2017年12月23日土曜日

即興の可能性

毎年だいたいこのクリスマスイブイブ頃には「からたち」「からたちから」シリーズでお世話になった巣鴨教会と茶会記に顔を出すことにしているのだけれど、今年は何と授業がまだあり伺えず。(おまけに学生たちの発表もあり忘年会すらパスするという)
先日、附属小学校の授業を頼まれ、何か一曲軽く踊ることになり、何を踊ろうか迷っていた時に、ふと教会ダンスを思い出しました。これは「からたち」のカーテンコール用に何か一曲という話をしていて、いきなり弾いてくれたもの。でもあまりにガチすぎて、本番で弾くのは却下となってしまったけれども、その後これはやはり神の思し召しと思い、改めて「からたちから」として作り直した時に挿入しました。
実はオルガンもバッハの時代は即興要素を含むのが当たり前で、優れたオルガニストは即興演奏家でもあったのだそう。リハのついでのちょっとした演奏なので、ミスタッチがあるから恥ずかしいとおっしゃられる(牧師さん)が、それを言うなら私もろうそく蹴り飛ばさないかハラハラしていて、でも多分良い集中が出来ていた時間だったと思う。懐かしいなあ。
即興って、実はいろんな可能性があると思う。

学生さんの朗読と音楽のイベント発表後に作曲の先生とお話をしていた時に、良い演奏って何かぶつかり合いみたいなものがありますよねという話に。演劇でも朗読でもBGMみたく音楽が使われることが多いけれど、そうではないから面白い。そんな話をしていたので、ちょっと出してみよう。(珍しく画面が明るい)

夏至祭はみんなでとにかく楽しいのダンスの原型を探っていくような行為なのですが、真逆というか、周囲蹴散らかしていくエネルギーも認めざるをえない。それをいろんなところに分散させながら何とかうまく自分を実在できるようにさせているのかもしれないと最近思います。

対決してくださる方、お待ちしています。

子供達にはちょっとヘビーなので、実際の授業の時にはフジコヘミングさんのしっとりめピアノ曲に。なお、大自然の中で鳥さんがいて、お花がたくさん咲いているようだった〜との感想をいただきました。そうかー鳥さんとお花かー。

今日は授業の間の1日で、作品作りに没入することにする。私の稽古は体を動かし、読み、動かし、読みの連続で、来年作る予定の作品の資料読み(真っ暗闇突入な中身。うまくできればIchIの先へと行くはずです)を同時に行っていく。こういう没入できる時間、実は貴重。そして超贅沢な時間でもあります。

そんなこんなでみなさま、ちょっと早いですが、鳥取よりメリークリスマス、です。

2017年12月18日月曜日

教大協@宇都宮

日本教育大学協会全国保健体育・保健部門舞踊研究大会@宇都宮に行ってきました。元気の良すぎるダンス部さんにつれられて(学生的には合宿で都会に遊びにいくぜモードな予感がする)昨年から参加しています。
元々は国立大学の教員養成系の勉強会だったところもありますが(なので前任の先生から引き継ぎましたが、実は鳥取は教育学部ではなくなってます)、最近は私学の先生方の参加も増えているのだそうです。
今大会は高橋和子先生(横国)と原田奈名子先生(京女)の退官講演もあり、「舞踊教育の未来に向けて」と題されたシンポジウムも開催されました。2人は大学同期その時の指導教官川口千代先生もお越しになるという。
実はそのシンポジウムの前に「「ダンスハ體育ナリ?ー体育教師としての大野一雄を通して」クリエーションの経緯と芸術としてのダンス教育の可能性について」というタイトルで研究発表をさせていただきました。ある意味、この保健体育研究会に喧嘩売っています。?は元々の作品にはついていないですし。
でも、高橋先生は大野一雄さんについて論文にまとめてくださっていて、その中にある一文がこの作品のきっかけになっています。
「ダンスを教えることは難しかった」
そこから私は、彼が考えているダンスと学校で行われているダンスの差異、ズレがあるのではないかとさらに体育にあるからこそ多くの子どもたちに、そして大野さんにダンスを広めることができた、その一方で彼の信仰心や亡き人への思いの部分が溢れるダンスはその枠組みの中では教えられず、クリスマスのページェントとして現れたのではないかと考えました。
高橋先生は体育の中にあったからこその部分を大きく扱っていました。
大野さんは既に世におらず、実際どんなことを思っていたのかはわかりません。
ただ今回のお話を受けて、すごく思ったのは、大学教員と現場教員の感覚のズレです。
教育指導要領を見ると決まった踊りを習得することや技の習得は目指されていません。いかに自由に身体を解放していくか、コミュニケーションが取れる身体にしていくかにかなりフォーカスを当てているけれども、見せる段階で”うまく作る”ことや”見栄の良さ”にとらわれて、あるいはメディアなどの影響を受けた子供達の声に煽られて、とりあえず振り付け覚えさせて踊っとけ型指導がある事実。
指導要領よんで!という言葉はよくわかる。
一方でダンスに触らないまま教員になる多くのアスリート(国体要因なども合わせ、競技色は強いと私は思います。)の困惑もわかる気がします。
この研究会やワークショップちゃんと外に開いてやらなきゃいけないのではないか?もはや学校だけではなく、いろんな人の声を取り入れるべく外へ広くか、なくすかしなきゃいけない過渡期なのではないかと感じました。
また、アーティスト派遣事業があるべき意味というのも論じなければいけません。限界芸術論の時に書いたのですが、多分今は私の考えている段階の前なのだと思う。教員が教師という立場から自由になるためにファシリテーターが必要であるという事実。それでも教員(上から見る立場)でいたい人もいますが、子供と同じ目線で立てれば楽になることもたくさんある。ずっと子供と一緒の目線でいることができなくとも、(時には叱ることも必要です)ファシリテーターのいる時間は特別として一緒にただただ遊ぶ時間を持つことができる、それだけでもたくさんの発見があるはず。

