木野は「『ダンスハ體育ナリー体育教師としての大野一雄を通して』クリエーションの経緯と芸術教育におけるダンスの可能性について」という内容で発表しようかなと考えています。

今回ウォルフガングシュタンゲさんの講演があり、彼は大文字のA(イギリスに来て初めてみたマーゴフォンティーンの演技)と小文字のa(稽古の終わった後に踊りたい!といって踊り始めたダウン症の少女の演技)のアートは心の深い感情につながっているという点でも等しく感動を与えるという話をしており、彼の長年にわたるインクルーシブダンス(彼はダンスダイナミクスと呼んでいる)活動の紹介もされていた。
創造性、クリエイティビティの大切さ、他者とのコミュニケーションを通じながら理解し合うことなどとても重要なポイントだったが、ARTという言い方をする。

大学の先生方とお話をする時と、免許講習などで地元の先生方とお話をする時や様々な研究発表のビデオや演技を見る時にギャップのようなものを感じてしまう。
最終的に明るく元気に健康に生きるための運動を指導するという。
指導ってなんだろうか。健康ってなんだろうか。教育とはなんだろうか。その元々のところにズレがあるのかもしれない。いろんな意味で考えさせられる回でした。

銀河鉄道の中でジョバンニと蠍の話をする女の子は神様の話をするシーンがあります。本当の神様、本当のさいわい、それぞれが主張するけれども話がかみ合わない。同じ言葉で言っていても、みているものが違うこともあります。時にそれはいざこざの元になり、自分の神様を押し付けようとしたり、自分のものを守ろうとすると戦いが起きてしまうこともあります。
違うということそのままにあることができればそれでいいのではないか。
ほんたうのさいわい、さいわいをダンスに置き換えてみる。私のダンスとあなたのダンスは違うかもしれない。でもそれで良いし、その違いがあることが人としての証。
そうやってつながりを作ってきたのだなあとつくづく。

一方で分かり合わないなりに対話を続けていくしかないのだろうなあともつくづく。




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