2012年12月31日月曜日

2012年

2012年

本当にいろんなことがありました。
そしてこんなに踊り続けた・つくり続けたのもなかなかありません。

今年1月に行うはずだった公演が中止せざるをえなくなった後、その時につくるはずだったパーツをそれぞればらばらにして実現化させようとしたら、それぞれ変化していって全く異なるものになっていきました。



「Amanogawa project」
一般の方とボディワークと話し合いを通じて映像をつくっていく。過程を大切にし、映像とテキスト、写真など記録を展示する。(川崎市アートセンター)

「Never let me go」
車掌と車掌の影によるデュエットからイメージしたソロ作品。(映像制作を川崎市アートセンターにて。初演はシアターX、宮澤賢治をテーマにした国際舞台芸術祭にて)

「からたち」
  Amanogawa projectの皆さんに協力いただき、巣鴨教会の歴史と個人の記憶と歴史を重ね合わせて作品を制作。(巣鴨教会、Sentival!の一環として)

「Piece」
銀河鉄道に組み込む予定であった田中徳崇さん(ドラム)とのデュオ(1+1=3)を4人に拡大して発表。(赤レンガ倉庫1号館10年10色)

「しづ」
静御前の舞を題材に八木美知依さん(箏)、三浦あさ子さん(照明)、宮村泉さん(衣装)とのコラボレーション(KAAT在外派遣研修員による現代舞踊公演)

これらは全く異なるもののようですが、今までつくってきたものの延長線上にあり、とても興味深いです。UTCPの講演の際に自分の作品の変化を分析していったのですが、私という人間の過渡期にあるということにも気づかされました。


これらの作品制作の間にも様々な場所で即興のパフォーマンスを行いました。特に今年は音楽との関係を意識していたように思います。

私はなぜ踊るのだろうかという単純な問いから、派生して様々な試みを行っていますが、今年の感覚では暗闇の向こうにいるあなた(観客)のためにというのが一番すっきりするきがしています。観客とかくと大きな集団のようですが、暗闇のなかで私もあなたも一人になる、その瞬間につながるために私は踊っているような気がします。

いつかとどきますように。


この1年多くの人に出会いました。
そして多くの人とおわかれしました。
私は多くのことを忘れてしまいますが(そしてアドレスデータも消えてしまう)、それでも同じ時間を過ごしたことを大切に。そのかけらをすこしずつ感じながら、また来年も歩いていきたいと思います。

今年もありがとうございました。
来年もよろしくおねがいします。



来年の目標
とりあえずパソコンを壊したり、携帯をなくしたり、アドレスとんだのそのままにしたりしないようがんばろう。
それでも忘れないでいてくれる優秀な友人達に感謝しよう。





翁について

観世能楽堂に能楽の講演をききにいく。
その日のテーマは「翁」について。
いくつか興味深い話しが出てきたのでメモ。

翁は能にあって、能にあらず。
舞台上で面を着け外すという演目はこの作品のみ。つまりその瞬間役者が神化する。おそらく田楽の色が最も残っている。

少年と翁
年をとること→死に近づく→神に近づく。そういう意味で少年(若い)と翁が尊ばれたのではないか

翁と三番叟
白い翁とその後舞われる黒い翁(狂言師が舞う三番叟)。黒いのは白い翁のパロディなのか、こちらが原型なのではないか。
伊勢大神楽でも芸についてかならず囃子てがいる。まねながら、ちゃかし、笑いを取る。(三番叟は笑いをとるかんじじゃないけれど)笑いがどれだけ日本の芸能にとって大切であったか。また笑いは福を呼ぶという。

いろいろでてきて面白い。
というか翁をみなければならない。
(そのときにも実演があったが抜粋だったので正式な舞はみれていない)
正月の演目ということで、非常に気にかかっている。


しかし「しづ」の延長上とはいえ、花祭、大神楽、翁などなど日本のお祭りを見続けている。正月再び最後までみれなかった花祭へ。防寒具、カイロ、準備そなえていってきます。


Huguesリハ

Hugues 日本にやってきました。
既にリハーサルスタート。
某川崎の体育館でいろいろ試してみます。

そもそもユーグと知り合ったのは8年(もっと?)くらい前のことだけれど、あまりにも長いこと一緒に活動をしていないので、どんなかな?ということもあって即興のトライアルを何度か、またテーマを決めていくつか。

自分が思っている以上に顔の表情がいろんなことを物語っているらしく、指摘される。物語性があるほうが、私は動きを生み出しやすいようだ。ユーグもものすごくそれを覚えているらしい。

久しぶりにいろんな話しをする。(英語、話すのも久しぶりだ。ユーグは現在日本語勉強中でかなりの日本語を覚えているが、意思疎通はやはり英語になる)
スカイプとかで話しもできるのだけれど、会って話すとやっぱり違うねえと。文明の利器はすばらしいけれど、やはり実際の存在を超えることはできないということかもしれない。


その後茶会記忘年会に。
茶会記もいつもお世話になっています。(今回の札幌用リハーサルにも場所をお借りしたりしています。福地さんありがとう!)
来年、また踊らせていただきます。よろしくお願いします。



伊勢大神楽

長らくブログのアップができないまま、年末になってしまい、慌ただしい日々をすごしています。本当は年賀状をかかねばならないのだけれど、その前にあまりにも膨大なロスした住所録の復旧作業をここ数日おこなっており、このデータが出来上がったらメールになってしまうかもしれないけれどおくれるだろうか、と考えているところ。皆様、本当に申し訳ないです。
最近の出来事のなかでいくつかあげるとすれば、愛知桑名まで伊勢大神楽なるお祭りをみにいってきました。それもクリスマスイブに。

伊勢という名前がついているものの、実際には伊勢ではなく、代神楽といって伊勢参りをするかわりに各家々にまわって門付け芸をしている人たちで、様々な演目(獅子舞、曲芸)があるものを一同に集めて行うのが、なぜかクリスマスイブ。
国の重要無形文化財。http://www.ise-daikagura.or.jp/

日本の原型はどんなものだろうということを考え、いろいろみていくと本当に面白い。


2012年12月11日火曜日

といちゃん

といちゃんは大学時代からの親友。
最近は「からたち」「piece」と立て続けに木野作品に出演(ダンサーというよりは後見人)木野作品を見る人としてもものすごく重要な位置を占めている。
別にいつもいっしょというわけではないが、たまたま戸井ちゃんが札幌にいっていた5年間の間に私もヨーロッパにいっていて、帰ってきたらまたあったこともあり、比較的よくあっている人。その戸井ちゃんが実家(愛媛)に帰るという。

東京の生活は家賃の負担も大きい。35を過ぎ、将来的なことを考えて一度仕事を辞めて(リセット)みようという決断をした。
私はそれを引き止めることはできないし、その気持ちがとてもよくわかる。
この年になると何のために生きているのだろうということもよく考える。
そしてこの生きている時間は限られている。
仕事であったり、家庭であったりそれぞれの持つ世界で今できることを一つ一つ積み上げていくしかないのだけれど。
そのために一回リセット。年を取ると動きづらくなるけれど、ここで勇気を持って踏み切ったその勇気がすばらしいと思う。

距離は離れるけれど、みんなつながっている。
同窓会の時の言葉。
愛媛にも遊びにいきます!
でもきっとその前にもう1回くらいあいましょうー


お茶っこプチ同窓会

お茶大同期は20人。(これでも他の学年と比べてとても多い。本当は15人定員)
その中には学校の先生になった子もいるし、ばりばりキャリアウーマンもいるし、ママさんもいるし本当に様々。なかなか集まることもないのだが、木野親友、といちゃんが愛媛に帰るということで急遽集合した。
急遽なもんで人数は限られるけれど、それでもパワフル。とても楽しい時を過ごす。
そのうちの一人はるちゃんの息子は私に似ているらしい。
この私たちの感覚があたりまえだと思っていたら、社会人になったり、ママになってみたら、すごい特殊だということに気づかされたという。私や某Mに比べればまあふつうだとおもっていたら、世間的にはすごい特殊で変人らしいという、、、

しかし切れ者の私の友人達は上手い具合にきりぬけている。しかもそのたぐいまれなるバイタリティで周りを感化している。

いまはこどもも小さいのであまり踊ったり踊りを見に行ったりできていないとのこと。でもいつか一緒にまた踊りましょう。


東大講演いってきました

いろいろ縁あって東京大学駒場キャンパスにて講演をしてきました。
「越境する身体」

お越し下さった皆さんも幅広く、ボディイメージの研究者さん、人類学を専門に研究しながら書道をなさっている方、演劇をやっていてボディワークのため中国拳法を学ぶ方、コンテンポラリーダンスを学ぶ高校生も。皆様本当にありがとうございます。

講演の内容は3時間
1時間半ほどコンテンポラリーダンスについてきのの作品を見ながら解説をしていき、
後半ワークショップを行い、自分の身体について目を向けるという内容でした。手はどこからのびているのか、どこまでのびるのかなどというのを実際に見せつつお話していきます。
後半のワークショップではAMANOGAWAプロジェクトやゆるのびで行っていたマッサージ、ロールアップロールダウンという作業を2人組で行い、その後ゆっくりあるきました。(2種、体内に意識を向けた状態とイメージを用いたもの)
面白いことに感想も様々で、あっという間の3時間。予想以上に早かったです。

感想紙に書いてもらえばよかった!