私は研究発表に上げたように体育にあるからこそダンスは全ての子どもたちが触れるようになったと思っていますが、体育だけではなく、他の芸術分野とも連合しながら身体表現とか表現系みたいな授業ができたら楽しいんじゃないかと勝手に思っています。歌も踊りも演技も美術も全ては同じところからはじまっている。さらに言えば舞台芸術とは限らなかったはず。

いろんなものを混ぜながら新しいものを作る力が生まれていけばそれでいい。でもきっとそのコアの部分には自分のカラダがついてくる。
そんなことを思いました。

2017年12月5日火曜日

奈義町に行ってきました。

大学の先生なので、大学の研修授業ということで、学生さんに連れられて(今回は本当にお供のお供のよう)奈義町に行ってきました。

岡山県勝田郡奈義町は人口6000人の小さな町ですが、合計特殊出生率が2.81(!)と日本一。子育てがしやすい環境づくりを行っていると聞いて、その取り組みをまちづくり戦略室の方にお尋ねしに行ったのです。

そもそも、この奈義町の決断は市町村合併を行わないというところから始まります。そのためにどのように緊縮財政をしくか、また若い世代が移住したくなるような町を作るにはどうするかということを町民が話し合い、タウンプライドとグランドプラン、長期目線で見た奈義町の将来、未来予想図を作りました。
詳しくはナギカラをご覧ください。
http://nagikara.jp/about/
町長が変わっても、みんなで作った理想を追い求めていこうと頑張っていたら、気がついたら近隣の町が衰退していく中、小さいなりにまとまりのある、団結力のある町に育っていました。

20年以上前に作られた(一時期はお荷物という声まであった)磯崎新渾身の現代美術館(こちらもかなり素敵です。その場所と、その展示品のための建築になっているため展示替えなどができません。でも時事刻々日差しが変化していくため、ゆっくり時間を過ごすのには良い場所です)もあります。自然も豊かです。アートと自然の町としてイメージを作り、平田オリザさんはじめとしていろんな協力者をえて実現に向けて動いています。

何よりその戦略室のおじさまたちのエネルギーがすごくて、人の力って大きいと思いました。奈義町、元気です。


ここの人たちの誇りにしているのが横仙歌舞伎
http://www.town.nagi.okayama.jp/kankou/kankou_spot/miru/yokosen-kabuki.html
松神神社で毎年4月29日に古い舞台(なんと回舞台が付いている)を用いて上演するのだそう。気になります。

翌日はOibokkeshiの菅原さんのワークショップを受けさせていただきました。介護福祉士としての生活から老い、ボケ、死と言ったネガティブなイメージをいかに受け入れていくかをテーマに現在91歳の岡ジイさんほか個性豊かな役者さんを率いて劇団を運営しています。
かめりあを作った時を思い出しました。
今の時代にとって必要な演劇とは何かと突いているような気がします。

地域学部という学部にいますが、
今地域において必要なもの、ことは何かということも考えます。
便利になったり、経済的に豊かになることだけが幸せではない。
今ある生活を受け入れていくこと、その中にある光を見出すこと。

奈義町はこの決断(市町村合併の拒否)は自衛隊があったからこそできたとも話していました。日本原演習場や駐屯地があり、自衛隊関係者も多く住んでいるからこそ、なんとかなるかもしれないと思ったとも。きれいごとばかりではないですが、それもまた勇気かと。


おまけ
なんと奈義町全域wifi freeです。
神山状態です。
あまりに居心地が良いせいか、移住者が増えて、空き家整備が間に合っていません。頑張ります!と戦略室の方はおっしゃっていました。



ゆるやかにのびやかなからだをつくる時間@ちいさいおうち(米子)

ゆるやかにのびやかなからだをつくる時間(通称ゆるのび)は新百合ケ丘アルテリオのサポートを受けてワークショップを始めたのがきっかけでした。その後成瀬(町田市)でも開催しています。
ダンスというと敷居が高い、ヨガほど頑張らない。
ただただからだをゆるめてほぐす、そして穏やかな時間を過ごすこと。そんなリラックスした状態から踊りは生まれてくるし、人とのつながりも生まれてくる。平日の午前中というママ世代、シニア世代対象のワークショッププログラムでした。

