2017年6月19日月曜日

ダンスと暮らし@スタジオイマイチ(山口)

ダンスと暮らし@スタジオイマイチ(山口)

夏至祭に参加してくださる大脇さんイフクさんご夫妻に誘われて山口へお邪魔する。この準備でてんやわんやなところだけれど、中国ネットワークとかできたらきっと楽しいのではないかと思いちょっと強引にいってみたら、またいろんな人に出会う。

今回のタイトルはイマイチさんがつけたものだけれど、踊ることも生きることも変わらなくなってきた私としてもぴったりで、結局最終的にはその人のあり方が問われるものなのではないかと改めて感じた。

まだ20歳の祥子ちゃん(山田うんさんのところのダンサーさん、高校卒業してそのまま飛び込んだ強者)の若々しくキレのあるダンスから、純子ちゃんの初々しさ溢れるダンス。

たまたま40歳と年齢がかぶってた大脇さん、笹本さん、田村さんはさすがの作り。(でもそれぞれまったく異なるテイストだったことも素晴らしい)初日行ったらモーションキャプチャーのプログラミングの凄まじい早さに衝撃を受け、さらにくまさんに大うけ、この組み合わせ、このセンスなかなかないです。そして笑いも織り交ぜてる(大脇さん作品)。かと思えば即興的に話を合わせているのかと思いきやかなり緻密に笑いも取りつつまとめる笹本さん。(彼自身の身体能力がかなり高く、2日目までにどんどん動きのグレードも上げてきているあたりがまたすごい)でも多分今回の一番は田村さん作品かなあと。なかなかこう言う作品を作りこめる人は多くない。10分弱の短い作品だけれど、いろんな要素が盛り込まれているデュオ。聞くと10年ぶりに踊ったのだという。アメリカにいた頃、ワークインプログレスを積み重ねて作った作品でかなり踊りこんでいたから、結構体に覚えていたとも。そういうマスターピースって大事だと思う。
ある意味夫婦の形であり、家族の形であり、この作品を節目ごとに踊り続けていくようなのもいいんじゃないかなあと思うようないい作品でした。

企画をしているイフクさんは0歳児の母。田村さんも3歳児の母。子供達もたくさん見る中、また練習中も子供達と遊びながら過ごす時間でした。こうしてみると父であり、母でありという家族との生活の中で生まれてくるダンスってあるのです。
このスタジオが10年続けてきたからこそあるお客さんとの関係性とスタッフたち。優しく温かい輪に混ぜてもらって穏やかな時を過ごしました。
1日目ここしばらく忙しかったせいもあるけれど、すごくよく眠りました。(安心したのかたまたま山口で聞いた話がいろんな意味で人を救うようなものだったせいかよくわかりません。)

最後にcheersさんで踊る時、オーナー兼シェフのあっちゃんさんが踊ってくれました。一曲はスパイスケーキのダンス、もう一曲は結構シリアスな踊り。年齢とともにある暮らしの中のダンス。

ダンスと暮らしのタイトルはいいえて妙で。
私はまだまだちゃんと暮らすことができていないような気がしたりもしました。

日本海新聞さんとtottoさんに鳥取夏至祭を紹介していただきました。

日本海新聞さんに鳥取夏至祭を紹介していただきました。(2017.6.18)
写真(Mobiusの)なども入れていただきありがたいことです。
日本海新聞は鳥取島根の地元ネタに強いローカル新聞。(北海道新聞みたいなものです)
ちなみに夕刊がないことでも知られていて、鳥取あるあるでよく話題になります。
http://www.nnn.co.jp/news/170616/20170616050.html


鳥取のインターネット情報サイトtottoさんに鳥取夏至祭を取り上げていただきました。
http://totto-ri.net/news_tottorigeshisai2017/
いよいよですね。
準備がいろいろ間に合っていません。頑張ります!

2017年6月14日水曜日

鳥取はなにもないか?

夏至祭のチラシを見ると鳥取はなにもないけどなんでもできるとあって、なにもないとは失礼な!という意見をいただく。

このお祭りを継続的に開催していくにあたり、
「なにも知らない鳥取ビギナー」が思い余ってはじめてしまって、右往左往しながら鳥取を発見しそれを紹介していくという形なので、うーん、そこを怒られてしまうとなにもできないなあと考えてしまう。
すみません、といいつつもチラシはもう直せない。

実際リアルに一人で回している状態なので、右往左往どころかずっと走り回っていて、ぶつかる先で出会いを繰り返している状態。だから本当に私の手持ちには何もない状態からスタートした。もちろんここまできていろんな人の声により大分場所も人も広がってきた、そんな感じ。