帰りがけに
自分の身体のことって自分一人じゃわからないものですね、人に触られたりすることではじめてわかるんだって改めて感じました。といわれ、なるほどと。私も考えさせられました。

内藤さん、UTCPの皆さんありがとうございました!

ちなみに次回は山崎広太さん、2月16日。私の即興師匠みたいなところもあるので、見に(はやしに?)いこうかと思っています。




2012年12月8日土曜日

札幌にて

札幌帰ってきました。
メインは踊りにいくぜ札幌に参加する教文ダンス部チームの作品をみに。
他にも来年1月のパフォーマンスの下見、打ち合わせ、ちらしまきなども込みで。
ついでに様々な縁がありながら、今回お借りできなかった奥井ギャラリー(なんと高校時代の先生のとこだ)、レッドベリー、コンカリ、パトス、あけぼのなどいくつか周りご挨拶。
北海道は大雪で、私が乗った便の一本あとが欠航になったり、かなり厳しい感じでした。でもいろんな人に会えて楽しい時間。怒濤の2日でした。
札幌市資料館です。パフォーマンス場所。

明日は東大

札幌から帰ってきてほっと一息、する間もなく明日はなんと東大駒場にて講演とワークショップを行います。無料。お時間ある方ぜひお越し下さい。
木野作品がどうしてうまれてきたのか、私は今何に引っかかっているか、きちんと整理して話せるよう、画策中。
東大駒場は大学時代に何度かおじゃましており、しかしいろいろ新しい建物ができていて衝撃的。

2012年12月5日水曜日

札幌へgo

明日あさってと札幌へ一回帰ります。
日曜日用の準備がまだできていなくてちょっとまずいことになっています。
ワークショップ付きなので、何をしようか画策中。
とりあえずは踊りにいくぜモードをon。

2012年12月3日月曜日

しづ終了しました

「しづ」無事終了しました。
見に来てくださった皆様、ありがとうございました。

タイトルとプログラムにのっている和歌だけではわからないかもしれませんが、静御前の舞をもとにしています。
「しづやしづ」の和歌は鶴岡八幡宮で頼朝(敵)に請われてまうことになった際によんだ歌とされています。敵のことを歌うとはと激情した頼朝を北条政子がおさめたといいます。実ははじめ通常の奉納の舞を舞ったのですが、それはたいしたことはなく、2曲目のこの舞は思いが募ったのか本当にすばらしかったらしい。
伝説になるくらいだからよほどすばらしかったのだと思うのですが、そもそも白拍子舞とはどのようなものだったのかといえば残ってはおらず(史料をもとに復元を試みている方々はいますが)、今の時代だったらどんなものだろうと考えてみたという次第です。

八木さんと初めてパフォーマンスしたのが2010年、今回再びいろいろ試してみて、3回の公演の間にも様々に変化させていきました。私自身の振りは意外にも結構決まっていて、しかし間合いなどは八木さんとの対話のように少しずつ変化していきます。とても面白い経験でした。


能狂言の世界を思えば、まだまだ甘い点もあるとは思いますが、ライブ感を生かしつつ、作品化する試みとしてはなかなか悪くないと思います。

ただ、身体性についてはまだまだ課題が多く、長期戦で積み上げていかねばなりません。ラッセルさんのもとでいろいろ試していたことは宿題として今ものこされています。日本人としての美しさ、私の中にあるものをきちんと見えるようにしていく作業。
これからも続けていこうと思います。

感想などもお待ちしております。

2012年12月1日土曜日

しづ初日終了しました

しづ初日を迎えました。
今日は朝からリハーサル、ゲネ、本番と繰り返し、その度ごとに新しい何かを発見し、間合いをみつけ踊りました。
今日の本番はえらく衣装が絡まってしまい、ちょっと反省。そして激しいところはもう一押しいけるのではないかと思いつつ、ちょっと迷いが出た自分。それも反省。
もっと遊べる。
明日は2本番。八木さんの音の中、およがせていただきます。

チケットは品薄とのこと。明日いらっしゃる方は、予約あるいは一度確認の連絡を入れた方が確実です。劇場にてお待ちいたしております。

2012年11月28日水曜日

しづ初日チケット完売です

「しづ」初日11月30日のチケットは完売となりました。
現代舞踊協会さんに問い合わせてもない(全出演者)ようで、当日券も出さない予定とのことです。2日目のチケットはまだありますのでどうぞよろしくお願いします。

花祭

愛知県北設楽郡東栄町月の花祭をみにいく。
興味はあったものの、車がないといけないエリアで、なかなか手が出せなかったお祭り。この本番前の忙しい時期とはいえ、「こんな平日に休めるときなんてない」しかも「神懸かり系舞踊」をみれる機会ということもあり、これは見に行かねばとつれていってもらう。
すごく簡単に説明すると、冬が近づき、静まる大地にエネルギーを与えるお祭りで、1晩踊り続けるのだという。重要無形民俗文化財。現在11カ所?に残っているらしいが過疎化と若者の流出でどんどん廃れていっているらしい。11カ所というのは各集落ごとに行っていたらしく、距離的には結構近い。感覚的には町内会ごとに別々にお祭りが開催されていたらしい。
かまどに火を入れるなどの神事のあと、各種舞がはじまる。
扇ややち(?)、刀をもった踊り、複数人での踊りなど幅広いレパートリーがあるが一つの踊りが長い。3、40分はつづく。そしてずっとつづく。さらに踊り手の人数が少ないので何回も踊る人がでてくる。かなり大変だとおもう。
さらに子ども達の踊りもある。子ども達も大人とほぼ同じ中身の踊りを踊る。(しかも深夜。なのであくびでふらふらしながらおどっていてとてもかわいらしい)
鬼もでてくる。鬼、まさかりもって暴れる。たまにまさかりがあたってケガをする人もいるらしい。夜中だからって寝ぼけていると油断は禁物。
さらに朝になって、いい加減眠くなったところでしゃもじをもったおかめと大根を持ったひょっとこに追いかけられる。さらに大根に塗ってあるみそを皆につけようとする。
最後はかまどに沸き立つお湯をかけまくるらしい。
最後、、、最後までいなかったのでした。
本当に終らなくてどうにもこうにも、最後まで見られなかったのが残念。

帰りがけによった花祭り会館の館長さんがなんだか生き字引のような人で、花祭りの歴史をいろいろ語ってくれた。古戸という地域で行われている花祭りが最も原型に近く、館長さん自らが関わっているのだそうで、ぜひお越し下さいといわれる。1月2、3日。
正月早々愛知にまたいくのだろうか。。。

おまけに体力なくてそのあとやっぱりダウンする。情けない。

2012年11月22日木曜日

愛知へgo!

群馬、高尾とつづいて今日はただいまより愛知へいってきます。
しづ練習も今日だけはお休み。
最近愛知づいているのですが、今回は以前から興味のあった郷土芸能の「はなまつり」を見学に。仏教行事のはなまつりではありません。ともあれ、いってきます!


2012年11月20日火曜日

イスラエルについて

イスラエルの爆撃のニュースがつづいている。

私がイスラエルという国に興味を持ったのは2003年くらいの頃。とりあえずフランスに行こうか、イスラエルに変えようか迷ったくらい気になって、いこういこうとおもいながらいけないまま10年近く。(イスラエルいく前にヨーロッパ一回いってきたらといろんな人にいわれている始末)実はまだいったことがない土地。
イギリスにいた頃、一緒に作品をつくったジャッキー(照明)がイスラエル人だったこともあり、イスラエル演劇(パレスチナ側との共同制作の作品もbarbicanでみた)なども見る機会が多かった。また様々な話しを聞いたし、仕事はもちろんイスラエルの方があるけれど、今後家庭を持ち子どもを育てるならとロンドンへ移住してきた話しをきいたりもしていた(なお、ジャッキーの奥様は元バットシェバダンサーでありGAGA指導者でもある大野千里さん)。
私がうろうろしているうちに、たくましく優秀な私の教え子のしおちゃんはイスラエルでたくましく生きるようになり、気がつけば結構年月が経つ。彼女の話しを聞いていると、あるいはジャッキーの話しを聞いていても、たとえどんなに危険だとはいえ、そこに暮らす人がいる、それぞれの愛情の形があるということを思う。