そのゆるのびはAmanogawaプロジェクトでも冒頭に取り入れられています。やっているうちに覚えて、家で旦那さんにやってみたり、お子さんとやってみたりできるよう簡単なマッサージと踊りのような体操のような、「気がついていたら踊っていた」状態になるように工夫しています。
ちなみにそのあとお茶を飲んでまったり過ごし、午後からの子供達の帰宅に備える!というのが基本パターン。個人的には同年代のママたちの話を聞いたり、シニア世代の皆さんが子育てのコツを伝授したり、小さな子供たちもいるので途中で一緒に踊り始めたり、という当たり前の生活がちょっと素敵に見えて楽しい時間でした。
保育士さんを雇う都合もあり、会場費、人件費などを考慮すると助成金などをえないとなかなか難しく中断してしまっていましたが、こういう異年齢交流は大事だなと思っています。

普段の生活では忘れてしまう身体のこと。凝り固まっていることにすら気がつけない人も多くいます。ちょっとゆっくり時間を過ごしてみる、ちょっと呼吸を深くしてみる、そういうダンスになる前段階のからだのことを知るための時間です。小学生以上であればだいたい全ての人が同じプログラムでOK.今後も少しずつ行っていこうと思います。

今回久しぶりに依頼を受けて米子まで行ってきました。
ちいさいおうちは米子に住む友人が行っている子供の人権広場の活動拠点。毎月1回様々なアート活動を通じてこどもたちに家でも学校でもない第3の居場所を提供しています。みんなで山に行ったり、音楽を作ったり、今回はダンス。
午後はBe mellow (米子で活動するアカペラグループ)のコンサート付きのクリスマス会もあって、ほのぼの楽しい時を過ごしました。

帰りに急いで電車に飛び乗ったら違う電車だったらしく、思いっきり根雨の方まで行ってしまうという失敗をおかしました。山陰は1時間に1本くらいしかないので、帰りが2時間以上遅れてしまうという、、、。相変わらずのあわてんぼうぶりです。

写真は参加者のプライバシーの観点で公開していないのです。
これは年間スケジュールのチラシ。これも参加者のかえさんが書いてくれたもの。かわいい。(そしてきのこだ!)




2017年11月27日月曜日

女子体育研究大会全国大会鳥取大会

女子体育研究大会全国大会鳥取大会が終了しました。

女子体育連盟という団体があるのですが、その全国大会が鳥取米子であり、ここしばらくは米子の往復が続いていました。全国各地の大学の先生たちが集まる盛大な会で、私の前任の佐分利先生が実行委員長として大活躍、研究発表や公開演技など盛りだくさんの2日間でした。

私は劇場担当だったので、他地域で開催される分科会などはうかがえなかったのですが、様々な研究授業が行われていたようです。

女子体育という言い方は今ひとつピンとこないかもしれないのですが、もともと体育の中でダンス系は女子だけがやるものだった時代があり、女性教員が少なかったことからその研究部会が開かれるようになったそうです。現在でも参加する教員のほとんどは女性。しかしその専門は必ずしもダンスではなく、陸上や球技など様々です。
(私の大学院時代に聞いた話では国体用強化選手として入る体育系教員もいることから競技選手だった人も多くいます。つまり女子=ダンスではない)
同様に教育大学の研究大会舞踊部門というのもあり、それは来月宇都宮で開催されます。木野は「『ダンスハ體育ナリー体育教師としての大野一雄を通して』クリエーションの経緯と芸術教育におけるダンスの可能性について」という内容で発表しようかなと考えています。

今回ウォルフガングシュタンゲさんの講演があり、彼は大文字のA(イギリスに来て初めてみたマーゴフォンティーンの演技)と小文字のa(稽古の終わった後に踊りたい!といって踊り始めたダウン症の少女の演技)のアートは心の深い感情につながっているという点でも等しく感動を与えるという話をしており、彼の長年にわたるインクルーシブダンス(彼はダンスダイナミクスと呼んでいる)活動の紹介もされていた。
創造性、クリエイティビティの大切さ、他者とのコミュニケーションを通じながら理解し合うことなどとても重要なポイントだったが、ARTという言い方をする。

大学の先生方とお話をする時と、免許講習などで地元の先生方とお話をする時や様々な研究発表のビデオや演技を見る時にギャップのようなものを感じてしまう。
最終的に明るく元気に健康に生きるための運動を指導するという。
指導ってなんだろうか。健康ってなんだろうか。教育とはなんだろうか。その元々のところにズレがあるのかもしれない。いろんな意味で考えさせられる回でした。

銀河鉄道の中でジョバンニと蠍の話をする女の子は神様の話をするシーンがあります。本当の神様、本当のさいわい、それぞれが主張するけれども話がかみ合わない。同じ言葉で言っていても、みているものが違うこともあります。時にそれはいざこざの元になり、自分の神様を押し付けようとしたり、自分のものを守ろうとすると戦いが起きてしまうこともあります。
違うということそのままにあることができればそれでいいのではないか。
ほんたうのさいわい、さいわいをダンスに置き換えてみる。私のダンスとあなたのダンスは違うかもしれない。でもそれで良いし、その違いがあることが人としての証。
そうやってつながりを作ってきたのだなあとつくづく。

