2014年12月31日水曜日

2014年

一期一会という言葉がある。

未来と過去が出会う現在は一瞬にすぎない。その瞬間であったらもしかしたら次はないかもしれない。だからその出会いを常に大切にしなければならない。


一度離した手は二度とつながることはないということ。

たまたま津のパフォーマンスの最後で手を握ってもらったときにいろんなことがフィードバックしてきた。うちの師匠の最期のときも、銀河鉄道も、静にとっては義経だ。一度断ったこと、消したものは二度と戻ることはない。時がたてば解決することはあるが、時がたつのでそのときとは違うことが起きてしまい同じかたちでつながることは二度とない。そして同じかたちでつなげてはならない。
当たり前のことだが、そのことを学ぶ一年だったように思います。


この2014年はこの5年ほどの全てがまとまるかのような1年でした。帰国して既に5年ほどたちますが、かめりあ祖母、牧野先生の死をはじめとしてこれまで作ってきた作品もすべてがひとくくりされました。なお、通常2、3年に1冊まとめるファイル(チラシやプログラムの保存用)がちょうど今年の年末で終りました。なんだかすべてが一区切りのようです。
個人としては大学院に進学し学ぶという環境におかれながら、改めて「そもそも作品を作るとはどういうことか」と考えています。

ユーグとの作品タイトルはMobiusですがそもそもは蜂谷さんとユーグのCDからきたものでした(メビウスの鳥)、ぐるぐるまわりながら思うのはメビウスではなく、その瞬間が永遠でありかけがえのないものであったのだと思います。
そしてそれは実はEdgeより遥か昔既に私は知っていたのだということに気がつきました。
「時間はながれているものなのか、それとも静止のかたまりなのか」
はじめて人に振付けた作品(大学時代)のもので、その時既に私は、自分の記憶がものすごく固執したかたちで覚えていて他をすべて忘れてしまうおかしさに気がついていました。その時他のダンサー3人にはふーむといいながらがんがん踊ってもらっていましたが。
すべてのものはつながっている。永劫回帰。
しかしながらその瞬間は常に一度しかない。そんなことを思います。

輪を広げつないでいくことが2014年のテーマだと書いていました。輪を広げたのだろうかというとよくわかりません。でも何か全てがまとまった感じがあります。2015年はおそらく新しくであうための1年になるだろうと私は考えています。また思想を言語化する訓練をすることでもう少し分かりやすく物事が伝えられるようになるかもしれません。

(分かりやすいことがよいことではないことも付記しておきます)
またひとつ前へ。

今後ともご指導ご鞭撻よろしくお願いいたします。



2014
◎企画運営を行ったもの
@BankART studio NYK。国際舞台芸術ミーティング(TPAM)にて2月に公演、その後Cafe Live というBankARTさんの企画によんでいただき再演させていただきました。箏の八木美知依さん、照明三浦あさ子さんとのコラボレーション。2月は大雪の中のパフォーマンスで3階の倉庫部分だったせいもあり黒静、10月は2階のギャラリースペースの公演だったため、「しず」の宮村さん衣装をオブジェのように用い白静としました。
私はこの作品の可能性を深く感じます。

「SaRa」

セッションにいれるべきか迷いますが、ベルリンTheatre Kinoで行った中沢レイ(ダンス)Hugues Vincent( チェロ)、上地正彦(バスクラリネット)と4人で行ったパフォーマンス。構成がかなりしっかりくまれており、その中での即興というかたちで、このメンバーであればこその内容だったと思います。
トゥールChapell Saint Anne(フランス)、パリAckenbush(フランス)でもパフォーマンスを行いました。

「Mobius」

本当はドイツ語表記。上にもあるようにHugues Vincentとのリハーサルを重ねつつでも最終的に即興に持っていくシリーズ、今年はパリBertin Poireeと茶会記で行いました。






◎セッション
「こえおんだぶ/声音打舞」
TIOでご一緒している蜂谷真紀(vo,voice)さんに誘っていただき、暴れてきました。吉野弘志(contrabass)岡部洋一(perc)@音や金時

「坂田明サロン」
忘年会で出会った勢いで坂田さんに呼ばれて茶会記で踊りました。同様に森重靖宗さん、稲垣弘子さん(ライブペイント)もご一緒に。あの狭い空間で4人、しかも稲垣さん壁一面に広げて描く。終了後はミジンコ話で大盛り上がり。

orbital link


中沢レイさんが考案したダンスと音楽のイベントをベルリンで開催、地元のアーティストとの出会いの場をつくりました。



「ダンスと音と飛茶瓶洞」
蜂谷真紀(voice.vocal)さん企画第2弾はフライングティーポットにて。北陽一郎(Trumpet)、菱沼尚生(tuba)さんもご一緒に。


「続 酔狂即狂」

櫻井一也さんがきになった音楽家を招いて行うセッション企画。新井陽子さん(ピアノ)、松本健一さん(サックス)こうけつ雅代さん(サックス)、森重靖宗さん(チェロ)、おちょこさん(ボイス)菊池びよさん(ダンス)@なってるハウス

「TIO」

Tokyo Improvisers Orchestraも今回はなんとPit inn.過去3回参加していますが、着々と成長しているような気がします。

「スタジオソノリテお祝いダンス」

これをなんと名付けていいのか分からないのですが、とりあえず、そうとしかいえない待ち合わせでした。中沢れいさん、木室陽一さんがご一緒。



◎ダンサーとして参加したもの
「ペンギンカフェ」
ペンギンカフェ(ペンギンカフェオーケストラは息子アーサーが後を継ぎ現在この名前で活動しています。)のコンサートにて山田せつ子さん振付のもと踊らせていただきました。ダンサー:小田直哉さん(大駱駝艦)、衣装・マスク:岩切明香さん
京都、東京、横須賀とミニツアーとなりました。

「牧野京子舞踊研究所発表会」

「危険な岸辺」「その日を摘め」を踊らせていただきました。

◎ワークショップ
この数年続いている大学、短大の授業の他以下のような活動も行っています。

「タカセの夢」
静岡舞台芸術センター(SPAC)の振付アシスタントワークも実は5年が経過。タカセくん世代が卒業ということで、来年はおそらく新しい作品にかわることになりました。
今年はふじのくにせかい演劇祭への参加の他、ニヤカムさんの故郷、カメルーンでも公演を行いました。ニヤカムさん不在のことも多く木野はリハーサルダイレクター的役割も果たしています。

「ゆるやかにのびやかなからだをつくる時間
  町田成瀬中央小学校で活動するP-地サークルさんと津にて開催しました。
 タイトルは違いますがコントーションを学ぶ皆さんへのワークショップなども開催しました。(意外にもゆるくはなくてびっくり!)


◎DVD「Dance Potlatch」発行

まとめた感はもしかするとこの作業のせいかもしれません。
10年分の抜粋編、実は全てがはいっているわけではないのですが、それでもこれまでの作品について考えさせられました。幸せなことです。






かみさまとは

かみさまとはなんだろうか、とながく思っていた。
私が踊っているときに導かれる気配だろうか。
いやそれは義経さんが(つまり役柄としての私の思念が)ひっぱったのではないか。
気配とともに踊りながら、考えていた影の存在をIchIで実際にダンサーさんに踊ってもらうことで明らかにしようとしたが、実在することで見えなくなってしまう。
仕方がないので再び一人で踊りながらこの気配を考えている。

銀河鉄道の夜でジョバンニはこんなことをいう。

「あなたのかみさまってどんなかみさまですか」青年はわらいながらいました。
「ぼくほんとうはよく知りません。けれどもそんなんでなしに、ほんとうのたった一人ひとりかみさまです」
「ほんとうのかみさまはもちろんたった一人ひとりです」
「ああ、そんなんでなしに、たったひとりのほんとうのほんとうのかみさまです」

ジョバンニは違う神さまだと感じていたようだが、賢治はすべての人にそれぞれのかみさまがいると思っていたのではないか。それぞれの生き方それぞれの祈り、それぞれの想いがあるので他者を否定する必要はない。
さらにそれはかみさまはほかにいるのではなくその人自身がかみさまであると思っていたのではないか。すべての人がすべての生命が、すべての物質がかみととらえること。かみさまは既にその人に内在している。
彼は仏教徒であったはずだが、言葉の節々にそんな思想がかいまみれる。だからこそすべての人が芸術に携わるべきと思い活動していたのではないか。またこのようなキリスト教を連想させるシーンが挿入されているのではないか。

かみさまという自我を超えた別存在を作り出すことで、社会が成り立ってきた歴史がある。これはこれで素晴らしい人類の智慧であると思う。キリスト教の歴史をたどると迫害を受けた時代、遠方へと手紙で伝導しようとした時代など時代をおって聖書の書き方、言葉の選び方が変わっているという。本来のキリストの意思や意図を超えてその使徒たちがつくりだしてきた文化であり文明。

その中には様々な軋轢があり分離独立も多々あり、今も一口でキリスト教といえないくらいの層の厚さと幅がある。そこから学ぶことは多い。



白静ビデオができました。

今回撮影してくださっていた中川泰伸さんより白静映像がとどきました、が、現在youtube
上で公開できず。
年明けすぐには皆さんにおみせできそうです。

黒静(たきしまひろよしさん撮影)と比べ、ドキュメンタリーの映像さんらしく表情のアップなどが増えています。たきしまさんの映像のほうが全体像はわかりやすいかもしれませんが、八木さんとの距離が近くなったためか掛け合いがかなりはっきりみえます。また冒頭何をしていたのかが分かります。実はあの歩きはものすごく重要だったのではないかと思っています。両方みた人はあの大雪の記憶があるせいか、黒静のインパクトが強いようですが、ぜひ両方見比べていただければと思います。