そんな中今週末バットシェバとインバルピントというイスラエルの2大カンパニーがつづけて来日する。(大丈夫なのでしょうか)みにいけないかもしれないけれど、おすすめはしておきます。もっとおすすめはGAGAというオハッドナハリン考案のメソッドのワークショップがあります。ダンサー向けと一般向けの2回分かれていますがおすすめは絶対一般向け、オハッドがリードします。
ロンドン時代gDAで3日ワークショップを受けました。すごい簡単にいうとぐねぐねひたすら自由に動かしていくワーク。ひたすらぐにゃぐにゃなので、結構ハードです。最終日オハッド、首の話しをしたのですが「これは3日間で最もシンプルで最も重要かも、そしてダンサーとして最も重要」といい、それとほぼ同じことをマルティンナッハバーさん(ドイツ)がやはりいいました。
GAGA動きがシンプルな分、オリジナルが教えるっていうんだったらオリジナルをぜひ体感してみましょう。
彩の国埼玉芸術劇場のHPをチェックしてみてください。
(私は出張のためワークショップは絶対うけれないのです、皆様感想などお聞かせください)

インバルはサーカスとかファンタジーワールドが好きな方にぜひ。
純粋に楽しめる作品が多いです。
バットシェバはあたりはずれはあるけれど、ばりばりダンシーな作品が多いです。


おまけ
先日活元運動の会に再びいってきたのですが、やはり近い何かを感じます。日本のGAGAあるいはイスラエルの活元運動。オハッドさんはおそらく野口体操は経験者だと思うのですが、野口整体もぜひ体験させてあげたいものです。絶対「おお!」という喜びがあるはず。遠い国で似たようなことをやっているこの喜び。ぜひ二子玉へつれていってあげてほしいです。だれか!

場所を選ぶということ

「自分が表現したいもののために場所を選ぶのであって、相手(劇場など)の要望をかなえるために作品をつくるのではない」という友人の主張。
ただ、振付家として考えると①自分の夢を実現させるためにする、②依頼主の方針に沿いつつ、自分のやりたいことをする、③依頼主の方針を最優先としてまとめるの3種があり、お仕事として行う上ではこの②と③が重要になってくる、というか②が基本方針になると思っています。
依頼主の想像を少し超えつつ、しかしみんなが納得し、楽しく(?)時を過ごすための場所をつくるというのが私がイベントを企画する際に考えること。

劇場という場所は公演を巡回できるようにつくられた場所でもあり、基本的にどこでもかわらないよう設定されています。巡回することで制作コストを抑え、お客さんを確保するわけで、サーカスだろうと、プロレスだろうと、大相撲だろうとそれは一緒。
でもここでなきゃできない、この場所限定だよねという劇場がいくつかあります。

いくよちゃんの「おたる鳥」を見に行きました。
3時間、長かった。そして盛りだくさんで、とりあえず、10年よくがんばった、おつかれさま、おめでとうと私はいいたい。
でももしできればやっぱりこの作品は静岡舞台芸術公園野外劇場で見るべきものだったと思ったのでした。(初演会場)SPACのスタッフさんからもきいていましたが、このセットも美沙子鳥も舞台奥に漆黒の森が広がるあの空間で見るべきものだったと。最後の客席入れ替えもあの石畳の上で踊ったわけで。毎年あの空間にいますが、(そして滞在中にある公演はできるかぎり見ますし、SPAC演目もかなりみています)あの空間故の作品だったのではないかと私は思いました。

セタパブの天井は青空なのですが、舞台から見ると照明の部屋で青空が隠れてしまって(萬斎さんなんとかしてください!)、それもまた残念だったり。でもきっとこの青空のイメージから観客席入れ替えを行ったのだろうなあと思ったり。
あの調光の窓とか。
セタパブの空間を改めて考えさせられました。
気がつけば私は舞台を見に行くときに空間をかなり見ています。
照明機材がどこにあるか、バトン、客席傾斜、自分が踊る劇場の下見だけではなく、見に行く公演(あるいは場所)すべてでえらくマニアな人になっています。

この場所でしかできないこと。
この場所のための作品、この場所だからできること、そういうものをみつけだすのはとても楽しいこと。きっとそういうことが好きなのでしょうね。




後輩へ

セッションハウスに行くと久しぶりの人にたくさんあってしまう。

その中でお茶大後輩にあう。
お茶大教務補佐時代に出会っているので気がつけば結構長い間縁がある。
現在彼女は某大学院で勉強中。
踊り続けることの難しさを感じているという。

お茶大の先輩は本当にすごい人が多く、研究、教育業と自分の活動を両立させながら続けている人がたくさんいる(中には育児も両立)。そういう先輩を見ていて思うのは、ダンスや踊りはいくつになってもできるということ。
若くなくてはできないこともあるけれど、
年を取ったからできることもたくさんある。
その間にどれだけたくさんのものを見、どれだけたくさんの人に出会い、最終的に自分の考える踊りに近づけるかということだと思う。
何を目指すかは人により異なるし、どのような自分の生き方を選びたいかはその人にしかわからない。ただいえることは終わりはなく、あきらめる必要はないということ。

発表の頻度はあまり大切ではなく、(まあ機会があればそれはありがたいけれど)最終的につくりたいものがつくりだせればそれでいいわけで、死ぬまでに納得できるものができればいいと思う。

ちゃんと伝わりきっていない気がしたので、ここに書いてみる。


箱女仲間になってしまった(ちゃんと宮島達男作品とのコラボレーション@埼玉近美)黒田なっちゃんにもあう。久々に盛り上がる。元気だ、そしてベラルーシに行くらしい。
ダンスを仕事として続けていくのは結構大変なことだと思う。というか元教員としては正直心配だし、やめた方がいいよと私はいいたい。私も今でもできるものならやめたほうがと思う。でも微妙にひっかかってなんとか続けているレアなケース。だから本当におすすめしかねる。ただ、思うのは、彼女には仲間達がいる。新しい世代としてひょいっとのりこえていってしまいそうな気がする。

踊るとはいったいなんなのだろうか。
なぜ人は踊るのか。



2012年11月19日月曜日

セッションハウス

セッションハウスでパラレタリウム(振付:井田亜彩実、竹森徳芳)をみる。
UDCアフターズという名前がついており、学生ダンス出身者が集まって作品制作を続けているシリーズ。もちろん作者がかわっていくので、作品も傾向も各回全く異なるが、こうして集まり作品制作できる場があるのはとてもすてきなことだと思う。

私が学生だった頃、学連はあったけれど、その後の展開というものはなく、個人個人で活動していく他なかった。たとえ舞踊科という特殊な学校の卒業生であっても踊り続けているものは少ない。それから10うん年、こうして自分たちで企画を立て、形にしていく子達が出てきてとても心強いと思う。自分の教え子世代(黒田なっちゃんと同期、竹森君は前にしおちゃんと踊っていました。)というのがちょっとこわい。
そしてだてに大学(あさみちゃんとかは中高から)いっていたわけではないわけでばりばり踊ってつくってきた身体はやはりすばらしいレベルだと思う。若いっていいなあ。

セッションハウスができたのは1991年。私が大学に入った頃にちょうど様々な企画が始まり、気がつけばここまで。
相変わらず、直子さんは優しく受付にいて、「また踊りにきなさい」といってくれる。多くのダンサーたちの帰る場所となっているのかもしれない。

かわらぬ場を持つこと、持ち続けることのすばらしさを感じる。



2012年11月18日日曜日

高尾へgo

高尾まで映像撮影にいってきました。
ダンコレおそとダンスなどでいつもお世話になっている御代田くん(映像)と落合君(ほんとはドラム)のつくる映像作品にエキストラとして参加しに。
太宰治の「グットバイ」をもとに1分のショートフィルムをつくるのだそうで、愛人役をさせていただきました。最近リアルに愛人役と愛人依頼があいつぐのですが、そうみえるのでしょうか。。。
とはいえ1分だからあっという間、ほんのちょっとだけです。
でもちょこっとアイデアを出させていただき、逆「コンタクトホーフ」ともいえそうなシーンをとってみたり、ドライアイスあそんでみたり、たのしませていただきました。
いいものができますように!


