2017年7月2日日曜日

コンペというもの。

私自身がかつてコンペティションに出ていたし、その時頂いた賞が元で生き方が大きく変わったことは事実であるので、世の中の流れを否定することはできない。

が、私はダンサーとしてこれまで経てきた経験を踏まえると、コンペにとらわれないで踊り、作品を作り続けられる環境を作り出すことの方が大切ではないかと考えている。それは経験を経たから言えることでもあり、うちの学生さんや若い子たちには駄目元で出してごらんなどというのだけれど。
友人が新しくダンスのコンペティションを立ち上げ、優勝すると海外公演ができますという。すごいなあと思う一方、私たちは他者のダンスに優劣をつけれるのだろうか?と疑問に思う。そして海外公演をすることは”優勝”しないとできないものなのだろうか。

ランコントルコレグラフィックセーヌサン・ドニ(旧バニョレ振付賞)はかつて横浜でプラットフォームを行っていた。ある時を境にコンペ形式をやめアーティストたちが出会う場所として機能し始めるようになる。それに対し、横浜側はコンペという形式を維持しようとし、それゆえ離れていった経緯がある。(これは故石川さんとお話をしたおり、コンペという形態をとるからこそ質の向上が図られると聞いている)
その後ダンコレはアジアのショーケースとして機能するべく、部門を2つに分けたり、海外プロデューサーを招いたりする形へと変化していった。実際そこから国際共同制作につながっていったりもしている。
選出は様々なタイプのダンスを紹介していくという傾向があり、本来は賞を受ける受けないはあまり関係ないはずで、今現代のアジアのダンスを幅広く紹介するというものである。が、賞を出すとなるとそれが素晴らしいかのように見えてしまう。このセレクトの方向によってはダンスの傾向が偏っていく可能性もあり、非常に難しいことだと私は考えている。

様々なダンスがあって良い。そしてその多様性こそが現代を表しており、それを受け入れていけるような世の中を作っていくこと。そのような思想とは実は逆を行く流れではないか。ダンスは模倣とめまいの遊びから進化してきた(ミミクリ・イリンクスとカイヨワはいう)。競争の原理が働くとスポーツ色が増していく。技術的な向上も起こるだろう。それを目指す一方で、そもそも自分はなぜ、何のために踊るのかをもう一度考えてみてもいいのかもしれない。

アシュフォードさんのAero waveはその辺りを上手くかわしてネットワークを形成している。応募されたビデオを20を超えるで参加ディレクターが見たのち、会議により推薦アーティストを20組ほど選ぶ。その中から各ディレクターがプログラムを立て、結果的に海外公演、ツアーを組み立てやすくする。各ディレクターの色や押し出す方針を尊重しつつ20組を選ぶことで現在のヨーロッパにおけるダンスの流行を示す。
誰かが勝つ、負けるではなく、
それぞれに突き抜けた面白さがあるはずで、そういうものを合わせて紹介するのがフェスティバル(Spring Forward)。
もちろん問題点も多くある。でも継続していくことで見えていくことがある。
Place Prizeをへてここにたどり着いたアシュフォードさんの知恵はアジアでも活かせるのではないだろうか。もう、賞にとらわれている時代ではないと一アーティストでありながら私は思っている。



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