一方で分かり合わないなりに対話を続けていくしかないのだろうなあともつくづく。




2017年11月22日水曜日

きのこ

わたしの名前を略すときのこ。
小中学校時代のあだ名でもある。
妹は末尾がりだがやはりきのことよばれたらしい。

きのこ、かわいいととるか、不気味ととるか。

わたしの公演はキノコチケット取り扱いになってるなどきのこには縁があったが、鳥取でまさかきのこ。
菌類研究センターがあるではないか。料理研究家の井口さんと盛り上がり、きのこ楽しそう。
先日城崎に行く時にお土産をみていたらこんなものを発見!



鳥取からくるきのこが持ってくるには最高のおみやげではないですか。きのこフェチバンザイ土産として、即てにいれました。ちなみに三種あります。
これは菌類研究所にご挨拶にいかねば!

残念ながらきのこ自体はあまりダンスになれない。茸(くさびらと読む)狂言作品にはまったくらいだ。(レア作品ですがかわいいです)
しかしきになる。

まさか鳥捕りの踊りのつぎはきのこ踊りか?


ネタみたいですが、いろんな専門家のマニアックな知識をいろいろ吸収してみると物事の捉え方が違うので面白い。彼らの知識も知られないまま埋もれるわけで、アーカイブプロジェクトと同じく、何らかの形で人目に出すべきなのです。菌類増え方たのしいですよ。

2017年11月8日水曜日

水舞台

水舞台への憧れはおそらく高校時代に見た山海塾「卵熱」まで遡る。なんとこの作品舞台一面水にしてしまうので、大変なのに北海道まで来てくれた。(確か道新ホールだと思う)
その大変さがわかるので、池とか湖とかそういうところを密かにチェックしながら暮らしていたが、実際に作品として水を使ったのは「Edge」(2003)が始まり。
その後舞台に出る際には必ず水でお清めをするようになり、しかし舞台が水ということは考えていなかった。
2010−11年アルテリオのクリエーションサポートで照明実験をさせていただいたとき(贅沢にも劇場を使ってのもの。ちなみに公演としては1+1=3はそのときの実験の一部を使っている。)、舞台のおじさんに「こんなん水はりゃ一発で出来るんじゃね?」と言われ、いやいや恐れ多いーと返したら、その方は山海塾の舞台さんだった方でした。ちなみに舞台面に水をこぼすと一気に機材などダメになるので、そんな簡単なことではありません。
水への憧れは「筒井筒」のミラーシートにも表れており、(井戸の中を覗き込むというところでミラーシートが光ります)月と水とセットで狙っておりました。
私の中で月夜の中で水を覗き込むイメージがあり、その時は僧役ノブナガケンさんのフレームドラムがお月様の代わりで、実際に脚立に乗って演奏をしてもらいました。

高知美術館さんにはたまたまイギリス時代の友人ダレンが高知でクリエーションをするというので伺い、すごい場所がある!!と衝撃を受けたのが始まりです。去年の夏頃でしょうか。美術館とホールがくっついていてその間に中庭があり、能舞台の構造がそのままあるのです。ビジュアルアートとパフォーミングアートの融合ではないですか!
しかも水。すごい。素敵。実際に見に行った舞台よりそっちの方が気になってしまう始末。

その後高松でサーカスのシンポジウムにお邪魔したら館長さんに会い、中庭の美しさを力説、ぜひ踊りたいですと言ったらそのままOKが出て今回の上演につながりました。そのシンポジウムに関わっていた高知出身のカタタチサトさんが、今は高松に住んでいるんだけれど、本当は地元(高知)でももっと踊りたいんだよね、という話をしていたので、それは渡りに船!と捕まえ、一緒に何かしましょうとその場で口説きました。脚立に乗っかっている時の足(の指)が只者ではなかったのです。美しい。そして即三浦さんに連絡し、スケジュールをおさえられるか確認し、勝手に夜公演プランを書き始めました。
それがかれこれ昨年の12月くらい。本当にやるのかなあと思いつつ、時々高知へ通い、水辺で遊び、かれこれ3回(ダレンの会をいれたら4回)。だんだん土地に馴染んできました。実は夜公演ではなく昼公演で、暗闇を覗き込むはずが白舞台になったり、最終的に実は水が足りなくて完全に水舞台にはならなかったり。でもそれでもこの景色は夢に見た景色だと。高校時代から思っていた勝手なイメージが浮かび上がると思いました。幸せなことです。

たまたま大野慶人さん、一雄さんの映像上映があるとのことで花、鳥(衣装と小物に配置)そして水。これで月があれば完璧だったのに。(ちなみに上演日の4日は満月でした。SPACenfantの天使たちが飛び回っていたらしいです。)
勝手に書いていた夜公演プランは来年あたりまた別の企画になるかなと。いつかまた。