久しぶりにスカートをはきました。あと化粧しました。
化粧はラッセルカンパニー時代よりほとんどしないことで知られています。スカートも1年に1度はくかどうか。レアな機会でした。
化粧は「しづ」のほうで照明さんより「でこぼこはなくすくらいはしたほうが」といわれ、せねばならぬことになり、時々練習をしています。つけまつげをぜひとよくいわれます。

2012年11月16日金曜日

あたりまえのことをあたりまえにできるようにする

普通の人ができないことをするのか、あたりまえのことをあたりまえにできるようにするのかでは稽古も全く異なってくる。
「すごい」という驚きは大道芸にとってとても大切で、そのために日々研鑽する。間違いがあってはならないし、違うことはできない。日々同じことを繰り返しながらその芸を磨く。
今私がしていることは、きちんと立つことだったり、ゆっくり歩くことだったり、足の裏の感覚を広げることだったりする。この瞬間しっかり止まれるように。その瞬間意識を飛ばせるように。どこから身体をつなぐか、ひらくか、イメージをつくりつつ、外から見た自分を冷静に受け入れつつ稽古を続ける。
しづが和物なこともあり、最近は着物を着て(これも練習中)歩く練習もはじめた。歩くのは前からやっていたけれど、かなり確信犯的に継続している。そもそもできる限りゆっくり歩くというのは宮城さんからのクナウカオーディションの課題であったことも思い出す。歩き練習は今年の静岡から再開。Pieceでのりさんに「基本にかえるんです」といわれたときにああ、歩きだと思い出した。
日々発見していく。
シンプルなものほど学ぶことは多い。
着物版しづもやってみたりする。正直、着物についてはまだまだで、しかし正座、立ち方、振り返りなど和装から学ぶことは多い。
でも普通の人ができないことをしない限り誰も見てくれないし、生きてはいけないんだなあというあたりまえのことを学びました。



毎日しづに専念しているので身体に偏りが出てきたことに気がつきました。
右肩と左肩の下がり方が違う。
身体は日々進化する。
トレーニングとはその進化を一定方向に進めること。
作品作りとはそういう身体作りかもしれない。
でもその偏りは身体を壊す。今日は寒かったこともあり膝が何度かずれたりする。
偏った身体はあたりまえのことをあたりまえにできなくなる。
それを直してみる。

サーカスとは身体の偏向を進化ととらえ、追求していくもの。お客様の中にいる神様のために。ダンスにもそういう人たちもいる。それが普通なのかもしれない。
でも私はあたりまえのことをあたりまえにできるようにまずはなりたい。

「すべての答えは私の中にある、なぜみえているのに実現しようとしないのか、何に遠慮しているのか」とは友人の言葉。

あたりまえのことはあたりまえにできるようになることはない。
決してない。
なぜならその先があるから。
常にその途中であり、経過報告でしかない。
しかもできるようになってもあたりまえのところだから、見た人がわかるのか疑問だと思う。
つくりたい、踊りたい人が数多くいる。
私の感覚はそんななか逆行しているのかもしれない。






2012年11月13日火曜日

しづ照明下見

群馬から帰ってきていきなりですが、しづは照明下見がありました。
もう、かなり切羽詰まっていて、やってみたら思いっきり忘れててどうしようかと思いましたが、昏睡して朝早起きしてなんとか間に合わせ(家で練習)無事終らせることができました。
珍しく美しい感じの衣装(宮村泉さん作)をきています。ウエディングドレス並みにきれいです。
そして鉄則を押さえている点でIchIに近いかなり濃い作品になってきています。

野生の色を足してさあ、どうなるか。
とにかく今日は一回寝ます。(笑)

岩宿で踊る・眠りの群馬



東国文化周知事業 岩宿博物館20周年祈念"岩宿むら収穫祭''
一年に一回くらい様々な縁が重なって不思議な依頼がくることがあります。
今回宮沢賢治つながりで出会った西田さん(サーカス学校の校長先生)の紹介で「あまり難しく考えないで。人工的な自然のなかで、楽に踊って。」といわれ群馬へいくことになりました。

岩宿遺跡について残念にも無知な私は”旧石器時代”を調べるところからはじめました。
岩宿遺跡(いわじゅくいせき)は、群馬県みどり市笠懸町1946-1にある旧石器時代遺跡である。1946年昭和21年)頃、当時在野の考古学者であった相沢忠洋によって発見された。この発見によって、日本の旧石器時代の存在が証明された。これ以降、日本全国において旧石器時代の遺跡の発見が相次ぐことになる。1979年昭和54年)8月17日、国の史跡に指定された。
(Wikipediaより)

相沢さんという人は偉い人で行商生活をしながら、考古学に興味を持ち、旧石器を発見したが、なかなか信じてもらえなかったり、大学の先生の発見という扱いになってしまったりとなかなか苦労をしたらしい。

岩宿は確かにはじめに発見した遺跡でとても重要な場所ではあるが、残念なことに遺跡部分はあまり大きくない。そして旧石器時代というのがイメージがわきづらいせいか、縄文土器や住居、はてはマンモスの骨まで展示し(なお、群馬にはマンモスではなくナウマン象などがいたものと思われる)何でもありである。
ただ、このような遺跡博物館というのはそれほど多くあるわけではなく、この場所が考古学の発掘調査を行う拠点の一つであり、また一般の方々に広める重要な役割を担っているのは確かである。(なお、近隣の小学、中学生が学校の授業の一環で訪れ、槍投げや石器作りを体験できるようにもなっている)

ここの館長の小菅さんがこれまた詳しく(韓国の大学から招聘されるような人だとのこと)、詳しい解説をしてくれる。現在でもこの辺りの建て替え、造成を行うと必ず石器がでてくるとのこと。文化財の管理という点でもスタッフの皆さんは大忙し。

今回は当時の復元衣装を着せていただく。鹿革でできており、コート、帽子、ズボン(おそらく鹿4匹分くらい)。鹿に変身だ。
おまけに縄文土器のこれまた復元で、どう考えても太鼓だろうと思われるものを発見、太鼓の皮をはり演奏もしてしまう。(ちなみに太鼓ではないとすると酒器だそうだが、上部に穴がいくつかあいており、おそらく皮をとめるためのものだろうと推測)

鹿、といえば鹿踊り(ししおどりとよむ、宮沢賢治ファンとしてはししおどりのはじまりをおもいうかべるところ)なのだが、司会の方はしかおどりと読んでくれたので、そのまましかおどりになる。あばれにあばれて踊ってきました。

よんでくださった西田さん、関口さんありがとうございました。それから映像とってくれたながやさんも!それから見に来てくれたざくろさんも!


でもね、
正直、体力の衰えと、引きつける力量不足を感じました。
まだまだ修行が足りません。
やっぱりサーカス(大道芸)のひとの語りかけには負ける。。。
そして技はやはり大事だ。一般向けであればあるほどある種わかりやすい「すごい」は大事だ。


個人的にはドングリパンを食べそびれたことが悔やまれます。
古代米のおもちもどんぐりすいとんも野老(ところとよむ)焼きもおいしくいただきました。

そして帰ってきた昨日、私は昏睡しました。
正しくは帰る前から眠りこけていました。
滞在中も、移動の車も(群馬は日本一の車保有台数だそうです、なので本当に車文化。私は免許もないので、お言葉に甘えてのせていただきます)隙をみつけてはねている。これは前回きたときもそうで、どうも群馬は私を眠くさせるようです。
眠りの群馬。
また遊びにいきますね。


2012年11月9日金曜日

明日より群馬

明日より群馬にいきます。
群馬岩宿博物館およびサーカス資料館に滞在させていただきます。
そもそも岩宿遺跡を縄文時代の遺跡だと思っていた私はまずは勉強からはじめねばなりません。(日本史選択者だったのに。しかもセンター試験もうけたのに、常識がないというかなんというか)
相沢忠洋という岩宿遺跡発見者の本を読み、旧石器時代の変遷を読み、頭はぐるんぐるん。

前回みにいったとき、こんなところ(本当に大きな公園のような広場)でどうしよう、しかもハンドスタンド(逆立ち系)とかジャグリングとか見た目に華やかな他の人にくらべて何ができるんだろう、せめて音要素ほしい(TIOの人とか声をかけようとか本当に思ったくらい)とか考えていたのですが、なんだかそういうものはどうでもよく、のびのび踊るのがいいのではないかという気がしてきました。踊るというか、そのままいる。
水に出会うために。

こわいですね、、、
今までのパフォーマンスシリーズの中でも最もデンジャラスな(名古屋オービタルよりも)しかしある意味エキサイティングな予感がします。
とにかく明日いきます。さあ、何がおきるか。
お近くの方ぜひお越し下さいませ。
ざくろさん、おまちしています!(もしこれるなら一緒に踊りましょう!)



