2012年5月7日月曜日

祈りについて

キリスト教の教会ではお祈りがかかせない。
呪文のように文章を読み上げる「主の祈り」(小学校の頃いった日曜学校で覚えたのをまだ覚えていた)、様々な賛美歌、そして献金などのときに代表の人が行うお祈り。
プロテスタントの巣鴨教会ではこのお祈りはそれぞれの人が持ち回りで行うことになっているそう。
人によってはいろいろ考えてきたり、紙にかいてきたりもするらしい。確かに緊張しそうだ。(牧師さんも説法はだいたい紙に書いてくるのだそう)
宗派によってはお祈りの例文集のようなものがあり、それをみて、言い方を学んだり読み上げたりするそうだ。

「うまくいえなくて」という信者さんに対して、どんな祈りもだめだとかうまくないとかいうのはないという言葉があった。
それぞれの人のそれぞれの祈りのかたちがある。言葉に詰まってしまったり、小さな声になってしまったりするかもしれないが、真摯な心と思いがあれば立派なお祈りではないだろうか。

キリスト教だとお祈りというが、念とか、夢とか、様々なかたちで呼ばれるその心の働きは、おそらく踊りの原点でもある。
AMANOGAWAと教会がつながると感じた瞬間。

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