スタジオマキノの終了について

私が長らくお世話になっていた牧野先生が亡くなり、そのスタジオもこの12月でキッズガーデンさんに移行することになりました。
この年末が最後の稽古と大片付けで、しかし先日の発表会に合わせて米井さんなど様々な方がきていたせいかあまり人もおらずさみしい感じの最終回。
私が海外に行っている間にこの高津へと移転してきたので、ちょうど10年になるそう。(それまでは都立大学)大体毎週高津にやってきて、時間があれば高津図書館に立ち寄り、駅前のドトールによるなじみの場所だっただけに、今後こなくなるのかと思うと少しさみしいです。
ハンダさんはじめ皆さんと本当に大変だった事などをお話ききつつ、それでもいいときに逝くことができたのではないかといっています。
先生は独身だったこともあり札幌のご家族なども教室を見に来てくださったりもしました。たくさんの人が発表会だ、片付けだと動き回ってくれて、皆に見送られていくことができた先生は幸せだったのではないかと思いました。

先生にも宿題出されてしまったし、普段の身体づくりからちゃんと見直したいなと思い、家稽古は既にスタート。すっかり筋力が低下している感じなので、少しずつ立て直したいです。おそらくこれまでしてきたことは牧野先生の作品を踊るための稽古であり、そのための身体づくりだったので。

江口先生の死後、稽古場がなくなったように、基本的にモダンダンスは1振付家1思想。ピナのようにレパートリーがある場合は分かりませんが、それでも変質していくのは否めません。一番悪いイメージはグラハムさんのところでしょうか。
牧野先生の思想を受け継いで、それぞれが少しずつ近づき離れしながら新しく思想を作っていくのではないかと思います。

スタジオマキノ
http://www16.ocn.ne.jp/~k.makino/
従来の月曜木曜の夜の稽古と土曜午前はハンダイズミさんのクラスになります。私は過去ハンダ作品に何作品か出ています。バランスのよいバレエベースのコンテンポラリーのクラスです。ご興味のある方はぜひ。

ハイデルベルク信仰問答

巣鴨教会さんに関わり作品づくりをしていく過程で、聖書についての勉強会に参加することになった。かれこれ1年半。そのテキスト「ハイデルベルク信仰問答」がこの12月28日終了しました。

長かったです。
私の仕事の都合もあり、日曜日の礼拝になかなか伺えないので補講などもあり、なかなか大変でした。

ハイデルベルクというのはドイツの町の名前。キリスト教の中でもプロテスタント、しかもカルヴァン派と呼ばれる方々が聖書について学ぶ際に使っているテキストで、聖書の抜粋ともいえる文章とその文章の元になる聖書の箇所が示されており,それをひたすら音読していくというもの。
これをつくった人がすごいとまず思う。聖書の1文1文すべて網羅しているのか。
さらにここで基本は音読というスタイルもすごい。
大きく語らず、それぞれに悟らせるというのが基本の様子。(そういうところ仏教にも近い気がする。この分かりやすいテキストを用意しているあたりが既に違うともいえるけれど)
補講のときなどいろいろ質問し、それに答えてくれる牧師さんもすばらしい。

本当は洗礼前の求道者さん向けの講座だったらしいけれども、ごめんなさい、私はやっぱり洗礼をうけることはできませんと話しました。ゆるやかに教会さんとかかわっていければということになりました。このハイデルベルグにおける対話は本当にそのまま銀河鉄道のリンゴの青年とジョバンニの対話になるような気がして、いろいろ考えさせられました。

「からたちから」は再演しないの?と何人かの人にいわれました。ここで作りなおすとしたら、私はきっと神さまについて牧師さんとお話をするところから作るような気がしました。でもさすがにまだ私の勉強が間に合っておらず、今年は難しかったです。がんばって勉強したところで先に進まれてしまうので、結局間に合うということはないのかもしれません。幸か不幸か。

「からたち」と「からたちから」は円がひらいてとじるまでを示していて、私はかなり気に入っています。ここにすべてが既に見えているということが分かってきてそれもまたすごいと私は思う。この両方をみた人は実はあまり多くなく、それが少し残念。


コールシャンティ合唱団さんと野本先生

この2年か3年クリスマスの前日(23日)は巣鴨教会と茶会記忘年会のはしごとなっている。天皇誕生日のせいか、毎年この日で、毎年同じような時間帯なので。
コールシャンテイさんは「からたちから」の合唱を担当してくださった体育会系合唱団さん。巣鴨教会に所属しているわけではないけれど、長いこと練習場所として使用していて、その縁で毎年クリスマスのキャンドルサービスのときに合唱を披露してくれる。
団員はあまり多くない。でも長く続けている人が多く、また団結力は強い。

そのシャンティさんを指揮しているのが野本明裕さん。
70歳を超えるとは思えない若々しさで、時に冗談を飛ばしつつ、皆を引っ張る。
この合唱団の特徴としてトレーニングとしてストレッチ、縄跳び、腹筋などを取り入れており、それらも野本先生の解剖学に基づく合唱理論によって行われている。(ちなみに団員の皆さんの年齢も上は60歳代もかなりおり、その若さを保つ秘訣もこの運動部分にあるのではないかと推測している)
もう一つの特徴はトマス•ビクトリアの楽曲を扱っていること。
ビクトリアは合唱をする人は知っている、無伴奏 ポリフェニック合唱の作曲家。今年もまた新しい曲に挑戦中で、今回はキリエとアニュスデイをとのこと。(なので「からたちから」のときの曲ではない)野本先生は人数少ないからさーとはいってはいたけれど、このポリフェニックというのがすごくてお互いにお互いの出す音の倍音をききながら歌いハーモニーを作り上げていくというこのすごさ。
野本先生曰く
ビクトリアは神職を勤め上げたんだよ。世俗音楽一切書かなかったし。
マリア(皇太后)について教会を移り、そこで司祭として彼女を支え続けた。
ほれているけれど手を出せない(出さない)その葛藤から生まれる情熱の音楽。
だそうです。

確かに他の同時代の作家(パレストリーナ)等と比較すると感情がみえるというか、そういうところがあるような(私は専門家ではありませんが)。しかしそこでしたか、先生の着眼点は。

どう思う?とふられてさすがに答えが思い浮かばず。
しかし静だったら、そこに居て見守ることができる、それだけで十分幸せだというと思ったのでした。静の場合はいきているか死んでいるかも分からない状態で、そしておそらく死んでいるだろう予測はしながらも、自分は生き続けたわけで。過去の記憶の中に居る人との対話に比べれば、直接力になれるのにそれ以上何を求めるかと思うのではないか。

交わらなければ永久に平行をたどったままあるいていくことができるのかもしれない。

愛情のかたちはさまざまです。



コールシャンティさんは団員募集中。
かなり、本気で探しています。特に男性!http://shantey.net



初四国・初愛媛

パソコンが無事なおり、なんとかもどってきました。
ラッキーなことにデータもそのまま。助かります。
あの微妙に反応のおかしかったキーボードも作動するようになり、かなり助かります。

ここしばらくにあったことシリーズでまとめてかきあげます。

なんと四国愛媛にいってきました。
木室さん(三重であった踊るみかん農家)が原因ではなく、木室さんが愛媛に居るということを知るだいぶん前から大学時代の友人を訪ねることを決めていたのです。
(なお、さすがにこの友人とのつながりはなく、いつか愛媛仲間としてつながねばならぬと思いました)
からたち、からたちから、Pieceとソロ作品ばかりと思われているきの作品に密かに最多出場の彼女は故郷に戻り会社員をしているので、お休みが取れるときにということで連休を利用して、ジェットスターを利用して(おかげさまで大分安くいけるようになりました)いってきました。

何と初四国、初松山です。

彼女は札幌にすんでいたこともあるので(話せば長いが私がヨーロッパに行っている頃が札幌期間)、とてもよくしっており、今回は彼女のすむ土地をみにいくことにしました。

私は結構人と直接あって話さないといけない感じがしているくせに腰の重さでなかなか動けないので、かなりの思い切り。でもやっぱりあえてよかったなと思います。
今年は本当にたくさんのことがおき、ものすごく迷いのある日々でした。それらについてちょっとずつ話しはじめ、話しながら整理をしていきました。とにかく人と話さねばならなかったのだと思う。朝から晩までずっと話し続けるくらいの勢いで実際ずっと話し続けていたのですが(お互いに)松山観光もちゃっかり行い、道後温泉にもはいって(ついでに霧のパフォーマンスとかも楽しんで)満喫してきました。
なぜかみかんのオーナメントのクリスマスツリーとか(一応アートの一部らしく、みかんの皮のなかにLEDをしこんでちかちかするようになっている)。どこもかしこもぼっちゃんとか、なぜか鍋焼きうどんやさんがたくさんあることとか,すべての味付けが甘いらしい(甘い物好き)とか。松山、よかったです。