2012年11月7日水曜日

13番目の月

札幌踊りにいくぜに参加する教文コミュニティダンス部の作品のタイトルは「13番目の月」。今回のために1年間毎月ワークショップを行ってきて、その延長上に作品制作を行う。
チラシの作成に間に合わせるべく作品説明を書く。私ではなく、作、演出の櫻井ひろくん。(私はアドバイザーということになっています)はじめはどうなることかと思ったけれど、何度か話したり(今の世の中にはスカイプという便利なものがある)メールでやり取りをしながらやっとここまで。
さあ、これまたどんな作品になるのでしょう。
AMANOGAWAとも違うのだけれど、なにか共通するにおいをかんじます。

しかし久しぶりに字数制限との戦いを思い出しました。
なんていうんでしょう、神戸のあの暑い夏が染み付いています。。。こわいなあ。


教文コミュニティダンス部ではこの一年間を通し、毎月一回計12回この作品のためのワークショップを行ってきました。その全てのパーツを集めて紡いだのがこの「13番目の月」という作品です。
ダンサーも主婦も子どもも、ミュージシャンも女子高生も皆同じ空の下で産声をあげる。そして誰かが生まれた日には輪になって喜び祝い踊る。 やがて津波によって故郷を失い、家族を失い、嘘の神話を失った。残った仲間たちと火を囲み、上着を掛け合い、余った靴下を手袋にし、夜明けを待つ。
この一年で教文コミュニティダンス部の活動に参加してくれた方は300名を超えます。その中で私たちは皆が一つのグルーヴとなって存在する事のできるダンスを探してきました。その私たちなりの答えが「13番目の月」です。

札幌チラシできました。

札幌チラシできました。
正しくはキノコチケット札幌支店の優秀な妹のサポートによりできつつあります。
さあ、どうなるのでしょう。
だんだんと札幌以外の方が集まりつつある今回のイベント、どきどきです。
皆様よろしくお願いします。

即興セッション、参加したい人声かけてくださいね。



2012年11月6日火曜日

太宰治「グッドバイ」

いつも木野作品の映像を撮ってくれている御代田直樹君と、おそとダンスでドラムを叩いていた落合強君が短編映画を作り続けている。次の作品は太宰治「グッドバイ」をもとにとのこと。
10人くらいの愛人に囲まれ困る男の話し。太宰にしては珍しくコメディ路線の作品です。しかし本人が死んでしまったので未完。(つまり遺作なのです。それでタイトル「グッドバイ」ってすごいなあ)

ダンサー募集中。女子のみ。(女子に見える人ならありかもしれません。要相談)愛人役。でもサイケに踊ってしまう(→このあたりが疑問)らしい。
ギャラは出ませんが交通費と食費は出るらしい。撮影は11月17日。
このBlog見ている人はきっと私の知り合いというわけで興味のある方ご連絡ください。
http://golaikou.com/?p=177

箱女のはなし

先ほどちょっと箱女の話しが出てきたので、追加をすると
Facebook情報によれば黒田なつ子ちゃんが埼玉近代美術館の展示の中で踊るらしい。(11月10日)しかもロッカーの前で。(MOMA展示だそうです)

箱女を私がつくったのはちょうど彼女と同じくらいの年の頃だったんではないだろうか。ちなみに私の箱女は掃除用具入れのような大きさで完全に私は中に入ることができる。さらに映像のバージョンで「キノハコノコ」(川崎市岡本太郎美術館with ヒグマ春夫)と「箱女」(赤レンガ倉庫1号館ホールwith城戸晃一)の2つの作品に進化した。
変な作品だったけれど、私の中では名作。

しかし昔の教え子が箱につながるというのは感慨深すぎる。
すごい気になるけれど、群馬にいるのでみにいけないです。だれかみにいって感想を聞かせてください。

生音楽とともに踊る

八木さんとのリハがない間も、これまでの八木さん演奏ビデオ(毎回の練習ごとに録音しyoutubeなどに入れ管理。便利な世の中になりました)とともに練習をする。
即興なので、毎回異なるが、おおよその流れは決まってきている。

八木さんCDもある。楽曲として完成しているし、それもとてもすてき。特にseventeenはかなりきいている。
しかしCDの音楽で踊るとどうしても音楽にのせて踊る自分になる。

つまり音との掛け合いというのがない。
楽曲とはちゃんと隙がなくつくられたものであり、そこに入る余地はない。入るのではなく上にのることはできる。でも本来は気配や間合いや、私から生ずる音をうけて八木さんも変化していく。そして2人で(照明もはいると3人か)この世界をつくるのではないかと感じました。

そんな理由で生演奏の作品がつづいています。

忙しい人が多いのでなかなか大変なのですが、話しをしてみるととても面白いです。全く違う感覚を持っていたりするので、勉強にもなります。


おまけ
友人の音楽家に音楽家だってパフォーマーだといったらパフォーマーほど信用できない言葉はないとおこられる。パフォーマンスとは何かといったときにようわからんと。
私はダンサーだ、けれどアクターでもあり、パフォーマーでもあり、もしかしたらそのうち歌とか歌うかもよと話してみたがどうなのでしょうね。



しづリハ

今年の後期は仕事量を減らしたこともあり、「しづ」に没頭できる日が増えている。そういうときにも1日一回は外へ出ることにしているが、家で作業できるようになったこともあり、本当にひきこもる。
ずっと踊っているのかといえばそうでもなく、本を読んでいたり、民俗芸能のビデオを見たり、しかし基本的に「静」モードになっている。
静御前についていろいろ調べ、本などを読んでいくうちに静は踊りたくなかったし、踊る必要がなかったという根本的な所にいきつき、動けなくなってしまったりもする。
三浦さん(照明)宮村さん(衣装)に見てもらいつつ、迷走を続ける。

振り付けは運動を固定し、感情の再現をしやすくするための方法。
しかし本当に感情や霊的な感覚は再現できるのだろうか。
自分を冷静に見るもう一人の自分がいて演じるというのは世阿弥より通じる芸能論の基本。私ともう一人との対話を私は長らく続けてきて、しかし100%できるわけではないし、ぴんとこないこともある。その保険のように振り付けがあるのだけれど、しかしそれをたどっていってしまうと、自分から動いてしまい、そういうものに気がつけなくなってしまう。些細な、でも本当はすごく大切なこと。
私の作品では必ず即興的要素がのこされていて、それも練習を繰り返すうちにだいたいなにをするかは決まっている。でも、それでも完全には決めないで待っている。
そしてずっとその瞬間に出会うために踊り続けている。

箱女は箱がその役割を演じてくれた。
IchIはわかりやすく、そういう存在をつくるべく2人で演じた。
never let me go はコートちゃんがいてくれた。
しづは私一人でもうひとりが見えるようになるかを考えている。

ラッセルさんが私の手の先に見てくれたものをきちんとみせれるように。

振り付けのその先へ。

2012年11月2日金曜日

私は振り付けを覚えることが苦手です

今日、人に声をかえてもらったこともあり、某企業のイベントのオーディションにいく。
あまりにも面白そうだったので誘いにのってしまったが、正直私は「振り付けを覚えることが苦手です」
ダンサーなのになんということか、という人もいそうだが、クリエーションから携わる場合、必ずしもすごい振り覚えがいい必要はない。でも生き延びるために最小限覚える能力は必要だし、できないと困る。
なのに、本当に苦手だ。

ちなみに今日は楽しい感じで、明るい花のようなといわれてはいたけれど、
今日もあまりに間違えるので楽しくなってきてしまって、本気な笑顔とめっちゃ楽しそうな感じだったが、職業人としては失格だ。

なぜ覚えられないのか。
でもこれでもかなりましになった方だと思う。
ラッセルワークで苦労はしたけれど、かなり鍛えられた。でも普通のダンサーさんのレベルではない。
振り付けだけではない。台詞、人の名前、記憶すべてがおちていく。

その代わりといっては何だが、何度同じ振りを繰り返しても、新しい何かを発見していく。振り付けはシンプルに。最小限のことを繰り返していくだけでもいろんな発見をしていく。そもそも振り付けとは何のためにあるのだろう?と考えるにいたったり、振り付けを利用しない演出を考えだしたり、それはそれで面白いこと。

しかし一緒にくんでしまったダンサーさんには申し訳ない。
楽しいひとときではあったけれども。



イギリスにいるころ、友人ダンサーに誘われて2、3回オーディションを受けにいったことがある。あるダンサーはオーディションは出会うための場所だからといい、あるダンサーはワークショップを受けるつもりで、ただなんだしという。私はがんがんうけまくってあたりまえのみんなの中にいて(それはラッセルカンパニーの中でもあった)、あまりの振り覚えの悪さ具合とコンプレックスとでまず受けにいくことがなかった。もったいないことをしたともいえる。

できなかったこと、
それもまた発見だ。
できるために努力をすることもある。
できないゆえの何かを見いだすこともある。
オーディションとはそういう場所。

そして自分のまなざしを大切にしようとおもう。





越境する身体

なんと東大駒場キャンパスで講演しちゃいます。
先日伺った山田せつ子さんの講演と比べると、その半分くらい(年齢というよりはたどっている軌跡が)のところでうろうろしている私が話していいのか不安なのですが、何でもやってみるしかありません。

こうして私が何をしてきたのか、何をしようとしているのかを考えるのは、実は自分にとってとてもいい勉強になります。今、何をしなければいけないのか。

ちなみに写真は「かめりあ」のもの。
担当してくれている内藤さん(元美術家)のセレクトです。

2012年11月1日木曜日

しづご案内文

「しづ」
静御前の舞をテーマに、八木美知依さん(箏)と三浦あさ子さん(照明デザイン)、宮村泉さん(衣装)を巻き込んで作り上げます。
日本の美しさは海外在住時代から追ってきたテーマで、舞踊の根源を問う意味で白拍子の舞いは非常に興味がありました。いろいろ調べてみたところ伝承されているものはなく、現在行われているものも研究により近年つくられたものだそうです。
2009年鎌倉のギャラリー招山さんでのパフォーマンス「響庭」をベースに即興性を持たせつつも作品としてつよい強度にするべく、身体作りから行っています。今回間に合うかどうかはわかりませんが、なんとなくこれについては長期戦ととらえています。「立つ」とか「歩く」とか基本に戻ってきました。
ここ数年追い続けている即興音楽との作品作り、照明へのこだわり、日本の美しさ、身体の捉え方、遠くにいる人へいのる気持ちすべてがつながっている気がします。
ご多忙とは思いますが、お時間おつくりになってぜひお越し下さい。