そんなわけですごい空間があるものです。
そんなわけで踊っていいよ空間募集中です。

ちなみに高知美術館にはちゃんとした能舞台もあるのだそうです。ホールの背後に隠れていて演目によって入れ替えることができるようになっているのだそう。すごいな、高知美術館。
鳥取は本当に美術館作るんだろうか。。。

和紙の世界

今回衣装を土佐和紙と因州和紙を用いることにしました。
高知と鳥取の共通項を探していたらそれしか思い浮かばなかったから。
両方とも水に恵まれ、自然も豊か。いい和紙もできるはずです。

今回の出演者浜田さんが和紙工房の娘さんということで和紙をいくつか送ってもらい、それもアイデアに追加。因州和紙は普通に買ってきましたが、次回はぜひ青谷和紙工房に協力を頼もう。

手縫いで縫い縫いしていく作業はかなり大変で、実際着てみてどうかという問題もあったため、高知に着いてから最後に仕上げ。ドタバタではありましたが、美しい白い衣装の数々が生まれました。

ただ浜田さんのお家の工房でいろいろ見させていただいたところ、和紙を糸のようにしてそれで織った布や投網(昔の網は紙で作られていて柿渋を塗っているのだそうです)などもあり、水にも強い強力な和紙の存在を知ったり。分厚くすいてまるで板のように硬い和紙があったり。美術品の修復用にとても薄い和紙を開発し、その技術力で伊野の和紙が生き延びてきた(特に浜田さんのところではフランスなどヨーロッパ各地に販路を広げているとのこと)話を聞いたり。やはり日本3大和紙と言われるだけあり、まだまだ奥が深そうです。


浜田さんはふたりっこプロデュースの名前で和紙を使った作品作りもしています。また、美術作家さんなどへの和紙提供も考えているとのこと。レジデンスも受け入れてくれそうなので、ぜひこちらもチェックしてみてください。

https://futarikkoproduce.wixsite.com/home

2017年11月7日火曜日

みみをすます@高知美術館中庭 

みみをすます

詩:谷川俊太郎
朗読:浜田あゆみ
音:Miya
踊り:カタタチサト、木野彩子
構成:木野彩子
衣装に使われている和紙は土佐和紙と因州和紙(鳥取)を使用しています。

このなかにわで、しずかにみみをすましてみると、きこえていなかったおとがきこえてきます。みずのながれ、かぜのこえ、とりのはばたき。すでにこのよのなかはたくさんのおとでみちみちています。
おとはいのちのはどう。ことばもおどりも。すべてのせかいはつながってるのにみのがしてしまう。べつのものだとおもってしまう。
ふだんはとざされているがらすのむこうがわ。とびらをくぐるしゅんかん、ほんのすこしあるくそくどがゆっくりになる。そんなじぶんにであえますように。


浜田あゆみ 高知出身。役者。
ふたりっこプロデュース代表。カナダのUniversity of Victoria 芸術学部演劇科卒業。東京での活動を経て2015年より高知を拠点に活動開始。土佐和紙を用いた滞在制作プロジェクトを毎年実施中。https://futarikkoproduce.wixsite.com/home

Miya フルート奏者/作曲家。
東京を拠点にヨーロッパ、アジアなど国際的に活動。山下洋輔をプロデューサーに迎えた「Miya's Book」などこれまでに3枚のアルバムをリリース。ジャズ、即興ミュージシャンとして、民謡など自然や生活に根ざした音楽を取り入れながら、独自の世界観を追求している。2015年よりシャンパーニュ騎士団(仏)ダム・シュヴァリエ。

カタタチサト 高知出身。ダンサー・演出家・ファシリテーター 
5才より内山時江モダンバレエ研究所にてモダンダンス・バレエの基礎を学ぶ。日本女子体育短期大学体育学部舞踊学科卒業。在学時より舞踏を土方巽直系の和栗由紀夫に師事。和栗由紀夫+好善社に6年間在籍し、ほぼ全作品に出演。2000年~2006年には第3世代舞踏グループ東雲舞踏結成メンバーとして国内外で活躍。現在高松在住、DanceBonBonという屋号で、多ジャンルアーティストとコラボしながら観る場・創る場・子どもたちへの場作りも積極的に行っている。http://dancebonbon.com

木野彩子 踊子

ピンクレディに憧れてダンスをはじめ札幌東京パリロンドン、たまに韓国静岡まわりまわって現在は鳥取在住。鳥取大学地域学部附属芸術文化センター講師としてダンスとはそもそもなんだったのかと模索中。即興音楽とダンスでまちなかをジャックする鳥取夏至祭はじめました。https://saikokino.jimdo.com






プログラム原稿には載っていませんが
鳥:戸井香織
協力:ふたりっこプロデュース(artist residence、和紙提供) ,スタジオイマイチ(山口、2017年6月ダンスと暮らしでソロ作品として初演し発展させました)





2017年10月29日日曜日

鳥取夏至祭2018実行委員募集

鳥取夏至祭の実行委員を募集します。
お金にはなりません。
とりあえず、街の中を縦横無尽に探索しながらダンスと音楽で遊びます。
来年夏至祭で何をしようか作戦会議を開きますので、まずはお越しください。