離れていても存在しているだけで感謝。
いつもありがとうー。


おそばせながらメリークリスマス。

2014年12月25日木曜日

津の熱い人たち

三重県津。
日本で一番短い名前の市とかそういうことで名を知られる地名。

たまたまだけれど友人が集まってきていて、お祝いダンスのために訪れた。
もともとは中沢さんに会うためだったのですが、ついでにこんな皆様にお会いしました。

●Theatre belleville
http://theatre-de-belleville.tumblr.com/
巣鴨教会パフォーマンスでお世話になった鳴海康平さん。第7劇場という劇場を率いていて、当時は北池袋に小劇場を持っていました。とても気さくなよい人ですが、その後フランスへ一回渡り(私と違って言葉もばっちり。優秀な方です)かえってきて、なんと津に劇場をつくりました。
津は車文化でどこへいくにも車で移動するそうで、津駅からおよそ30分ほどいったところにその劇場はあります。津エリアでは陶芸などの作家さんが多く住む地域だそうです。(私のワークショップのお客様できてくれた方はここのそばでカフェをひらいていたらしい。)
劇団ということでみんなで津に移住。
もともとあけぼの座さんという劇場が駅に近いエリアにあり(つまりれいさんのおうちから徒歩5分)、そこと連動しての活動を行い始めました。11月終わりには杮落としを。今は寒いのが難点ですが、少しずつ手を加えながら、自分たちの活動をする場を作るところからはじめる人たちです。
ダンスの場合音楽ほど気軽ではないものの移動が簡単だったり、少人数での活動が多いのですが、劇団は練習期間も長く(場合によってはセットなどもつくるし)劇場を借りていると採算がとれなくなってしまいます(ダンスも採算が取れない具合は同じかも。。。)そこをみこして、いいものをコンスタントにつくるための場所をつくるそこからスタート。
いつかここでお祝いダンスも踊らねばなりません。(倉庫なだけに静でしょうか)
鳴海さんの彼女さんもダンサーさん、というわけで今後津で何かがおこるかもしれません。
れいさんをここにつなげるのも今回の重要なお仕事だったのです。




●Kalas編集部
http://www.kalasbook.com/
津のれいさんスタジオから徒歩5分くらいのところに四天王寺というお寺があり、その中は文化エリアになっております。前述のあけぼの座さんがあるほか(残念ながらこの日はあいておらず)、文房具屋さん、雑貨屋さん、ギャラリーさんそして地域雑誌であるカラスさんの編集室もあります。
ギャラリーの方の紹介でお越しくださったお客さんはぶーけを作る人で(なんてよんだらいいのかわかりませんが)今度は中沢さんとの何かがみられそう。
カラスさんの最新号には中沢さんが。なので中沢さん、既に有名人。


ちなみに上のホンツヅキは津のカフェや雑貨屋さんなどのが本をご紹介。
下はKalasなんとカラスのしおりつき(スキャンのときにきえてしまいました)。よみごたえがあります。

津でがんばっている人結構多い。
保守的だとか、なかなか知られないとかいろいろ話してはいても、地元愛あふれる場所でした。やさしい。ありがとうございました。




中沢レイさん

ブログを書いている途中でそのまま眠ってしまったらしい。

津にいくことになったのはそもそもこの人に会うため。
昨年も洞窟即興でお世話になりました。
当時もリストラクティブのヨガスタジオ(静かに横たわったままのワーク。)

1児の母(しかもシングルマザー)でありながらカフェとスタジオを開いてしまったレイさん。すごいパワフルです。実はその上にすんでいて、泊めていただきました。こどものそばにいてあげたいというお母さんゆえの仕事の選択です。

スタジオはまだ始まったばかりで今ならクラスもプライベートに近い贅沢な感じでうけられるとのこと。津だから東京、札幌の人はいきづらいのですが。
ほかにもユーグだけではなく友人ダンサーのやすきちさんや奥田純子さんなど様々な人がおとづれていて、様々なワークショップがひらかれています。
今回愛媛の人と神奈川人が三重でであうとなったように関西と関東の中間みたいなところでもあるので、予想外の出会いを生み出す場になっていくのかもしれない。

スタジオやカフェの写真もとってきたのにパソコンが使えないので、写真などアップできず。でもれいさんは相変わらずとても元気、エネルギーをもらったのでした。ふうくんはちょっとダウン気味(インフルエンザ大丈夫かなあ)
たぶんここしばらくかなり精神的に疲れていたので、逃避したかったのだと思う。関東圏ではなく、静岡と三重と愛媛にいかないといけないというのがなかなかなさけない。



れいさんカフェ。うっかりヨガスタジオをとり忘れてしまいました。

木室陽一さん

木室陽一さん

今回何を思ったか突然やってきてくれた愛媛在住のダンサーさん。
もともとはハンダイズミ作品「ハコニワニハニワトリ」で競演したダンサーさん。
ケイタケイさんのところのダンサーさんを長く続けていて、私が最後にあった箱庭再演時は震災の影響を受けて九州(実家)と大阪を拠点に活動しているときいていた。

それがいつのまにか愛媛中島に。
ちょうど翌週愛媛松山(大学時代の友人が住んでいる)に行くことになっていたので大盛り上がり。
愛媛。
いいですよ(笑)
農音というNPO法人の協力をうけ、みかん栽培をはじめ、レモン、そして今年はお茶へと手を広げる踊るみかん農家。(お茶が取れるようになるには5年くらいかかるらしいが現在も島のお茶としてパッケージ販売をしている)
http://noon-nakajima.com/
毎週水曜には松山でバーをひらいたり。
自由な活動をなさっています。

ぶっちゃけ現状は採算が取れていない様子。
でも先輩農家にも恵まれ(ちゃんと採算が取れている方もいるし)もともと生活費があまりかからない分(周りの農家の皆さんがさまざまに助けてくださっている様子)もありなんとかなっている様子。
広島、ふくやま、岡山おすすめだそうです。
みかんは特に農家をやめる場合木を切らねばならない(いのししなどの害をさけるため)のと、段々畑なども多く休耕畑を紹介していただけることも多いのだそう。

さらにみかんなどは比較的手間がかからず収穫できるらしい(?)


思えば白州田中みんさんのところも農業だった。(熱烈におすすめされた)
身体を考え、生き方を考えたときに農業にいくというのはひとつの流れなのかもしれない。
今年は時にしおレモンがはやったこともあり、無(あるいは減)農薬、国産への意識も強まっている。これからが楽しみです。


今回選挙で九州に帰り(実家に住民票があるため)ついでに津まで。結構長旅。なにせ九州から。
でもあえてよかった。2年ぶり?3年ぶり?いずれにしても。


私はパフォーマンスの終わりがわかるというのを結構大事にしている。
音楽だろうとダンスだろうと、ここだという終わりがわかるかどうかはとても大きいと思う。
何回共演してもわからない人はわからないし、一回でもわかる人はわかる。
言葉や時間ではなく。
二人で並んで手をつないだ瞬間、わかってしまったことも多い。

これもまた運命。
また踊りましょう。







スタジオソノリテ パフォーマンス

ゆるのび企画とあわせて踊ることになってしまった夜企画。
12月15日(月)19時より
木野彩子ダンスパフォーマンス
特別ゲストダンサーあり!
1500円

となっている。

そもそも今回の来津(こういう言い方するのかは疑問)はれいさんがカフェとスタジオを開いたのを聞いていて、なかなか学校などがあり動けなかったけれど、ご挨拶お祝いダンスを踊らねばと作った企画。(ギャラはすべてソノリテさんに。大事なことはこういう場が広がっていくことと思っています)学校の都合などもあり(あと年末をさけようとした)、静岡ついでにしたこともあり(交通費は激減)、微妙に平日。
それでもお越しくださった皆様本当にありがとうございます。

なんと大雪静(2月)を見に来てくださった方、津では知られた古民家カフェのオーナーさん、実はヨガの先生などなどさまざまな方が集まりくださりました。
れいさんの提案もあり一風変わった感じになりましたが、きの作品もまたいつか見てください。

今回はれいさんがパフォーマンスに参加してくださっただけではなくいろいろあって愛媛にいるらしい木室陽一さん(ハンダイズミ作品ハコニワニハニワトリでご一緒した)がお越しくださりとんでもなく贅沢な会になってしまいました。
そういう出会いがあるのもまたお外企画ゆえ。

カフェの経営はまだまだ始まったばかりで大変そうですが、少しずつ津の輪が広がることを祈っています。

終演後みんなでお話。ちなみに真ん中にあるのは愛媛中島のみかんとレモンだそうです。

2014年12月24日水曜日

ゆるやかにのびやかなからだをつくる時間@津

「ゆるやかにのびやかなからだをつくる時間@津」
チラシ後日アップいたします。(スキャンもつかえません)
2014年12月15日10:40-
スタジオソノリテ(中沢レイさん主宰の津のヨガスタジオ)
http://studiosonorite.blog.fc2.com/blog-entry-15.html
アルテリオ(川崎市アートセンター)ではじまった「ゆるのび」の基本コンセプトのうちおかあさんは身体をのばし、こどももその周辺で遊びながら過ごすが中沢さんのご協力により実現しました。元祖町田成瀬よりは金額があがってしまいますが(2000円)気持ちよくのびにきていただければ幸いです。
おそらくこの平日昼のひとときの過ごし方で1日が大分かわると思うのです。中沢さん自身もヨガ指導者なので、いろいろお話を聞きつつ、このシリーズの可能性を考えてみようと思います。





平日昼間、しかも津という条件ではありましたが、とても興味深いお客様に来ていただき、身体について様々なお話をしながら展開しました。しかも大幅延長、そのあとカフェに流れてさらにはなす(夜は踊ったのですが、その時のお客様はそのままきてくださった)。
普段あまり気にかけていなかったのですが、私はすごく人に飢えていたのかもしれません。これについてはまたパフォーマンスのほうで。

ゆるのびのワークは基本的に
2人組のマッサージ
1人で行うストレッチ
その場所で動けるような簡単なダンス的動き(1人で)
相手がいることによって動きの幅がひろがるもの(2人あるいは集団で動く)
かるいクールダウン
で構成されており、これはそのまま

日常のコリを強制的にほぐす(ゆるめる)
でも一人でも継続できるような簡単なストレッチの方法を教える(のばす)
表現の前段階的遊びから生まれた動き(ほぐし)
そとへとひらく(人にふれあう)
からだについての質問などをうける

となっていて、私はうまく構成されているように思っています。(手前味噌ですが)
面白いことに子供の場合は日常のコリがないためマッサージ時間を短くしたりしますが、ほぼ同じ内容で展開できるのもミソです。