日時:2012年11月30日(金)19時/12月1日(土)14時・18時
場所:神奈川芸術劇場大スタジオ
なお、同日には乾直樹さん、昆野まり子さん、高岡由美さん、松本大樹さん(それぞれ20分)の作品が並びます。上演順は4作品目(間に休憩が入ります)。
チケット料金:3000円
チケット取り扱い:kinokoticket@hotmail.com(キノコチケット)もしくは木野まで


"Shizu"
My new piece title is named from Japanese famous Shirabyoshi dancer SHIZUKA GOZEN.
This work is collaboration work with Michiyo YAGI( 17 strings 20 strings KOTO), Asako MIURA(Lighting design), Izumi MIYAMURA(Costume).
We had gallery performance in Shozan( KAMAKURA), 2009, and I try to develop to theatre work.This work is including Japanese beautifulness, body consciousness, and also hope to happiness who lives somewhere else, like my work "IchI"(Place prize 2008).

2012年10月30日火曜日

35歳未満限定イスラエルの奨学制度

イスラエルはコンテンポラリーダンスの国である。
今年もバットシェバとインバルピントというビッグカンパニーが日本にやってくるが、とにかくダンスに熱いのだそうだ。
イスラエル大使館内田さんよりこんなお知らせが。
私は既に年齢オーバーですが、ご興味のある方ぜひしらべてみてください。


今年も募集しています!イスラエル政府奨学金 締切は1130日。
今年の目玉は奨学金支給対象機関にThe Jerusalem Academy of Music and Dance (エルサレム音楽ダンス学院?)が入ってきたこと。応募資格は4年生大学学部卒業以上35歳未満です。細かい条件などご興味ある方は大使館文化部までご相談ください。

2012年10月28日日曜日

山田せつ子さんの講演

山田せつ子さんの講演を聴きにいく@東大駒場
東大駒場のUTCP総合文化研究課共生のための哲学研究センター
(http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/)主催
そもそもこんな団体があること自体が知られていない。
なので参加者もあまり多くなく、かなりびっちり中身の濃い内容で面白かった。

その昔学生運動の話しや舞踏に出会った頃のこと、作品の作り方など様々な話しがあった。そして後半はワークショップ。
個人的にはソロからスタートしてなぜグループを率いることになったのか、教えることについてどう思うかなどもっと突っ込んでききたいところだったが、あっという間すぎて聞きそびれてしまう。
そしてもっともきいてみたかったのはなぜダンスだったのか、そしてなぜジャンジュネの話しを「ダンス」にしなければいけないのか。

誠実に、そしてダンスがとても好きな人なのがよくわかった。
またものすごい信念のようなものを感じた。

私、大丈夫なのだろうか。。。ますます不安。(次回12月は私が講演します。)


おまけ
ジャンジュネ、一応フランスにいたこともあり、きにかかって読んでみる。またその周辺の作家も結構よむ(でも日本語で)。


おまけ
今日ワークショップでやったもののうち、指から感じるワークがかなりやばい。正しくは私は既にそのことを知っているし、だからコンタクトワークが苦手なのだけれど、ちょっとくんだ相手があっていたのか(逆にまずかったのか)、「きちゃったねー」という感じになる。その感じはどうにも伝えれるものではなく、さらに再現性もないだろう。でも確実にやばい。



個人の記憶

Sound live tokyoをみる
本当は山下残さんのSTで見れなかった作品を見に。
でも個人的にはティムエッチェルスの展示が気になる。

個人の思い出に残っている曲をメッセージとともに紹介してもらうプロジェクト。
それぞれに青春の思い出だったり、父との対話だったり、ペットの猫のことだったりが語られる。

社会を取り上げる上で、私は個人の記憶や思い入れにフォーカスをしそれをつないでいくという手法をとるしかないような気がしていた。AMANOGAWAプロジェクト(https://sites.google.com/site/amanogawaproject/)から巣鴨教会「からたち」への流れはそういうことで、AMANOGAWAを舞台で発表するためには私も自分のことを語らねばならなくなったということだった。(それも個人のことを語りつつ、しかし深くしないで一般的な経験につながるところを選んで述べるという荒技)

たまたま今日の演目にはfryday(工藤冬里)というある金曜日に起きたことをのべていく曲というのがあり、それもまたつぼ。

社会、世界はひとりひとりの全く異なる人間の集合体であるというあたりまえのことに目を向けるということ。

それもまたまなざしだと思う。

帰りがけ上本君(AAPA)とともにAMANOGAWAについて話す。
AMANOGAWAは一般の人が参加しているという点でコミュニティダンスと思われる。しかし大きく違うということ。それはその人の言葉が大切で、それをえるための身体ほぐしでしかなく、最終的にそれぞれの人のための作品であるところ。
楽しく踊るということではない。でも確実に何かがある。そこが私の作品であるところ。
なおかつ「みる」ものとして成立させるということ。

AMANOGAWAは私の作品であり、確実に意思が働いている。



先日アジアのダンスについて語る会をダンストリエンナーレの一環で見てきたときに
「個人的な物事を追求しても社会にはつながらない」という言葉が出てきた。
そしてアジアの各国には社会問題を解決するために踊らねばならない事情があるということも見えてきた。その昔(それこそ今日の山田せつ子さんの話しによれば)日本もそうであったわけで、その時代に生まれた舞踏やパフォーマンスはやはり強烈なものであったわけで。
しかし現代において何ができるかといえば、私は未だ見えてこない。
社会を切り取るために個人を突き詰めていくことでしかないような気がしている。
私の記憶を利用しつつ、他者の記憶と並列していくこと、そして視点を広げさせること、「からたち」で起こしたことはそういうことだった。
私から家族へそして社会へ。

それぞれの人が自分の記憶を大切に思えるように。




2012年10月25日木曜日

あざみ野ギャラリー

あざみ野ギャラリーにて山下残さんの大行進をみる。
この作品KAATで前にみたはず。
今回ギャラリースペースに展示を行い(美術カミイケタクヤ)、平日はほぼ毎日パフォーマンスをするのだという。酒井幸奈ちゃんと梅田宏明くんの作品もあり、毎日誰かが何かをしている(どうも一回いったら全部見れるというわけではない)。
踊りにいくぜ札幌以来、結構な確率で見続けている作家さんの一人。京都在住なのに、ほとんどの活動が横浜というのも不思議。(てっきり横浜に移住してきたんだと思ったらそういうわけでもないらしい)
作品は即興的に話しているみたいだけれど、実はすべて決まっていて、このこはここ、このこはここという置き場所(作品みればわかります)もすべて決まっている。
またきてね、といわれて、内容とか中身知っているとこの作品の場合どうなんでしょう、ネタバレでは?ときくと、山下さんは「お客さんが違うと間合いとか雰囲気とかがかわる」のだそう。来月11日まで。また行けるのかな。平日限定だから、普通の人はなかなかいけなさそう。


2012年10月24日水曜日

牧野先生踊る!

私の経歴には牧野京子に師事という言葉が入っています。
実際にはお世話になった方はたくさんおり、牧野先生だけに師事したわけではないのだけれど、まあかなり古くから知っていてくれていて、しかも札幌出身なこともあり孫のようにかわいがってくださっている先生です。

先生は滅多に踊らない。
稽古でも適当なことを言って(すみません!)こんな感じで伝達してしまう。
万が一踊ろうとも、そのビデオごと封印してしまうため違うシーンで踊っていた自分たちの映像すら見れないまま、近い弟子ほど先生の踊りを見ることはできない状態がつづいていました。
そんな中、冴子ちゃんの作品の中で久しぶりに踊ったのです。
私が最後に見たのは「銀狐」という笠井叡さんの作品(当時60歳以上のダンサーを集めてつくられたある意味伝説の作品。そういえばその中で中心となって踊っていた牧野先生の先輩、若松美黄さんも亡くなってしまった)以来。本当に珍しいこと。

先生はやはり美しく、いい舞台でした。
手の作り出すラインが全く異なるのです。
「死んで生き返ってが何回もあって大変なのよ」とか「自分の死ぬときの練習みたい」とか散々いっていましたが(そして先生も振り覚えがあまりよくない方で私たちはドキドキしながらみていました)よくぞ踊りきったものです。
そしてみせて下さいました。

いいものをみました。
先生がつくってきた作品にもMother、緑の茎など母への思いを綴るものがあり、それを踊ってきただけに、感じ入るのかもしれません。
とりあえず弟子(うちの稽古場の人全員集合な勢い)たちは涙がとまりませんでした。

適度な距離感のある冴ちゃんだからこそつくれる作品。
そして今だからこそ出来上がった作品。
これもまた出会いなのだろうと思いました。



しづ照明下見

本番は11月30日だけれど何と昨日が照明下見1回目。@国立青少年オリンピックセンター(おそらく八木さんがこの環境にびっくりしていたので、きっとBlogにアップしてくれています。森の中にこんな施設が!でも都内!という驚きの環境です。)
照明下見というのはスタッフさんにこんな作品ですというのを見てもらい、それを参考に照明プランなどをたてていただくための場。今回私の作品は照明を三浦あさ子さんにお願いしているものの、全スタッフさんにお見せしなければならない。
本日「しづ」ブレーンすべての方がお集り下さいました。
照明三浦あさ子さん、衣装宮村泉さん、そして八木さん、旦那さまのMarkさん(音響にとても詳しいです。なんと当日もスピーカーを持ってくることになりそう)。心強い皆様です。終ったあともああでもないこうでもないといろいろ話し、イメージを膨らませ、次へ向かいます。

しかし八木さんが本当に強力です。
がんばらねば!