鳥取大学学生向け第1回は11月10日(金)お昼休み(12時15分くらいから)@アートスペース(地域学部棟芸術文化センター内)

一般のかた向けワークショップは12月9日10時半からわらべ館いべんとほーるです。




来年のことだけれど、ちょっとずつ、ゆるゆる月1くらいで進めはじめます。
遠足は計画を立ててる時が一番楽しいとも。

2017年10月22日日曜日

高木東六講演会「鶴」@米子公会堂




10月21日@米子市公会堂(鳥取)高木東六の音楽レクチャーとともに。「鶴」

 島根大学藤井先生(高木東六研究者)のお誘いで鳥取出身の作曲家の作品をもとに鶴を踊りました。昨年わらべ館(鳥取市の童謡唱歌ミュージアム)の企画で韓国の人間国宝さんによる復曲に続くシリーズ第2弾。
この音楽は高木さんが朝鮮に行っていた時代にアリランや韓国舞踊を見て影響を受けて作ったものだとのこと。そのため前回は完全な韓国舞踊で。今回は現代舞踊で自由に作ってくださいと言われました。
鶴、歌詞は村山知義で、春夏秋冬と4曲あるうちの1曲で、春に生まれた鶴が父よ母よ兄よ妹よと呼び寄せいざや舞えというような歌詞なのですが最後の最後にこんな歌詞がある。
春はたけぬ、たけぬ春

たけるをどのように捉えるかで色々考えてしまいました。深まるか過ぎるか。
さらにたけぬ春は連体形なのでたけない春となり、捉え方によれば反語の形だよなあと。

呼び寄せているけれども兄や妹は来ていない、そして春はすぎて行こうとしているでもまだすぎていないと思うのだとすると解釈をしながら、ここで鶴の恩返しを思い出し、鶴の恩返し要素も振り込むという構成にしてみました。
ついでに言うと同僚が鶴と言われて思いついたクレーン(ちなみにクレーンの語源は鶴です)も動きに追加。
なかなかない、と思う。

鶴の恩返しに合わせて衣装を着物風にし、韓国舞踊の要素と日本舞踊の要素を足して「現代舞踊」風(コンテンポラリーではなく日本の古き良き(?)現代舞踊)にアレンジ。私は石井獏系ではないですが、まあ良しとしましょう。

 こんな感じで貴重資料の展示もあります。これらは鳥取市(東部)のわらべ館と山陰歴史博物館(米子)の協力によるもの。講演会でも、王子製紙米子工場の歌(高木氏作曲)などマニアックなラインナップ。地元でなければ出てこないような貴重資料がザクザク。
なお、最近の社歌ブームをおもうと、かなり初期の頃に手がけていた(全社員にレコードが配られたりしたそう)ものでそういう意味でも興味深い。
 珍しく化粧をしている姿。でも肌黒い鶴。
多分15年ぶりくらい。レアです。
 クラシックの雰囲気の中に間違って来ちゃった鶴さんな感じでてますね。ちなみにこれがクレーンの動き。


アンコール用に水色のワルツも一曲。
こちらがチラシとパンフレットになります。










音楽は楽譜があるのですが、ダンスは記譜法が確立されておらず、多くの踊りはその場から消えていきます。
それらを当時の証言をもとに史実に基づいてきっちり復元させていくというのも一つの大事な研究です。が、それと同時にそれらをヒントに今に繋いで新たな解釈を加えながらまとめていくのも創造性に溢れる楽しい作業ではないかと個人的には思います。
アーカイブ事業はダンス業界で今流行りですが、こんな形になったのか!と言いながら当時に想いをはせてみる。そうすることで歴史に埋もれていた作品が日の目に当たっていくのです。この考え方はダンスアーカイプ構想の影響だなあと思います。ダンスハ體育ナリもそんなところから考案されたのでした。
そんな時に今回の藤井先生のように研究者の言葉や視点があるのは心強いものです。
これまで私自身は自分で調べながら作品を作っているのですが、ちょっとかしこさが足りないので、ブレーンさんを呼べばいいのではないかと感じました。ブレーン募集。

最近、周りに鳥博士が増えて来ていて、これはやはり鳥捕りの踊りを作りなさいということではないかと感じます。今回はまず鳥側をやったので、鳥捕まえる人と合わせて一個になるような。
あと意外なところにキノコ博士を発見しました。鳥取に菌類研究所があるそうです。キノコノキカクによるキノサイコによるキノコ作品、キノコを食べる企画付き、キノコチケットでチケット取り扱い。いかがでしょうか。



今後の予定(2017.10/22)

○木野踊ります。

いろいろあり、久しぶりに声をかけてもらったこともあり、踊ります。現在のところは以下の予定。呼ばれればどこへでも。おどりこさいこ



11月4日高知美術館中庭(高知)「みみをすます」
 6月のイマイチパフォーマンスで取り上げた谷川俊太郎の詩でリベンジ。今回はMiyaさん(フルート、東京)、カタタチサトさん(ダンス、高松・高知)、浜田あゆみさん(朗読、高知)にご協力いただき、開館記念のお祭りの中、静かな時間を演出します。水辺に降り立つ鳥でしょうか。鶴?!