いやいやうちはもっとこんなのやっているんだというグループが出てきて当然で、どんどんあちこちでやっていくようになればいいのではないかと思ったりする。いろんなところに声かけをしているが、なんだかよくわからないものとなるから、まずはおこしてみて、そこから広がるのを待つ。ストリートだろうが、なんだろうが、踊ってみたらそんなに差がないということが分かるはずで、開いてみるかどうか。だから今回はとにかく外からいろんな人に来てもらってみることにした。声をかけても是非とは言わず、結果鳥取の人の参加は少ない。でもこのような会にお願いして出ていただくというのではないのではないだろうか。知らないから出ないならまず見てみてとしか言いようもない。


「なにもないとは失礼な!」と言いながら「うちだったらもっとこんなことができる」「もっと面白い」と乱入してくる人たちが出てきたら嬉しい。


鳥取はなにもないか?
いやある。だからみんな集まってくる。そのことを証明するための試みでもあると私は思っている。

2017年6月6日火曜日

今後の予定(2017.6.5)

○木野踊ります。

いろいろあり、久しぶりに声をかけてもらったこともあり、踊ります。現在のところは以下の予定。呼ばれればどこへでも。おどりこさいこ

6月17,18日スタジオイマイチ(山口)
谷川俊太郎「みみをすます」をもとに。

6月23、24、25日鳥取夏至祭
https://tottori-geshisai.jimdo.com
あまり知られていませんが、ワークショップもあります。



7月3日旧グッケンハイム邸(神戸)池田千夏トリオ
7月7日鳥取大学アートプラザ 池田千夏デュオ
sound and herbの池田さんが何と鳥取まで遊びに来てくれます。ちなみに衣装の金子さんも神戸にはいらっしゃるとのこと。

8月5日鳥取Jazzの皆さんに誘われておそとで踊るらしい
8月12日鳥取大学ダンス部初の自主公演
10月21日米子市公会堂(鳥取)高木東六の音楽レクチャーとともに。おそらく「鶴」
11月4日高知美術館中庭(高知)

今年の大きな勝負は高知美術館中庭の水でしょうか。


○ダンスハ體育ナリ続編について
現在、来年2月に発表できるように頑張ろう計画が進んでいますが、昨年に引き続き鳥取大学地域学部の教養科目として「グローバル時代の社会と国家」で1時間担当し、お話させていただきます。5月11日。
昨年は明治期の運動会、体操の変遷をたどりながら、オリンピックまで話を膨らませて「体育」がスポーツへと変わりつつある流れを学びました。
今年は1940年になくなってしまった幻の東京オリンピック・万博・札幌オリンピック(すごいな、全部やろうとしていたんだ)にフォーカスを当てています。
というのも、ダンスハ體育ナリで出てきた謎の体操写真、ほとんどが1938年。オリンピックがなくなった年です。しかしその後、オリンピックは中止になっても競技場の造成は続き、体操の流行へと走ります。軍国主義とこの体操の乱立は実はつながっていて、集団で揃って行う体操こそが訓練でありました。
何万人もの人が一箇所に集い同じ体操を一糸乱れずに行う写真が大量に出てきます。また、皇国2600年奉祝祭の関連イベントとして数多くの競技会が開催されました。

昨年のプログラムノーツの言葉です。
ダンスもスポーツも社会に利用されつつ発展してきた。知らず知らずに影響を受けてしまうものだからこそ、知る必要がある。踊る上で大切なことは当事者として感じ、考えること。現代はそんなにファンタジーじゃないし、カッコつけてる場合じゃない。今、必要なことを考えるためのダンス。それを私は作りたいと思う。


今回はダンス関係者ではないため、大野さんのお話はありませんが、西洋的近代的身体を作り上げるために生まれた体操にフォーカスを当て、日本人の「揃った動き好き」について考える内容を目指します。
 そのうちまとめて第2弾、いきます。
鳥取在住者で興味のある方は木野までおしらせください。



Angels 2017

SPAC enfantプロジェクトAngels ですが、2017年、木野は参加しません。(鳥取から通い続けることもなかなか難しいです)公的には(俗にいうお仕事として)参加しませんが、少しずつ応援はしていくつもりです。代わりに少しずつ卒業生が関わっていけるようにお願いをしています。

思えば7年という長きにわたりずっと一緒にいたので、静岡はすでにホームのようになっています。今年の春はプロジェクトそのものがお休み状態になっていたので(理由はニヤカムさんがツアーを入れてしまったと聞いています。怒!)、余計に寂しい感じがします。特にニヤカムさんはいつも一緒なので、桜を一緒に見ていないとこころがざわざわします。

Angelsは2年計画で作っていたので、昨年が本公演だったわけですが、夏に再度オーディションを開き、また新しく発展させていく予定です。これはウェブ上でも発表しています。
http://spac.or.jp/spac-enfants


追記:オーディション情報出ました!
http://spac.or.jp/news/?p=12926

この作品はニヤカムさん自身の母親が亡くなった時期のクリエーションであり、おそらく一番辛いときを共に過ごしてきました。1年目のノーツには「ここにいない人への想い」がかなり含まれています。言葉を超えて伝わってきてしまうヒリヒリがたくさん残っています。私は半分通訳なので、言葉でも説明しますが、子供達がどこまでそれを理解し感じ取っていたのかは未だ分かりません。もしかしたらわかって演じていないからこそできている作品であったと正直思います。つまり計算して構築されているものではないからこそ起きている美。タカセの夢のように歓喜と祝祭ではなく一見地味ですが、その影の部分はとても優しいと感じています。