2012年10月21日日曜日

八木リハ③

八木美知依さんとのリハーサルも3回目になり、来週の音響照明合わせにあわせて、いくつかの変更を行いつつ、再び試す。
振りの一部を固定しつつ、即興のところもあり、また戻すところもあり、毎回通しをするごとに録画し、見返していく。youtubeにあげ(限定公開モード)でシェアしていく。
IchIのころからyoutubeとスカイプのお世話になってきたが、便利な世の中になったものだと思う。ドイツやフランスにいる友人と映像も交えて話すこともできる。(振り付けをみせたりもできる)今起きていることをライブあるいはそれに近い形で伝えることができる。ちょっと前まではビデオを送ろうにもPALだNTSCだともめていたわけで。日数もお金もかかっていたわけで。ありがたい限りである。
その一方でその便利さにより失ったものもあるのではないかという牧野先生の声もある。
見た印象はその観客の記憶になって残る。美化されようとなんだろうと。それにより広がっていくものもある。

つくっているものは超アナログ、むしろ世間の流れに逆行。
でも今だからできる作り方。
そんなのもまたコンテンポラリー。

2012年10月20日土曜日

一生懸命

一生懸命に演じるということ。

今日某短大の学校祭にいって指導している学生さんたちのダンスをみてきました。およそ30分の演目を60人近くで踊る演目が2種。それぞれに趣向を凝らし、テーマに基づいて一生懸命つくってきたもの。中心になっている学生だけではなく、みんなで作り上げた作品。
私は週に1、2度しかも最後の追い込みの時期に関わっただけなのですが、つくってきた過程を知るだけになかなか感動的な時間でした。

しかしながら一つ残念なことを言うと、そのような小さな学校祭であっても、怪しいカメラをもった人がいる事実。立ち入り禁止の中に入り込んで着替えを撮影しようとした人がいたり、明らかに盗撮をしようとした人がいたり、私が学生のときからそういう人がいないわけではなかったのですが、(私の学校が女子校だったせいかもしれません)非常に悲しく、残念に思いました。

必死に踊ることができるということ。
それだけでもとてもすてきなこと。

2012年10月19日金曜日

着物の着付けを学ぶ

「しづ」のこともあり、前々から友人と行く約束をしていた着付け教室にいってみる。
たっぷり4時間半、帯は結べないが、おおよそ着物を着ることができるようになった。
(すべて一気に教えていただけるので、ありがたい)
成人式にも、卒業式にも結局着物は着なかったし、今回もタンスに眠っていた母もしくは祖母の着物をお借りしたのでちょっと外に着ていけるかんじではないが(もし外に着ていこうとするとすべて買い直す必要がある。草履などもふくめ)合わせの感じ、着崩れないようにする工夫など学習。姿勢が変わるなあと実感。
前から浴衣の着方はしっていたけれど、細かいチェックポイントがいくつもある。
そもそも襦袢ってなんですかというところからスタートだ。大変だった。

着物を着なかった理由はいくつかあって、私のサイズはなかなかないということも大きい。いくつかきさせてもらったものでも、裄、丈ともに出さないと(それでも通常のお店に並んでいるものでは出し切れないことが多い)とか太っている方用の特注反物でつくらないととか、いろいろお話を伺う。ふむふむ。
私の身長は169cmくらい。今の時代だとそれほど「すごい背が高い」わけでもない。それでこんななのだから、世の中の背が高い皆さんはどうしているのでしょう。

ともあれ、着方を忘れないよう、しばらく毎日練習。
まあ、これも歩き方、立ち方の稽古の一つ。




2012年10月16日火曜日

10月27日山田せつ子さんの講演が東大であります

10月27日山田せつ子さんの講演が東大駒場であります。
なんと無料、ワークショップ付き(ただしワークショップ内容、講演ともに東大の学生、研究者向けですが、外から来た人も参加できます。)というお得な企画です。
実はこのシリーズつづいていて12月にはなんと私もなにか話すことになっています。(来年1月か2月に山崎広太さんの会もあるらしい)今日はその打ち合わせに備えて、木野過去作品のリストアップとテーマの変遷および近年の方向性を紙にまとめる作業をしてみました。私に関していえば心配ですが、山田さんはよき先生(京都造形大客員教授)なのでぜひおすすめです。
この企画を立ててしまった内藤さんは元美術作家、昔はダンスとのコラボレーションもよく行っていたらしい(広太さんとはバイト仲間でもあるらしい)ですが現在はばりばり研究者という変わり種です。





教養学部付属「共生のための国際哲学研究センター」(UTCP
20121027日(土)14  
入場無料
東京大学駒場キャンパス  東京都目黒区駒場3-8-1
コミュニケーションプラザ   身体運動実習室1
大学生協の建物3
かんたんなワークショップがあります。着替などの必要はありません
 
山田せつ子( ダンサー・コレオグラファー )
明治大学演劇学専攻在学中、笠井叡主宰「天使館」で即興舞踏を学ぶ。独立後、ソロダンスを中心に独自のダンス世界を展開し、日本のコンテンポラリーダンスのさきがけとなる。1989年にダンスカンパニー枇杷系を主宰。2000年~2009年、京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科教授をつとめ、次世代のコレオグラファー/ダンサーを育てる。現在、同大学舞台学科客員教授、舞台芸術研究センター主任研究員



ダンサーは身体をどのように知覚していくのだろうか?
コンテンポラリーダンサー・山田せつ子氏の講演と
舞台映像・ワークショップから解体していく

2012年10月15日月曜日

10月なのに日焼け

10月も半ばになりました。
が、丸一日外で学校祭のマスゲームの指導をしていたら顔が真っ赤っか。日焼けしました。皆さんに指摘されるほどになってしまいました。情けない。そしてちょっと痛い。
幼稚園の先生になる学生さんたちということで、テーマもLife( 人の一生を赤ちゃん、学童期、成人期、老人に分けて表現)とか、様々な国(なぜかアメリカ、アラブ、ブラジル、フィンランド)が日本を助けにくるとか非常に明確で一生懸命つくっています。ただ、なにぶん大人数での作品制作なのでTA( teaching asistant) が入り手助けもしています。今度の週末が本番、最後までがんばって!

気がつけば右ももも痛いです。
Pieceのときにのりさん代理としてたたき続けていたせいかと思っていたのですが、どうもそうでもないらしい、、、。痣はないけれど、麻痺にちかい感覚のロスがあります。無意識かでたたいているんだろうか。。。

青山の合唱団(追記10月16日)

青山子供の城、青山劇場、青山円形劇場の閉鎖はコンテンポラリーダンス業界では大きな影響を与えているが、ひそかに青山子供の城の合唱団の話しをしたい。
子供の城には音楽や造形のセクションがあり、音楽セクションに属してある青山こどもの城児童合唱団。吉村温子先生の指導のもと元気に活動している。
ダンストリエンナーレ最終日には川村美紀子さんの振り付けで踊りつつ、歌っていた(川村さんが作詞作曲する。かなりシュール。でも面白い。個人的にパラパラの歌はぜひパラパラを踊っていただきたかった)。吉村先生元々ミュージカルをなさっていることもありかなり柔軟で、こどもたちもすくすくのびのび育っている。(でもちょっと緊張していて、もうちょっと練習させてあげれていたらよかったかもとか空間移動とか工夫できたかもとか密かに思う。)
杉劇リコーダーずのこどもたちを思い出す。(杉劇もそうだったけれど練習期間が限られていたりしてなかなか難しいのもよくわかる。でもとにかくおもしろかったです)

青山のミュージカルも何度か見せていただいていて、ウィーンの少年合唱団に入った子がいるなどお話をたびたびきいていて、こういう歴史というかつづいてきたものもなくなるのかと思うと正直残念に思う。