11月24、25日女子体育連盟全国大会(米子)
 なぜか鳥取で開催される全国大会。前任の佐分利先生が頑張っているので、お手伝いしています。踊りませんが、もう大変です。

12月3日ミニワークショップと小さなコンサート@ちいさなおうち(米子鳥取)
 tottoでもお世話になっている水田さんがやっているアートスペースの企画。米子出張が続きます。

12月9日わらべ館ワークショップ
10:30−11:30 わらべ館いべんとほーる
 夏至祭で行った即興ダンスと即興音楽ワークショップシリーズ復活させます。
これから少しずつ(できれば春くらいからは毎月くらいペース)で続けていけるといいなあと考えています。鳥取在住の音楽好きの皆さん、ぜひご協力を!


今年の大きな勝負は高知美術館中庭の水でしょうか。


○ダンスハ體育ナリ続編について
現在、来年2月に発表できるように頑張ろう計画が進んでいますが、昨年に引き続き鳥取大学地域学部の教養科目として「グローバル時代の社会と国家」で1時間担当し、お話させていただきました。今でも毎月のようにダン体ゼミ(プロデューサーとの対話)が進行していて、もはやダンスではないけれど、これはこれでまとめなければいけないなあと思っています。ちなみに前回の話題は盆踊りとパラパラの類似性について池袋ニュー盆踊りを参考に。まだまだ続いています。

昨年は明治期の運動会、体操の変遷をたどりながら、オリンピックまで話を膨らませて「体育」がスポーツへと変わりつつある流れを学びました。
今年は1940年になくなってしまった幻の東京オリンピック・万博・札幌オリンピック(すごいな、全部やろうとしていたんだ)にフォーカスを当てています。
というのも、ダンスハ體育ナリで出てきた謎の体操写真、ほとんどが1938年。オリンピックがなくなった年です。しかしその後、オリンピックは中止になっても競技場の造成は続き、体操の流行へと走ります。軍国主義とこの体操の乱立は実はつながっていて、集団で揃って行う体操こそが訓練でありました。
何万人もの人が一箇所に集い同じ体操を一糸乱れずに行う写真が大量に出てきます。また、皇国2600年奉祝祭の関連イベントとして数多くの競技会が開催されました。

昨年のプログラムノーツの言葉です。
ダンスもスポーツも社会に利用されつつ発展してきた。知らず知らずに影響を受けてしまうものだからこそ、知る必要がある。踊る上で大切なことは当事者として感じ、考えること。現代はそんなにファンタジーじゃないし、カッコつけてる場合じゃない。今、必要なことを考えるためのダンス。それを私は作りたいと思う。


今回はダンス関係者ではないため、大野さんのお話はありませんが、西洋的近代的身体を作り上げるために生まれた体操にフォーカスを当て、日本人の「揃った動き好き」について考える内容を目指します。
 そのうちまとめて第2弾、いきます。
鳥取在住者で興味のある方は木野までおしらせください。



2017年10月13日金曜日

始まりの祭り


10月7、8日始まりの祭り@妻木晩田遺跡(鳥取)
 夏至祭を見に来た大山チームより是非にとのお誘いが。先日アイヌ刺繍で盛り上がったついでにアイヌ踊りを調べてみようなどの話が出てました。

お祭り自体は大山ガガガ学校と妻木晩田遺跡の学芸員の協力のもとアイヌ文化を広げる活動をしているアシリレラさん、夏至祭やMobiusでもすっかりお世話になっているやぶくみこさんも集まって、ユーカラ(歌、踊りも一曲。アイヌ神謡集の「金のしずくふるふるまわりに」もあり、個人的にはちょっと嬉しかった)あり、カムイノミ(お祈り儀式)あり、ガムランワークショップあり、歌って踊って叩いちゃうなんでもありな会(私の中では夏至祭に続く弥生収穫祭@妻木晩田)もありの楽しい3日間でした。

カムイノミのせいか、雨と言われていたのに、晴れまくりで、私は真っ黒黒に焼けてしまい、黒い鶴(次の演目は鶴)になってちょっとしまった、、、と思っています。


超晴れまくりのこんな感じ。私が来ているのは弥生の服に似せて作った貫頭衣(手作り)
中心にいるのはこっちの大山研究所大下しほさん。
木野は太鼓やチャクチャスを持って皆さんをご案内するツアーガイドです。

 センターだけではなく主要な遺跡を学芸員の長尾さんが説明してくれます。(森の妖精のよう)ちなみにここは竪穴式住居、復元。下に同じような建物の跡があり、それを丁重に保護して埋めた上に立てています。
ここは村のはずれで、一軒だけ離れて立っているとのこと。その後ろはお墓。
お墓を守ったり、儀式をするための場所だったのではないか?とのこと。
また光が差し込んでいて、お墓側に窓が開いています。西窓です。(つまり春分、秋分の時に来いということです)
ジャンベや太鼓やいろんな鳴り物を持って演奏しまくり、光の中で踊りまくり。
竪穴式住居を出ると、この眺め。一番いいところにお墓があるのです。これらのお墓もその上に乗ることができます。で、ちょうどいいサイズの石の配置なので寝てみます。