ただこれらはあくまで短期ワークショップの形態で長期的に行っていく場合はある種の技術の習得とかがないと飽きてしまうのかもしれません。つまり短期でやっているうちに自分で覚えてお家で展開していくのが理想です。
ストレッチ、マッサージともに覚えるまでには2,3回か行わないと難しいとは思いますが、ご興味のある方、場所あれば出張いつでもいたします。



スタジオマキノ発表会

ここしばらくパソコンが使えないこともあり書ききれないでいるが、あまりにもたくさんのことがおきている。
なので少しずつまとめていきます。

スタジオマキノ発表会
時間等全く決まっておりませんが、牧野京子作品過去作品を上演します。
牧野京子舞踊研究所(という名前だったようです)最後の発表会となります。
http://www16.ocn.ne.jp/~k.makino/index.html


第33回スタジオマキノ発表会
2014年12月13日(土)開場15:50 開演16:30
川崎市市民プラザふるさと劇場
http://www.kawasaki-shiminplaza.jp


私には数多くの先生がおり、札幌時代の先生から大学時代の先生、フランスの先生、演劇、狂言、整体さまざまなジャンルにわたっているが、おそらく師匠というとしたらこの人のことをあげねばならない。

とても美しいダンサーであったし、優れた振付家であったと思う。
私がかかわったのは大学に入ってからのころで、リサイタルなどをとっくに開かなくなっており、2年に1度くらい現代舞踊展に10分くらいの作品をだすだけになっていたが、それでもほかの作品と全く異なる独自の視点をもっていたし、私はそこから多くのことを学んだと思う。
今回彼女の過去作品を踊ることになり(ただし私が踊ったのは「危険な岸辺」「その日を摘め」の2作品)、あらためて見返してみて彼女の作品の面白さを思う。ダンサーの力量が足らず申し訳ないと心から思う。

ながらく踊り続けているが、私はほめられたことがない。
最後にお会いした日もおこられたくらいだ。
ずっと禅問答のような問いかけが続いている。
そして多分これからもつづく。

私の踊りは青い空になるのだろうか。
つきぬけるような青い空。



ちょうど昨日「からたちから」でお世話になったコールシャンティさんの合唱をきく。先生になかなかほめられなくて(ただしたまに褒められるとみんな動揺しちゃう、、、)という団員さんの声に、野本さん(指揮者)は、「合唱は哲学なんだよ、プレジャーじゃないんだ、カルチャーだから。ほめたらそこで終わってしまう。その先を常にめざさないといけないんだ」とはなす。長い年月をかけて育ててきた団員たち。だから言える。
でも一方でそれがわかる人ばかりではないしわからない人のほうがはるかに多い。
昔ながらの徒弟制度のような考え方は減りつつあるけれど、本当は言葉をこえて伝わっていくものがたくさんあり、それは短期的なワークショップなどでは決してえることが出来ない。
私にとって何のために踊るのかは大きな宿題である。



 


2014年12月19日金曜日

閉所空間のコンセプチュアルダンス

横浜赤煉瓦倉庫で開催されているダンスコレクションは来年20周年を迎える。
記念誌になにかかいてということで文章を書くのが苦手な私が珍しく文章をかいた。
字数制限があり、かなりはしょっていてわかりづらい。正直倍の文字数で書きなおしたい。が、とりあえずのっけてみる。
「閉所空間のコンセプチュアルダンス」
なぜかお題がこうなっていた。
私の今の作品みて、あえてそういっているのだろうか?と思いつつ、、、。



振付とは身体の状態を規定する運動を作ることとすると、環境を制限し「せざるをえない」身体を作ることも振付といえるのではないか。縛られるからこそ表現は生まれる。Edgeも箱女もそのようにして生まれた。
私は狭い所で踊る人と思われているらしい。狭い所で踊れば踊るほど私の踊りには青い空が見えるという。その逆説こそが私の特性ではないかと最近思う。コンセプトはねらって作るものではなく、後から見えてきてしまうものだ。作家の意図を超えるものを作るために、私はそのときの私をそのまま出すだけである。
劇場もまた一つの箱にすぎない。すべての人に等しく与えられたその空間で、とある人生を見せようと作家たちは格闘している。
忘れがちなのが観客もまた箱の中にいるということ。その人生を自分の経験を通じて共感していくが、あくまで自分の価値観でしかない。箱から出ても箱。
「ここもけっきょくは閉ざされた空間の一部であることに変わりはなさそうだ。」(安部公房「箱男」)

箱の中も外もどこにいても変わらないと最近思う。




追記
タイトルに閉所空間のお題がはいらないそうで急遽少し書き直しました。
このままでは狭いところの人と思われてしまうので。


振付が身体の状態を規定する運動を作るのならば、環境を制限し「せざるをえない」身体を作ることも振付といえるのではないか。縛られるからこそ表現は生まれる。Edgeも箱女もそのようにして生まれた。

私は狭い所で踊る人と思われるらしく今回閉所空間のコンセプチュアルダンスについてというテーマを与えられた。狭い所で踊れば踊るほど私の踊りには青い空が見えるという。その逆説こそが私の特性ではないか。コンセプトはねらって作るものではなく、後から見えてきてしまうものだ。作家の意図を超えるものを作るために、私はそのときの私をそのまま出すだけである。

劇場空間とはすべての人に等しく与えられた箱であり、その中で作家達は「表現」しようと格闘している。しかし観客は既に箱の中に巻き込まれていて、しかもそれぞれの価値観で見ていることを忘れがちだ。箱から出ても箱。

「ここもけっきょくは閉ざされた空間の一部であることに変わりはなさそうだ。」(安部公房「箱男」)

劇場も、世界も、また一つの箱にすぎない。


2014年12月18日木曜日

パソコンをこわしてしまいました

何度目になるかわかりませんがパソコンを壊してしまいました。
ただいま修理中。
そのためこの数日にあったいろんな出来事がブログにアップできません。
そもそも発表会、静岡、三重、静岡、このあと松山。
ちょっと怒涛になっていてしかも企画書がまとまらず、今は学校のパソコンのお世話になっています。まとめて一気に書きます。

でもとてもよき出会いのある日々でした。
ここしばらくはあまえさせていただいています。
ありがとうございますです。

2014年12月9日火曜日

限界芸術論

限界芸術論 鶴見俊輔

大学に戻ってよかったなと思うことの1番はダンスを踊っていることは必ずしも悪いことではないと思えたこと。それと同じくらい「限界芸術論」という本に出会うことができたのは嬉しいこと。
私の修論ではイギリスのコミュニティダンスについて書こうと思っていたが、なんとこの人は1960年代にそれを柳田国男、柳宗悦、宮沢賢治を元に書いている。柳田国男と宮沢賢治というだけで私がここ数年引っかかっていたものがつながる。
宮沢賢治については今SPACが取り組んでいるので多くを語らず。しかしポトラッチ(DVD)をつくってここ数年の活動はすべて銀河鉄道から生まれ、銀河鉄道へつながっているということを実感したため、いつか私はつくるに違いないとおもっている。
様々な宮沢作品にふれてくれていて非常に分かりやすい。
以下の文章は賢治の農民芸術概論にある。青空文庫にあるので興味のある人はどうぞ。


職業芸術家は一度亡びねばならぬ
誰人もみな芸術家たる感受をなせ
個性の優れる方面に於て各々止むなき表現をなせ
然もめいめいそのときどきの芸術家である
創作自ら湧き起り止むなきときは行為は自づと集中される
そのとき恐らく人々はその生活を保証するだらう
創作止めば彼はふたたび土に起つ
ここには多くの解放された天才がある
個性の異る幾億の天才も併び立つべく斯て地面も天となる




すべての人はきらめく星である。
舞踊とはすべての人における本能であり、その人の人生が出てくるものでもある。だからこそ職業舞踊家ではあらわせない個性が生まれる可能性がある。

先日コミュニティダンスについて発表をしたらイベント論の先生に「そのモデルはもしかしたら2次元では表せないものなのかもしれないよ、4次元とか5次元とか」とコメントされた。まさかそれは幻想第4次のことでしょうか。
すべてのことはつながっている。

なお、今没頭中なのはニーチェさんです。
これもまた衝撃のリンク具合。

2014年12月1日月曜日

コントーション

コントーションを学んでいる皆さんにダンス基礎編ワークショップを行いました。
2014.11.16/30
コントーション(サーカスの軟体系曲芸)を学んでいる方々にむけてのワークショップ
18:00-20:00。新宿THスタジオ。


そもそもコントーションとはサーカスなどで目にする軟体芸で、おなかつけて寝ているところからぐぐっと足を持ち上げ、顔の前に足がくるみたいな技で、なぜかモンゴルではとても盛んだそうです。ここで普段教えている長屋さんはモンゴルでコントーションに出会い「なんだこれは!!」と学んできたそう。
詳しくは
https://www.facebook.com/contortionjapanをみましょう。
特訓の成果がみることができます。

この練習も少し見学させていただきましたがかなりきついです。ちなみに本場はもっとハードだそう。。。
軟体芸ということからぐにゃぐにゃな身体をイメージすると思うのですが、実はかなり筋トレ要素が高く、全身筋肉痛になるそう。おそらく本来あるべきではないところにある身体を筋肉で支えなければならなくなるから。
なのでコントーションを終った後なのに、身体をほぐすマッサージからスタートです。

コンテンポラリーの基本であるまっすぐ、
バレエの基本であるまっすぐ、
それぞれにあわせての横や後ろの感覚などを説明しつつ、やってみつつ、みせつつ進みます。
が、なにぶんコントーションのことはわからないので、このラインに足をのせてコントーションをすると危険とかがあるのではないかとハラハラドキドキしながらいろいろ質問しながらお話しました。
クラシックバレエの昔の写真などをみれば分かるのですが(これはフィギュアや新体操にもいえます)体型が明らかにある時期からかわっていて、それまでのぽっちゃりあるいはムキっとしたかんじがなくなり、すらりと細い人がでてきます。これは確実に脚のあげ方がかわったからで、筋肉を使わないであげることができるようになったから。細く真ん中に集めてしまうことで無駄のない動きをめざす、その結果技術レベルも飛躍的に向上しています。
細ければよいということではなく、筋肉を痛めつけずにできるところがあるということで、これを参考にするのはとても重要なポイントではないかと思われました。

