2012年11月6日火曜日

しづリハ

今年の後期は仕事量を減らしたこともあり、「しづ」に没頭できる日が増えている。そういうときにも1日一回は外へ出ることにしているが、家で作業できるようになったこともあり、本当にひきこもる。
ずっと踊っているのかといえばそうでもなく、本を読んでいたり、民俗芸能のビデオを見たり、しかし基本的に「静」モードになっている。
静御前についていろいろ調べ、本などを読んでいくうちに静は踊りたくなかったし、踊る必要がなかったという根本的な所にいきつき、動けなくなってしまったりもする。
三浦さん(照明)宮村さん(衣装)に見てもらいつつ、迷走を続ける。

振り付けは運動を固定し、感情の再現をしやすくするための方法。
しかし本当に感情や霊的な感覚は再現できるのだろうか。
自分を冷静に見るもう一人の自分がいて演じるというのは世阿弥より通じる芸能論の基本。私ともう一人との対話を私は長らく続けてきて、しかし100%できるわけではないし、ぴんとこないこともある。その保険のように振り付けがあるのだけれど、しかしそれをたどっていってしまうと、自分から動いてしまい、そういうものに気がつけなくなってしまう。些細な、でも本当はすごく大切なこと。
私の作品では必ず即興的要素がのこされていて、それも練習を繰り返すうちにだいたいなにをするかは決まっている。でも、それでも完全には決めないで待っている。
そしてずっとその瞬間に出会うために踊り続けている。

箱女は箱がその役割を演じてくれた。
IchIはわかりやすく、そういう存在をつくるべく2人で演じた。
never let me go はコートちゃんがいてくれた。
しづは私一人でもうひとりが見えるようになるかを考えている。

ラッセルさんが私の手の先に見てくれたものをきちんとみせれるように。

振り付けのその先へ。

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