 カサラファーム(奥大山にある農園)でアフリカンドラムやってるサイモンさんたちも合流、みんなで楽しく踊る日でした。

考古学はあくまで掘って見えてきたものから推測していくのだけれども、どんな暮らしだったのか、どんな踊りが踊られていたのかは想像です。祈りや鎮魂やそういう気持ちを持って踊る踊りは必ず人の心を打つのです。
こんな光景を思い浮かべていたと長尾さんと大下さんが涙をこぼし、私はこういうときのために踊ってきたのかもしれないと思ったのでした。




2017年9月14日木曜日

旅に出る10


ブクタパルのサランギ作り職人
カトマンドゥから40分程度だろうか、古都ブクタパルにいく。日本でいう京都のようなものと言われており、街全体が世界遺産。ネワール人が作り上げた彼らの文明の粋が集められている。カトマンドゥからは地元の人と同じバスに乗って見たもののちゃんと行き先を行ったのに聞き間違えられたらしく違うバスに乗ってしまって30分。途中から乗って来た親切なお姉さんが、あなたどこにいくの?と聞いてくれて間違いが判明、乗り換えかたを教えてくれたりする。(彼女はブクタパルから来て乗り換えたところだったのよと言いながら一回バスを降りて案内してくれた)しかもその時睡魔に襲われていて、ふと気付いたのがそのお姉さんの言葉掛けだったので、女神に見えたのはいうまでもない。
ブクタパルでは寺院の美しさはさることながら(カトマンドゥやパタンよりも地震の被害は少なく、またまちがゴミゴミしていないので観光という点でもおすすめです。(そのかわりチケット代が1500ルピー)
街中を歩いている途中でサランギというネパールの弦楽器を売っているおじさんに出会う。おじさんの一家はサランギ演奏をしている一家らしく、お父さんもお兄さんもおじさんもサランギを演奏しているそう。持って帰れないよといいながら、おじさんが聞かせてやるというので遠慮なく聞かせていただく。
おじさん曰くこれまで長く音楽家の地位は低かったという。今でもレストランなどに弾きに行ってもチップがもらえるかどうかで(でも観光客ツアーは大体食事代に含むと思うせいかくれないとちょっと怒っている。みなさんよろしくお願いします。)経済的にも地位的にも低く見られていると感じている。先進国では芸術全般特別な才能と思われるが日本でも趣味で個人がやっているんでしょと捉えられるという話をすると頷いてはいたが、後から調べてみると、カーストの壁がかなり大きいようだと思われた。
もちろん日本のダンス、音楽状況の厳しさはよくわかっているけれども、それ以上に世襲制、かつ隔離される存在の芸能民カースト。ネパールの彼らがいう厳しさは私の考えた大変さ以上のものがあるのではないかと感じた。
彼は普段サランギや様々なお面(観光客向けのもので正式な儀式に使われるものではない)を作り売ることで生計を立てている。彫るのが得意なのだ。でも美術品のように色々絵をくりぬいた作品サランギは音の響きが悪くあまり好きではないという。時々くる演奏仕事は喜びだけれど6時くらいから仕事が一切できなくなるのに給与保証がない(ほとんど収入にはならない)現状に苛立ちを覚えつつ、喜びだからとつづけてしまうのだという。日本の音楽も演奏するよとのこと(実際聞かせてもらった)。片言の日本語もこなしている。
大変だけれど、それでも自分は恵まれているという。地震後家を立て直すことすらできない人たちもいる。そんな中、自分はこうして店を復興し、新しくくる観光客に出会うことができるのだからと。
頑張れ、生きろと私は言いたくなる。たくましい。
私がかつて言われたように(いまも?)。


インドラジャトラ
 本来このお祭りを見に来たカトマンズ。あまりに濃すぎる日々ではあるが、ちゃんとお祭りにも顔を出す。中心地のダルバドールスクエアにいるクマリ(ネパールの生き神、女の子)が街中へ出ていく(日本でいう山車に乗せる)ほか、ライスワイン(白濁しているのでどぶろく的なものと思われる)を奪い合う男子対決とか、ぞうさん(日本でいう獅子舞の激しく、大きいやつ)の大暴走とかいろんな意味で喧騒とカオスのお祭り、しかも1週間続く。
踊りもある。この子達は古都ブクタパルからやって来たという。黒い子達はゴーストだそうで、顔が見えない(ちょっとザングルロを思い出す)。みんなと踊った後、その後さらに残って激しいデュエットを行う。アクロバティックな組み動きや伊勢太神楽を彷彿とするような肩の上に乗っかる技などを披露するため大人気になっていた。
 なお、ネパールはお祭りが本当に多く、毎月1週間くらいは仕事にならない状態が続く。お金ないだろうに、放蕩しちゃう。まだまだ謎の深まるネパールという国。