コンテンポラリーの場合はその人の個性が見えることの方が大事なので、体型を「理想」に近づけていく行為自体意味がない(好きな振付家の好みに合わせたいみたいなのがあるにしても)なのですが、クラシックバレエベースの演目は動きの特性上細く、長く、より大きくとなるのですね。(リフトとかもありますしね)

コントーションの場合も物、人の上にのるなどの将来性を考えるとある程度細身の方がよいだろうと予想されます。

またコントーションは特殊に背中をカーブさせているため前屈はどうなのかという問題がでていました。(これはタカセのこどもからの疑問)急激におったところから戻すなどのことをしなければまず問題はなさそうです。が、一回おってしまうと腰を戻すことが必要となるため、コントーション型ではないそり方もマスターした方がダンスとしては踊りやすいだろうと予想されました。
そるという動きは大きな空をイメージさせるとても美しい動きです。足からいかにつなぐかが見えていればそる大きさは実はあまり関係なかったりします。そのかんじ。
今回は動きを冷静に分析しながら、進めていきましたが、ダンスを専門とする身として教えるとして最も大切なことはイメージをいかに動きとつなぐかではないかと思います。おそらく技術的なことであればこのような短期のワークショップで数回行った後、できればクラシックバレエそのもののクラスをうけてもらうのがよいのではないか(俗にいう身体トレーニングとしてもバーレッスンは結構便利です)と思うのですが。

未知なる身体の可能性をかいまみました。
また近々行うみたいです。ご興味のある方はぜひ。



2014年11月23日日曜日

ダンスを教えるということ⑩ コンテンポラリーダンスを教えるということに対する疑問

学校教育におけるダンスの評価について⑨で書いた。
ダンスに評価はそぐわないと私は考えるが、アゴン(競争)を求める人は多くいる。
世の中のコンペティション、コンクールはそれゆえにあり、そしてなくならない。

おそらく前にも書いたとおりそれらをとることで得られたものは大きい。(All Japan dance festivalも横浜ソロデュオも)ただ世界では競争ではないかたちにシフトしていく傾向があるのは事実だ。バニョレしかり。アシュフォードの行っているアエロウェーブもまた20作品を選ぶ(パートナーであるディレクターたちと会議を行い決定する)ことはするがその後は各ディレクターの判断で招聘を行っていくだけで、作品に順位をつけたりはしない。(なお、今年は560の応募があったのだとか。それを全部みているのだから恐ろしいことだ)

美とは一つではない。
それぞれがそれぞれに突き抜けていけばよい。
ただそれだけのこと。

芸術系スポーツであるフィギュアや新体操、シンクロなどは順位をつける。その順位をつける基準が分かる必要性があり様々な技術1つ1つに点数をきめ、俗にいう主観の入る要素を減らしている。(それでも全く主観がなくなるわけではないし、毎年なぜあれが高得点?(あるいは低得点?)などの論議はおきてしまう)
ただここの人たちには確実に“これが美しいだろう”と考える理想がある。
少なくともその”理想”があると信じている。

クラシックバレエでも技術の部分は明確に分かりやすい。
回転は1回転よりも2回転できる人の方がよい、5回転できればもっとよい。
トゥシューズで踊れる方がよい(でもこれには賛否両論があってこの前話したカメラマンの友人はあの足は一体なんなの!!といいはったりしている)。
その技術を成り立たせるための身体の使い形があり、それが美しいと捉えられている。
だから皆日々努力する。

コンテンポラリーというジャンルになってしまったときにそのような理想が崩壊した上で何をしていくかというのはかなり難しい。
ラッセルさんも牧野先生もニヤカムさんも基本のバレエの形を利用してそれを崩しているだけで完全崩壊はしていないからまだ分かりやすい。ただコンテンポラリーダンス教えてくださいといわれたときに何を教えるかというのは結構難しい。
決まった動き方はないし、最低限の身体のコントロール方法とケガをしないための最小限の知識は伝えたいと思うが、一緒に動きながら考えましょうかということくらいだろうか。
ちなみにラッセルのベースになっていたのはヨガ、カポエラ、太極拳、コンタクトインプロビゼーションと話していた。そう、こういう時にコンテンポラリーダンスという言葉は出てこない。またロンドンダンスのベースになるカニングハムテクニックもでてこない。
ニヤカムさんはアフリカンダンスイメージが強力だけれど、実はカメルーン国立舞踊団のダンサーだったこともあり元のベースにバレエがはいっている。だからアフリカンのステップを踏んでいるところ以外はバレエ経験者は動きを覚えやすい。彼自身がいたドミニクエルヴェ仕事によりヒップホップが混ざることもある。
つまりなんだかいろんなものが混ざった状態でしかない。


もしもコンクールやコンペティションで勝てるように指導してほしいという場合、私は教えることができない。
もしもコンテンポラリーダンス教えてくださいといわれても教えることはできない。
なぜならば”理想”というものがそこにはないから教えようもない。


ただ身体について一緒に考えましょうということはできる。
(そうなってきたときにお金をとってというシステムがそぐわず、仕事になっていかないという状態。)





ダンスを教えるということ⑨ ダンスは評価することができるのだろうか

現在私は筑波大学夜間大学院人間総合科学研究科スポーツ健康システムマネージメント専攻スポーツプロモーションコースなる所にかよう学生でもある。
なんだか長い名前でよくわからないが、簡単にいうとダンスも学校教育の中では体育の枠に入るため、体育の枠でダンスをみてみながら、スポーツのシステムを学ぶのがいいのではないかと思って入ってみたということだ。一応元(今も)教員だし。
多くの人に、気がおかしくなったかと心配されたが、母校の先生方にもいろいろ話したりした結果でもある。

ここにきて最も良かったと思うことは、私が踊っていることは悪いことではないということがわかったこと。踊りでいきていくことは不可能ではないし、またプロフェッション(職業)として成り立たせる方法を考え出せるのではないか、ということを学んだこと。

ただそれと同時に他のスポーツ種目と比較してダンスは違うということを多く学んでいる。正直並列して考えてはいけない。
この違いについて述べたいと思う。

体育は実は三つに分類できる。
①身体を作るための運動=体操
②スポーツ
③ダンス

ロジェカイヨワの遊びと人間(学部時代の必読書の一つです)のなかにある分類によれば人間の遊びは4種にわけることができ①アゴン(競争)②アレア(運)③ミミクリ(模倣)④イリンクス(目眩)という。
このうちスポーツはアゴンを中心としていてダンスはミミクリからくるという。(私は個人的にイリンクス要素も強いと考える)
ちなみに今スポーツ庁の設置などが議論されていて、体育がスポーツになるかも??なんていう話しもあるが、もしそうなった場合はダンスはそこにはふくまれない。微妙。
そもそも目標も楽しみの要素も全く異なるものだということを知っておいた方が良い。

スポーツはルールを共有することにより、グローバルに人のつながりを作ることができる人間が作り出した文明の一つのかたちである。成熟社会となった今余暇をいかに過ごしていくかというのは重要なポイントであり、スポーツを通じた国際交流、社会のネットワークづくりなど考えられることは多くある。さらに健康維持などのメリットも大きい(医療費削減などは現実的に投資効果をみれる)。
ただあくまで競争である。
高度化(言い方を変えれば暴走化)しすぎる恐れがあることは否めず、それは嘉納治五郎の時代から疑問視されていた。「現代スポーツは嘉納治五郎から何を学ぶのか」によれば、嘉納が現在の柔道を元に制作した精力善用国民体育(攻防式)の構想段階には表現式もあったが出版、公表されることはなかった。(柔道の形のうち五の形の後半三つが近いらしい)彼の考えた表現式というのはどのようなものであったか。
「四肢、頚、胴の運動によって思想、感情,天地間の物の運動を表現する体育」


ダンスには勝ち負けはない。
こんな人もある、こういうこともある、そういう様々な多様性を知り、受け入れていく(あるいは議論していく)だけのことだ。ただ多様性を受け入れていくためにはそれを感じ取れるだけの感性が必要で,それを育てていくことがダンスの重要なポイントでもある。多様性を際立たせていくためにそれぞれのオリジナリティを模索していくことも必要だろう。自己を知るため、他者を知るための作業。
作品を制作していくための作業、それ自体がコミュニケーションである。
表現に正解はない。
優劣もない。
違いはあっても、それは差異でしかなく、お互いに理解する気持ちがあるかどうかだ。

私は英語を話せないままヨーロッパに渡ってしまい、それでもいきていくことができてしまった。そこで学んだのはお互いに理解する気持ちがあるかどうかでしかなく、言葉がわかるわからないはそれほど大きな問題ではない。相手を受け入れようとする姿勢がつくれるかどうか。それがダンスの可能性でもある。
言語の問題だけではない、障がいを持つ人、環境が異なる人、様々な人とつながること。ルールも乗り越えてしまう可能性がある。身体を動かすということは同じだが、目指すところはスポーツと全く異なっている。
イギリスでコミュニティダンスがものすごい勢いで広まったのは財団(foundation for community dance)の力も大きいが、ダンスのそのような可能性が移民が急増するイギリスの社会問題にぴたりとマッチし、creative partnershipなど教育現場に大きく取り入れられたことが影響している。