本当に悲しいときに泣くことができない人がいます。
そういう状況だからこそことほがなきゃいけなかった。(言祝ぎは1年目の時のキーワードでもありました。)2年、特に昨年はかなり無理をしてしまったけれど、そばにいてあげられてよかったなと思っています。

さて、また前に進みましょう。










2017年6月4日日曜日

修論が一区切りしました。

修論をあげました。
1年たってしまったけれど、その間に少し書き直していたりします。(3分割しているので内容も微妙に重なり複雑な心境)大学の紀要にあげていて、一種論文扱いにならないから、恩師には怒られそうだけれど、時間がない。この論文は今出さないと意味がない。

今回修論的には第4章、限界芸術論について述べている部分をあげました。この限界芸術論、鳥取に来てここまで「地域学部」を表す文章であったことに衝撃を受けました。この文章にであったのは結構たまたまのことだったのです。内発的発展と合わせ、今の地域の問題を全て捉えていると私は思っています。

今回かなり追加を入れました。
それは舞踊とは何であったのかというのが見えて来たせいでもあります。前回カーニバルと祭の持つカオスについて取り上げていますが、舞踊の本質は基本的に宗教に近く、個人的で、かつ混沌を生み出します。破壊し、そして新しい概念を生み出す。薄々感じていて、「からたちから」などで私の周囲が壊れていく様を話して来ました。
舞踊とはそのエネルギーであり、それは民衆から起こるもの。
私は民衆を煽るつもりはありませんが、歴史を振り返ればそれは明らか。
壊したくないものから離れていく、それゆえ舞踊家は流浪のたみであらねばならなかった。
演劇も同じように民衆からのエネルギーの現れですが、その成立が異なります。ギリシャ悲劇をみれば明らかなように公共のため、その倫理、秩序を一般市民に知らせるためのものでした。
秩序と混沌、それはギリシャ的にはアポロンとディオニソスで対比されます。
そうだった、バッカスは舞踊神だった。
演劇人も流浪の民ですが、、、。

言葉を持たない踊子が、言葉を綴ってみたらこうなったというようなささやかな文章ですが、この3作とダンスハ體育ナリを合わせると密かに木野作品が網羅できます。

大学院の恩師は論文は道しるべだから。自分が書いたことをいつか誰かが掘り起こして、そこから何かを導き出すかもしれないと言っていました。大学に務めるようになって(良くも悪くも)一番大きかったことはこのささやかな言葉が残るということです。ダンスはなくなってしまう。アーカイブとか、映像記録とか色々言ってはいても、それでもその場にいなければ味わうことはできないし、それゆえ時間芸術と言われます。言葉がないから国境をも越えることができる。そして消えるからこそ美しい。
でも、もしかしたら、そんなことを思い、論文をかくその感じは届かないラブレターを書いているような感じに似ています。
さらにいうと全ての作品(舞踊に限らず小説だろうと、絵画だろうと、音楽だろうと)は今必要な誰かのために作りながら、その先にいる何者かのために届くか届かないかわからない手紙を書いているようなもの。

ルソーさんに引きづられました。
ルソーさん、近代教育の父でそういうイメージしかなかったんだけれど(実際ダン体ではダンスを軽視し体操を愛する人として扱われています)、読んでいくとちょっとかわいい。





鳥取探索中

鳥取夏至祭を開催するにあたり、様々なところへチラシを配ったりしながら出没中。
昨日はストロベリーフィールズさんへ。
鳥取市おそらく唯一のライブハウス。昨年ゼミ生がここの調査実習をしていたり、ダンス部さんがお世話になっているので、気になっていた場所。
今回直接繋がっていなかったものの、フランスからくるDaredaチームが25日、17日には京都からくるRyotaroさんが演奏するらしい。音楽人ネットワークはダンスのそれ以上にフットワークが軽く、どんどん繋がっていく。
この日は鳥大学生さんと思われる若い人たちのガンガンロックの日。大音量実は苦手で、(カオスが好きだと思われるから一応誤解を解いておく。さらに今は無音の中で作品作りをしていてすごい静か環境なのです)早々に退散。でも、表現とは何だろうと考えさせられる。どうしても叫びたかったことってあるなあと。
どうにも止められなくて、言いたくなっちゃったんだろうなあと。
私の表現は何だろうかと考えさせられる。


温泉に行ってみたり、カフェに立ち寄ってみたり、まだまだ知らない鳥取がたくさんあります。私自身も模索中。

あと、今日はそら豆焼いて食べました。あとかきが解禁になって愛菜館(近所の市場)で山積みになっていました。先週は白いか食べました。鳥取美味しいよ。