Creative
創造力
のためのダンス。
そう考えると私はダンスを評価することはできないと感じている。

元々学校教員だった頃から授業の評価をつけるのに苦労していた。とても悩んでもいた。
そのときの直感はここで戻ってくる。


学校というシステムは指導する側と指導を受ける側に分かれてしまう。
一つの技術を伝える際にはその方が効率的だ。スポーツの場合は指導者(監督など)と選手がそこに置き換わるわけで分かりやすい。
100M走はいかに速く走れるようになるかを追求するし、ボールを遠くへ投げるにはどうしたらいいかと学ぶ。
ダンスでもエアロビクスのようなものや、技術を学ぶタイプのもの(ヒップホップなどでも振付を教授されるタイプ、よさこいソーランなどもそれに相当する)はこちらの方が適している。クラシックバレエも実際の授業で行うのは難しいが一つの理想があるだけに評価は難しくない。

ただ創作ダンス、コンテンポラリーダンスと呼ばれるジャンルは単純に置き換えることも評価することもできない。正しいはないからだ。むしろ評価があるということで自由な発想や発言を制限させてしまうことになるだろう。
コミュニティダンスやワークショップ業界(?)では指導ではなくファシリテートという言い方を用いる。参加者と同じ視点で発言などをしやすい環境を設定するという意味の言葉だが現在のところ日本語訳はない。
学校の中で学校教員はやはり特別な立場になってしまうため、ダンスの授業だけ変化することは難しい。そのため外部者が介入することが重要なのではないかと私は考えている。どんなことをいっても、どんなことをやってもよいという環境を作り出すことが外部者(アーティスト派遣の場合はアーティスト)の仕事である。
学校教員はその時離れてみていることもできるが、一緒に子どもたちと同じ目線で参加することもできる。そうして少し普段と違う側面をみせることができたら素敵だ。

中学校1、2年時の必修となって多くの学校で導入されたダンスの時間。そのうち創作を行う時間はそれほど多くない。(学校によって時間数の設定が大分異なる)その時間評価という視点を外すことで見えることは大きいと私は思う。


おまけ
なお、私が渡欧前に勤めていた学校ではダンス系科目だけで通年授業があったため(私立、国立)ダンス系だけでも評価をつける必要はあった。ラジオ体操やエアロビクスのようなものも含めているためそれらの実技試験及びグループワークでの参加具合、レポート提出などを元に評価をだしていた。)


おまけ②
実はヘルス領域の先生方からは、ダンスが、ダンスがといわれ続けている。特別講義で別々に来た5人の先生が皆ダンスがといったのには驚いた。社交ダンスであったり、ストレッチであったり、様々ではあるけれど高齢になっても続けられる運動、しかも楽しいという意味でダンスに興味を持つ研究者は多い。







2014年11月12日水曜日

白静

白静を追体験する。

今回2日目の公演はかなりクリアに本来想定されていた流れをたどりながら”再発見”していった会であった。つまりほぼ正確にそのときの感覚を再現できる。
それは史実に則ったものではないかもしれないが、おそらく近い。
妄想にしてはあまりにクリア。

昨日かえしながら涙が止まらなくなる。

◎3周円をあるく、止まる
歩き、止まり、そしてはしり、窓の外を見る。窓は覆われていて外を見ることはできない。閉じ込められた空間。気配を感じる。しかし何もないこと。待ってみること、しかし何もこないこと。
上着を脱ぎ、靴をぬぎ横たわる

◎しじまより
深い深い眠りよりさめる。何百年さかのぼったのであろうか。すっかり私の身体は固くなり、こわばっている。足首、膝、一つ一つの関節をほぐしていく。
あなたは誰?
振り返りみる。

◎気配とともに
IchIの唯一の振付より
気配を感じる。ふれようとしても消えてしまう。そして見えない。
この気配はどこから、手を伸ばす。しかし届くことはない。
その指は水へと導かれていく

◎若宮さま
手を清め、お祈りをする。実際に巫女舞の動きを行う。
静かにしかし丁寧に。
ゆっくりと土を踏みしめ、祈る。
その後崩れ落ちてしまう。

◎突き抜けるようなあおい空
静かに横たわる。
水がほおに落ちる。(実際右頬にうけた)
目を覚ますとそこには突き抜けるようなあおい空が広がっていた。
「あぁ、あおい」とつぶやく
大事なもの(インドネシアのクルミのからでつくった楽器を使用)を抱え込む。こどもとして抱きかかえる。

ゆっくりとおきあがって気がつく。
手も足も真っ黒になことに。
いくら拭おうと、血は広がるばかり。
幾万もの虫たちを踏みしめ、私はいきているということ。既に私の手足は汚れているということ。
私には祈る資格等ないということ。
それでもおきなければならない。

おそらく既に彼はいない。
二度とこの世で会うことはない。
この歴史の大きな流れの中で私の記憶が失われれば彼の存在はすべて消えてしまう。私の知る真実を消すわけにはいかない。
生きのびねばとふらふらと立ち上がる。

◎水晶の夢
(この歌の歌詞は八木さんが制作してくれたものです。日本舞踊と同じように歌詞にのっとって振付をしました。俗にいうあてぶりです)
彼の気配を探し求めどれだけ動き回ろうと、気がつけばここにいる。
美しく白い彼の衣、その裾は長くそれをまとえばどのようなことになるか分かっている。
それでも能井筒のようにまとわずにはいられない。
右手は海、左手は山、すべてを司りそして再び舞う。
土を踏み、そして走り、たどり着けないことが分かると、自ら白い布を巻き取っていく。(巻き込まれたり引っ張られたりするのではない。彼女の意思で)彼への想いなのか、世に対する怒りなのか、自らそのなかに入っていく。
足下はどんどん動けなくなり立ち上がれなくなり、その白い布の中に呑み込まれ、海へと消えていく。

◎夢の後
これらはすべて夢の後。
八木さんの音楽がみせた夢のまた夢。

なかなかダメージが大きく、一回追体験してしまうとしばらくできない感じ。
なお、静の最期は分かっておらず、入水したかどうかは不明(私はしなかっただろうと思っています)。

2014年11月8日土曜日

藝といふものは実と嘘との皮膜の間にあるもの也。

「藝といふものは実と嘘との皮膜の間にあるもの也。」近松門左衛門 現実か虚実かが大事なのではなくその合間、どちらかよくわからないところをみる。 私の作品はノンフィクション色の強いものも多く(特に帰国後の作品は基本的に実体験に基づいている)、静等は非常に誤解を受ける。静だけではなく、これまでもそういう風に思われることが多く誤解のせいで変なお誘いをうけることが多い。一歩間違えるとセクハラだが、お客様だったりもするし、笑顔でかわす。そういう意味で本当にホステスとかに近いのだと思う。静御前の職業白拍子が徐々に娼婦化していくようなものだと思う。 実際には実ばかりではなく(特に静は静御前だ)虚の部分があり、演出として実の部分を削ったり付加している部分もある。 うちの同級生たちにDVDをみせるべきか迷っていて、エロさみたいなものは少なくしているけれども露出度も高いし、これをみて生活の上で離れてかれても困るなあと思ったりしていた。実際、これまで私の作品を見た人は2つに分かれ、すごい気に入ってくれる人とすごい嫌う人がいる。嫌う人は少数だけれど大抵ものすごい呪詛の言葉を発していく。また気に入った人のなかにも病んでいく人が多く、それも心苦しい。 普通、ダンサーだとみてみて!となるのだろうけれど、と思ってきた。 「完全な誤解の方が知られないよりはいいと思う」とは溝端さんの言葉。

2014年11月7日金曜日

DVDについて

DVD について補足

BankART、木野、キノコチケットにて超低価格500円にて発売中。複雑な心境。安すぎる、私の10年。。。
しかしながら木野からお買い上げいただくと踊るキノコ基金となり、大事に使います。どうぞよろしくお願いいたします。

①静見れないじゃん!という声。
今回改訂再演にあわせてださねばならない都合もあり今回バージョンの静DVDも作っていただいています。こちらについては別途お問い合わせください。
静ファンは結構多くいます。嬉しいかぎりです。

②顔写真ってどうなの?という声
衝撃的な(!)デザインですが、これは私ではなく溝端さん・北風さん(BankART)によるもの。ここにいきつくまでのかなりの話し合いがあり、私もたくさん写真を撮ったりしました。更に付け加えると骨の絵を書いたり、文字を書いたりかなりの模索もあり最終的にここに落ち着きました。(この写真は内藤久義さんのもので、履歴書用(笑)にとったものだったりします)本人としては顔を普段かくして暮らしている分だけぜったいやだと思ったのですが、、、評判はよく、何年かごとにシリーズ化して並べればとかいわれたりもします。


③あの作品が入っていないのはなぜ?
木野初期作品には「箱女」などインパクトある作品があります(個人的にはすごく好き)が、実はデータが残っていなかったり、VHSだったり(画質が悪くなってしまう)様々な事情でのせきれていません。関係者の皆様ごめんなさい。


④DVDをネット販売しないのですか?という問合せ
500円という安さがネックになり、送料もかかるしどうしたものかと思っています。いい方法を考えます。いましばらくお待ちください。

2014年11月3日月曜日

dance and music について

Dance and Musicはここ数年模索しているダンスと音楽の作品づくり。
かれこれ10年来の知り合い(親友というべき?)Hugues Vincentとああだこうだと作品づくりをはじめて、しかしいっこうに劇場作品になる気配はない。というのもHuguesにとっては別に作品化は大事ではなく一緒に何かやっている過程がすきで、彩子がつくりたいなら協力するけど時間も場所もないしねということ。正しくは場所はある。稽古も発表も。ただHuguesいないから。

ともあれ、即興と作曲(振付)の間は非常に難しく、練習を重ねればどんどん新鮮みをなくしてしまう。しかし練習あるいは戦いなくしては新しい次元へは到達できない。
今日のパフォーマンスも見た人は気がつく気がつかないいろいろあるかもしれないが、実は多くのトライアルをベースにしている。
札幌資料館・滝川自然美術館dance and musicパフォーマンス(札幌は上地正彦、中沢レイ、滝川はさらに高橋ちひろ)
昨年のHuguesとの茶会記パフォーマンス
ベルリンのSara(上地正彦、中沢レイとのカルテット)
トゥールのパフォーマンス(中沢レイとあわせてのトリオ)
パリベルタンポワレ”Mobius"

今回見た人は決まっているのかとおもったと話したが完全即興。ストラクチャーもない。(冒頭だけきまっている)が練習の中で話していたことの多くは取り入れている。一シーン、横たわる私にたっているユーグのシークエンス(見た目的にエロ要素倍増なのでカットしてよかったと私は思う)だけ微妙にしそびれた感がある。

終了後作品とは何かという話しになり
Huguesはもっとコンポジションを重ねることだと思っているらしい。
大事なことはきちんと場所を選んでまとめていくことではないかと私は感じていて、裏静というべきこの作品(まさかこんなにリンクするとは思わず衝撃を受けた)なだけにちゃんとみせるべきだったと思ったりもする。

売り出すべき宣伝材料もなし。
なにぶん暗すぎて映像とれなかったという。しかも途中できれている。

すべては記憶の中に。

次いつするのか、正直未定です。。。



なぜあなたはおどるのですか?

これは少し前の巣鴨教会牧師さんとの対話。
からたち、からたちからのあと、元々音楽家の牧師さんのご好意もあり、1階のスペースをおかりして時々練習をしている。(静の協力に巣鴨教会がのっているのはそのため)
牧師さんは自身もオルガン奏者(実はイギリスで賞を受賞していたりする)なこともあり、タイミングが合えば作品を見に来てくれるようになった。

なぜあなたはおどるのですか?ときかれて上手く答えられたかは疑問で、その後も考えている。
長いこと私はおどりなさい、といわれてきた。
あなたの踊りには何かあるから
とにかく続けなさいと。

ラッセルさんにいわれたのは、僕たちはただ君がおどり続けれることを助けたいんだと。君が笑ってくれればそれでよいと。(そのかわりカーテンコールで笑わねばならないというのもラッセルの教え。どんなに失敗があったとしてもそれらを含めよい経験であり、舞台にいることの喜びを観客に伝えなければいけない)
今年の春ヨーロッパをまわったときにも3カ所すべてで、あなた続けなさいと続けなきゃだめよといわれ、なぜ私が止めようとしているのか知っているのだろう?と思うくらいいわれ続けました。
いきててよかったという言葉はどれだけ響いたことかわかりません。
何が見えるかわからないけれど、何かあると思うといわれながら、
でも決して器用ではなく、既存の振付には対応できず、それでもいままでつづけてこれたのはなぜか。

技術はないかもしれない、でも様々な人の念をうけついできた。私がおどるときにはその念がみえますように。振付とかの次元ではないです。既に。でも私はそれを伝えるすべを持っていない。だから、私がおどる他なく、私はおどり続けています。

作品を作る上ですべてがつながってしまうときがある。それは神さまというかそういうスペシャルの存在がつなげたとしか思えないときがある。
からたちのときはたまたま偶然鳴海さんが紹介してくれた教会さんだけれど、母校のそばだったり、年が近かったり、合唱団の存在などつながっていってしまった。
かめりあのときも私の祖母がかなり記憶が怪しくなったときがあり、話しつづけた結果と杉劇リコーダーずのこれまでの活動から作った作品が重なってきた。
静は嵐を呼び(しろ静は台風を呼ばなくてよかった)、白静は私のまわりの多くの死と共に訪れた。作らなければならないときに私は作る。私が出会ってしまったものを形にするべくまとめる。
そういう意味でアマチュアだと思う。


広げる必要性があるのか正直わからない。
私はいわれてもいわれなくてもきっと作る。
それは助成を受けて作るべきかといえば疑問である。更にお客が増えるかというのも疑問である。ただいえることは、多分見た人は忘れないということだ。
その人がいきているうちはその記憶はいきていく。

そしてその記憶もいつしか消えていく。
それでも今この瞬間出会うために私は踊る。

いつかまた会う日のために。






骨について

うちの師匠が亡くなるその日の昼、私は病院にいた。
たまたまあいたその日、1週間前に話しそびれたことを話すべく、彼女のリクエストとともに訪ねたものの、既に話す段階ではないことを知る。
一期一会という言葉を思い出し、
既に遅かったということを知る。
骨格のみがみえていて。
私にはありがとうございましたということが精一杯でその場を去る。

DVDを作る際溝端さん(BankART cafe liveプロデューサー)に骨を書いてくれと頼まれる。
骨。
なぜこのタイミングで骨。
彼の中で何か死を感じひっかかったらしい。
その後顔写真も探す。自分でもとってみたりいろいろしたが、最終的に友人がとってくれた証明写真のような写真になる。(実際履歴書用だ)でも多分最も私をわかりかつ、最も素な写真だと思う。

一歩間違えると遺影のようなグレーの写真(元はカラー)。これまでの作品の集大成、しかもダンスのポトラッチ。なんだかこのまま死ななければいけないのではないかと思う。
実際DVD作成期間中死についてかなり長く話していた。さらにこのDVDを作るべく過去作品を編集しながら、ずっとずっとこの3年以上追悼し続けていたということに気がついた。すべての物事はつながっていて、私は今でも忘れておらず、私は今でもずっと空を見続けている。

そのことに気がついて「静」の再演を迎えた。
窓(ドア)を開き海へと向かう最後は静の心であるが(なお、静は子供を海へ流された後も生き延び静かな余生をおくったらしいが様々な諸説があり、全国各地に墓があるのが現状)、あまりに死にひきづられていなかったか。

突然思い切り髪を切り、驚かれる。
(ちなみにあまりに突発的だったので自分できる)

突き抜けるようなあおい空が見えないとうちの師匠は言い残した。
生まれ変わらねばならない。




2014年10月30日木曜日

白静 スタッフの皆さま

白静に関わってくださった皆様

◎八木さん、Markさん
八木さんなくしてはこの作品はなりたたず、このプランを立てたときにまず八木さん!と声をかけ、かれこれ3バージョン目。毎回少しずつ練り上げてきました。エレキトリック箏の大迫力な演奏もさることながら、「水晶の夢」の歌はかなり印象深く、この作品の重要なポジションをしめています。(八木さんのライブでも演奏されているそうです。)
普段はダブルトリオ(のりさんがたたいています)などメンバーを率いてですが、今回は一人。すべてを一人でするのはきっと大変なはず。しかし一人ゆえの静です。
静のドラマツルグとして、わたし自身は静の霊(あるいは情念)であり、実は八木さんの歌世界の中にすぎないという考え方があり、ダンス作品でありながら、最後の最も大事な締めをお願いしています。これもまた八木さんの存在感ゆえです。
Markさんは八木さんの背後(あるいは柱の影)で八木さんの演奏を見守ります。ゲネのときには冒頭の歩きで私が柱のそばに佇むため、Markさんに話しかけているようにみえるらしく、Markさん=義経イメージが出てきてしまい大爆笑。義経ではありませんが、この作品を密かに見守る重要な役回りです。本当はjazz業界では著名な評論家さんです。

◎三浦さん
木野作品をかめりあより見守る照明さん。今回本番の日程でいることが出来なかったため、プランだけつくり、去っていきました。(売れっ子ですね)去りつつも舞台監督的役割をすべて果たしてくれました。ありがとうございます。黒静、白静などの空間構成の変化などは木野の考えが元になりますが、下見等は共に行いここでできること、出来ないこと等を確認した上で決めていきます。なので三浦さんにプランをだすための下見、三浦さんとの下見、その後の話し合いを基に完全に決定するための下見など3、4回は現場に通いますが、重要なのは三浦さんにプランをだすための下見。独りよがりにならず、作品を作るためのきっかけをくださっています。

◎古矢さん
三浦さんがかわりによんでくださった照明家さん。前回の黒静も手伝っていただいていたため心強かったです。三浦さんのところでもあげているとおり舞台監督不在の恐るべき現場、展覧会終了後の準備時間の短さにも関わらず、てきぱきと仕事をこなしてくださいました。(なので半分照明、半分舞台の人)ほんわり優しい方でした。

◎宮村さん
衣装、黒静は無印良品の(しかもセール品)のワンピースだったのですが、こんかい2012年の「しづ」(KAAT公演)の衣装を復活させました。
正しくはこの衣装の復活のために今回があるといっても過言ではないです。
素敵なしっぽのある衣装を作ってくださったのですが、3階のコンクリの中ではかなり厳しくって衣装を着ることはあきらめ、逆に白い布を思いつきました。白くて長いから道成寺にいってしまったのは私の発想ですが、あの衣装がなければそこにはたどり着けなかったことでしょう。そのためなんとかつながらないものかと考えていました。
今回前半は衣装をオブジェのように飾り、後半で着る形を考えました。そこは井筒で愛する人ののこした直衣を着るという話しを思い出したのです。
そんなわけで「しづ」の衣装は生まれ変わり、ちょっと長くなってしまったけれど、再登場を果たしました。
ちなみに今回の黒いワンピースは某スーパーSでかったスリップです。(リアルな話しですね)

◎中川さん
今回八木さんのドキュメンタリーを撮っていることもあり急遽映像をお願いすることになった中川さん。ドキュメンタリー作家ということもあり、作品の背景のインタビュー等もいれたいと話していました。(最終的にどうなるかは??)ダンスはあまりとったことがないとのことで、どちらかといえば表情などが増えるそう。たきしまさんの黒静とあわせ全く違う雰囲気になるのではないかと思い楽しみにしています。

◎小熊さん
本当はサグラダファミリアをとっている写真家さん、しかしこれるかぎり舞台の写真もとりにきてくれます。前回黒静とどのように異なるか最もわかる人かも知れません。正直写真には難しい白静の環境。どのようになるでしょうか。

◎上本くん、みのりちゃん、めこさん、蔀くん、桑原さん
受付お手伝いスタッフの皆さん。
これまでAAPA、AMANOGAWA、白州、かめりあとそれぞれ全然違う現場で出会ったにもかかわらず、お手伝いにきて下さった皆さん、ありがとうございます。特に桑原さん、本業(舞台監督)でちゃんと呼べない自分が情けないです。。。お言葉に甘えつつ、ちゃんとお返しできるようがんばろうと心に誓うのでした。
私はソロのダンサーですが、常にいろんな人に支えられています。
舞台をするとそんなことに気づかされ、また励まされたりします。ありがとう。

◎BankARTの皆様
今回cafe liveという形でよんでくださったBankARTの皆様。私自身がここで働いていたこともあり、ここでパフォーマンスを行うことはとてもうれしく、またとても思い入れも深いです。受付でよくお会いしていた方がひょろりと見に来てくださったり、公開製作で声をかけてくださったり。そのような再会もうれしいものでした。
現場の忙しさ(特にトリエンナーレ期間中ですし)がよくわかるだけに、大変な中こうして作品制作に没頭させていただけることもまた幸せなことだと思いました。
ありがとうございました。


DVD制作も含め多くの方のご協力のもと今回の公演は成り立っています。
見に来てくださった皆様、かかわってくださった皆様、本当にありがとうございました。


2014年10月25日土曜日

dance potlatch

ダンスの贈り物
という名前のDVDをBankARTさんつながりで作ってくださいました。
今回のcafe liveは今後のプロモーションに使えるようにダンスDVDを作ってくださるとのこと。 過去作品をまとめてみました。


ダンスは神さま(自然全体)への贈り物であると同時に、お客様への贈り物、そして様々な方が心を尽くし下さった(私がうけとった)贈り物。
作品を見るとプロデューサーさん、劇場さん、制作の皆さん、スタッフの皆さんの顔が浮かんできます。
Edgeは赤レンガのソロデュオで賞をいただいたもの。多くの方に出会うきっかけとなりました。今は亡き高谷さんや石川さんがとても大事にしてくださいました。

IchIはロンドンで作った作品。Place prizeで制作した後もspring loaded(プレイスの春フェス)、青山と旅をしました。その時ごとに大きく変化し、成長してきました。アシュフォードさんに出会った作品。もちろんエディにも。また、ラッセルさんへの疑問の投げかけでもあり、静につながる作品です。(静の中にもIchIの振付は含まれています)

からたちからはベースは「札幌市中央区南6条西26丁目」という踊りにいくぜで上演した自己紹介が元になっていました。AMANOGAWAを経て、また銀河鉄道を経て、告解という意味も含め作り直し、コールシャンティさんも巻き込んで作りなおした作品です。

AMANOGAWAプロジェクトは私は踊っていませんが、多分このワークがあればこそのからたちで、私はなぜ踊るのかを考える上でとても大切な作品です。今回時間の都合で本編しか入っていませんが、ワークショップや写真、テキストの記録等も含めての作品です。川崎市アートセンター(当時はANJが指定管理者制度で運営)の皆様と銀河鉄道クリエーションをうけ、更に311をうけ、失うこと、遺すべきこと、一緒に作ってきたものです。

静の写真なども含め、ちょっと集大成のようなものができました。
そのため表紙が顔写真(これは溝端さんの発想です)。
ちょっと遺影っぽい。
ここでしんでもいいのではないかと思う。

メニュー画面の音楽はNever let me go.
この3年くらいずっと喪に服していたのだということにも気がつきました。
決して忘れることはなく、しかしいつか乗り越えていきたいと思います。

この機会を与えてくださったBankARTの皆さん、ご参加くださっている八木さん、古矢さん他皆さん、お手伝いに来てくださった皆さん。すべての方の心をいただき踊らせていただきました。
また明日。
再びよき舞台になりますよう。



その後potlatchという言葉についてしらべました。
アメリカ先住民の中にある様々な儀礼のたびに大判振る舞いをする風習だそうです。お互いにもてなしあい競い合うのだとか。
Wikipediaによれば
この言葉は、チヌックジャーゴン(Chinook Jargon)で「贈る」または「贈り物」を表す言葉に由来する。ポトラッチは太平洋岸北西部先住民族の重要な固有文化で、裕福な家族や部族の指導者が家に客を迎えて舞踊や歌唱が付随した祝宴でもてなし、富を再分配するのが目的とされる。ポトラッチは子供の誕生や命名式、成人の儀式、結婚式、葬式、死者の追悼などの機会に催された。
と書かれています。
今回でいえば追悼なのでしょうか、ともあれ、なにかしっくりします。うちは裕福ではないですが、なにか自分がうけたものを分け与え、そして皆で共有していくという感じかと。思えば経済的にはかなり成り立たないのですが、それでもこの文化が続いているのはそんなPotlatch精神が生かされているのかもしれません。私が選んだ言葉ではないですが、舞台芸術はそういうものなのかもしれません。
そしてまたうけたものを他の方へ分配していく、その繰り返し。
私がもらったpotlatchそれを誰かへ。

白静プログラムノーツ

本日はご来場いただき誠にありがとうございます。
伝説の白拍子、静御前とはどのような人であったのかに想いをはせながら、作品作りを行ってきました。
白拍子というものが伝承されておらず、私の作品もあくまで一つのアイデアでしかありませんが、もしも静という人がこの現代によみがえったならととらえなおしてみました。
愛する人を想うがゆえに蛇となり、鐘にとりついてしまう道成寺の白拍子や、愛する人を待ちつづけ白河のように髪が真っ白になってしまった檜垣の白拍子、中世の様々な女性の姿をみてきて、私が静からうけたのは一人で生きていく覚悟と強さでした。
最終的に吉野山で義経と別れたあと再び会うことはなく、その子供も殺されてしまい、頼る人もなく静は悲しみの中なくなったと思われます。
しかしながらその強さは日本全国で伝説として語り継がれることとなります。
白拍子は遊女のように時代を経るにつれて身を落としていきます。しかし元々は神に祈るために踊ってきました。静は鶴岡八幡宮で何を踊ったのか。それを探そうとする試みです。

この作品は2010年ギャラリー招山(由比ケ浜)でのパフォーマンス、「しづ」(2012 神奈川芸術劇場大スタジオ 文化庁新進芸術家海外研修員による現代舞踊公演)、今年2月に行われました「静」(2014BankART Studio NYK 3Cギャラリー)をふまえて作成しました。時をこえ、場所が変わりつつも、作品を練り続けていくことができることをうれしく思います。関わり支えてくださった皆様に御礼申し上げます。                                                                             
                                                                                   
                                                                                                                        木野彩子







白拍子とは
もともとは拍子とともに歌う歌、その後その歌に合わせて踊る踊り、またその踊りを踊る職業の総称をさすようになった。
    多久助が申(し)けるは、通憲入道、舞の手の中に興ある事どもをえらびて、いその禅師といひける女に教(へ)てまはせけり。白き水干に、鞘巻を差させ、烏帽子をひき入(れ)たりければ、男舞とぞいひける。禅師がむすめ、静と云(ひ)ける、この芸をつげり。これ白拍子の根本なり。仏神の本縁をうたふ。(『徒然草』)
とあり、曲舞のように神仏のありがたさを謡いつつといたものであり、男装の舞であったようである。

   白拍子舞とはどのようなものだったのか


白拍子にあわせて踊られた踊り。
まず一声(和歌朗詠など)があり
舞台を一周した後
白拍子の謡舞があり
最後に「セメ」と呼ばれる足拍子を踏むシーンがあったと言われている。
静が鶴岡八幡宮で舞った際には「しんむしやうの曲」を謡ったが、その場にそぐわないと思った工藤佑経が「セメ」とよばれる終わりの急な調子の鼓をうったので、静は「君が代の」と声をあげたという。(『義経記巻6』)
『今様之書』には右のような記述がある。
(沖本幸子『白拍子舞から幸若舞へ』国文学解釈と鑑賞74(10),2009


 能「道成寺」「檜垣」には白拍子がシテとして登場し、乱(蘭)拍子を踏む。この乱拍子は当時の白拍子が舞っていたところから取り入れられたという説もある。

◎ 静御前とは
 悲劇の英雄源義経の愛人。99人の巫女が降らせることができなかった雨を降らしたと言われる舞の名人。吉野山での義経との別れは能「吉野静」に表されており、気の強い女性であったらしい。
 鎌倉幕府(頼朝)にとらわれた後、鶴岡八幡宮で舞うことになった際、
「しづやしづ しづのおだまき くりかえし むかしをいまに なすよしもがな」
「よしのやま みねのしらゆき ふみわけて いりにしひとの あとぞこいしき」
と義経を恋う歌を歌い、頼朝を怒らせたという逸話も知られている(『吾妻鏡』)。





日時:          1024日(金)19:30開演
1025日(土)19:30開演
場所:          BankART Studio NYK 2Bギャラリー
神奈川県横浜市中区海岸通3丁目9
料金:          2000円(1ドリンク付き)

構成出演:                    木野彩子
音楽出演:                    八木美知依(17絃箏、21絃箏、歌)
照明デザイン:              三浦あさ子
照明オペレート:            古矢涼子
オリジナル衣装デザイン:   宮村 泉
音響効果:                     Mark. E. Rappaport
記録写真:                     小熊 栄
記録映像:                     中川泰伸
協力:               上本竜平、桑原淳、蔀 健、御代田直樹、山田恵、内藤久義
スタジオマキノ、日本基督教団巣鴨教会



            主催:    BankART Studio NYK
                   BankART cafe live 2014