場所を変えて残っていくなどの可能性もあるだろうが、ここまでそだててきたものがなくなってしまうのかと思うと残念でならない。高谷さんの声が聞こえるからだろうか、このような人のつながりは大切にすべきではないかと思う。

追記
青山署名運動はじまりました。
詳しくはこちらを。http://www.change.org/kodomo-aogeki




2012年10月13日土曜日

八木リハ②

八木美知依さんとのリハはつづいています。
毎週あうたびにいろんなお話をし、いろんな模索もしています。
前回はとうとう歩いていただきました。簡単なストレッチと身体のほぐし方、歩き方講義(笑)、のりさんにつづき、みせる音楽家になっていただきます!
八木さんBlog:箏の次第(http://michiyo-yagi.cocolog-nifty.com/)にちょっとずつのせていただいています。ありがとうございます。

八木さんの旦那さんマークさん(ジャズの評論家さん)が友人の三宅冴子ちゃんをしっていてびっくり!世の中狭い。八木さんも過去に石村弘子さん(実は小学校時代の私の先生)、加藤文子さん(現在はシカゴに在住のダンサーさん、作品に出させていただいたこともあります)と様々にダンスの方と作品作りをしているせいでしょうかどんどん人がつながっていきます。

そもそも今回なぜ「しづ」というタイトルなのかといえば静御前の舞いにヒントをえて。2009年に響庭で由比ケ浜のギャラリー(招山)でパフォーマンスを行ったことに起因しています。またご一緒できることを感謝して。毎回のリハを大切に過ごしたいと思います。

ぜひみにいらしてくださいね!

アトリエラーノとモノクロームサーカスWS

私は相模原市にすんでいる。
政令指定都市になったものの、ダンス公演やダンス仲間はあまり多くない。その相模原のとてもご近所にいたAAPAの永井・上本夫婦の紹介で(実はこの10月より都内に引っ越してしまいすごく寂しい。せっかくの踊り・呑み仲間だったのに、、、)アトリエラーノさんに出会うことになった。
ラーノはエスペラント語で「かえる」。
主宰の橋本さんは作曲がメインなのだけれど、気がつけばモノクロームサーカス公演で踊っていたりするらしい。(愛知芸大で教えていることもあり、なぜかオービタルリンク@名古屋もみたらしいことがあとから判明)家の近所の「おださがプラザ」でワークショップを開くというのでいってきた。
個人的にはコンタクトワークは苦手である。
ラッセルカンパニーがコンタクトインプロを基本テクに入れていたこともあり、基礎はやっているものの、できればさけたいと思っているが、「コミュニケーション」のためのダンスを考える上で触れざるをえない内容。勉強になりました。
なぜコンタクトワークが苦手かといえば触れることで相手の思念がきてしまうこと(これがわかる人はあまり多くないのだけれど)と相手によってちょっと気持ち悪い(例えばセクシャルな)触れ方をされること。ちゃんとわかっている人たち、なれている人なら問題はないけれど悪いエネルギーをもらって動けなくなるみたいなこともあって個人的にコンタクトワークはさけて通っているところもある。
本当に導入が大事だなあと実感したワークショップ、面白かったです。
でも多分一般の人(学生やこどもたち)にはもっとシンプルなことでいいのかもと思ったり、ヒントをたくさんもらって帰ってきました。

橋本さんの奥さんはフォルテピアノの奏者(楽器が実家にあることもあり実家近くにアトリエを開くことになったらしい)。ますます音楽家のひとつながりが増えそう。
(橋本さん自身もSentivalでお世話になった鳴海さんの劇団に音楽提供していたり、意外に縁がある人なのです。逆に言えば世界が狭いとも。)


アジアのダンスとブラジルのダンス

ダンストリエンナーレが開催中である。
お世話になったこともあるが、興味深いプログラムが山積み。時間があれば青山に行くという状態がつづいている。
ある日、青山で開かれたアジアダンスを紹介するフォーラムとブラジルから来た振付家リアロドリゲスさんのワークショップを続けて受けた。(ただしワークショップは通院の都合もあり2日のうち1日しか参加できず、ちょっと残念)
正直まだまだ貧しい地域が多い。今回の話しでも都市部の中にスラム街が620もある(ブラジル)などの現状を受け、それ故にダンスを「しなければいけない」、ダンスを「広めることで社会を変える」という意識が高い。
実際にリアさんは学校をつくるなどの活動を行っているし、フィリピンのマイラさんはフェスティバルを開催している。
さて、日本で、そこまで切羽詰まって「ダンスをしなければいけない」人がどこまでいるのだろうか。社会の情勢、世界との関係、そのぎりぎりのところにいるだろうか。
アジアやアフリカ、南アメリカのダンスの面白さの本質はそこにあるのではないか。

同時にオリエンタリズムというか異国性の話しも話題に出た。
日本の独自性、面白さ、ヨーロッパの資本に合わせるならばもっとわかりやすく日本を打ち出した方がいい。でもそれでいいのか?ということ。(例えば伝統舞踊をアレンジしたり)

つまり最終的に「人(私)はなぜ踊るのか」ということと関係してくる。
「楽しいからおどる」それだけでいいのか?
今の日本にいてつくるもの、つくらねばならないものとは何だろうかと考えさせられる。


たまたまだが、舞踏の初期の頃の話しを牧野先生と話し、あの時代は戦争が終わりそれまでしめつけられていたものが一気に自由になり飛び出したという話しをしていた。当時必要としていたものと今必要なものは違う。今何をしなければいけないだろうか。

おまけだが
リアさんのワークショップで最も興味深かったのは
話すことが既に作品作りだということ

マルティンナッハバーさん(ドイツ)のワークショップで最も興味深かったのは
ドイツ表現主義を今の身体でやってみること
また、それはとても舞踏の感覚に近いということ


2012年10月7日日曜日

Pieceなみなさま

Pieceに参加してくださった皆様を勝手に紹介、というか感謝の気持ちをこめて。

音:田中徳崇(ドラム)
見に来た皆様に「どこの人!どこでみつけたの?」ときかれるのですが、そもそものきっかけはIchIの青山トリエンナーレ再演のときにパーカッションがいなくて探していたときのこと。おそとダンスとAMANOGAWAの上地君とアメリカシカゴにいる加藤文子さんの紹介でした。その後ユーグ(フランス人チェリスト)、八木さん(箏)などともつながり、即興世界狭いぞというのを実感しました。3年前青山リハで「段ボールたたこうかな」とか言っていたのりさん、今回も面白い言葉をたくさんのこしてくれています。(そういう言葉は作品のヒントとなるので内緒です)
「1+1=3」というトライアルピースをアルテリオでつくったときに関わってもらっていて、その上演ができていないので、今回再度お願いしたのですが全く異なる作品となってしまいました。さらにとうとう舞台上を歩くことに。
普段舞台の上を歩くことはないわけですごーくすごーく悩ませてしまった気がします。ゆっくり歩くを「ここからここまでが約10歩で1分かけるには1歩あたり6秒で」などと分析をするところ、ただ者ではありません。(思えばドラムという楽器は1秒をいかに分節していくかというところもありとても数学的なのかもと思います)そして悔しかったのか隠れて練習してきたりするところもちょっといいです。(九州男児は負けず嫌いです)
でも本当は
「1から100を演奏する人はたくさんいるけれど、1から0の無限の可能性を表現しうる人はなかなかいない」
という言葉に言い表されているような気がします。
尊敬と信頼をこめて。


光:戸井香織
私のヨーロッパにいた時代(彼女は札幌に住んでいた)をのぞいて、ほとんどのきの作品に関わるきのブレーンの一人、かつ大学時代からの親友。
彼女自身は踊らないが(在学時もそんなにばりばり踊る方ではなかった)、一貫して冷静にみつめつづけるその姿勢はとてもありがたい。今回人がいなくてたまたまという以上に、もしも光という役をつくるなら戸井さんしかいないと思っていた。
観客が見るすべてのダンスは光りあればこそ。光によって観客の視点はコントロールされる。タイムキープも含め重要な役割であり、彼女なくしてはこの作品は成り立たない。
感謝をこめて。

動き:oeuf
oeufウッフ、フランス語で卵の意味。大学時代の友人は10年近く踊らず隠れていて、同したかなと思って掘り出してみたら卵になっていた。その間出産、育児様々なことがあり、しかし今回のリハーサルでたくさん話し、また今回の舞台でスパークし、「踊ろう」と思ったらしい。今のウッフさんは生きなきゃと踊らなきゃが一緒のとてもいいとき。それを紹介しなければと今回の作品になったところもある。
作品冒頭の光をあてるところ、目をぱっちり開けるとき「目覚め」だと思う。
後ろに回って背中に光をあてるところ「天使のはね」だと思う。
どこまでもとんでいけますように。
終演後他のダンサー(主にkentaro!と瑞丈くん)たちに触発されたのか、名古屋オービタルにも乱入。これからが楽しみ。
希望をこめて。

付け加えてくとウッフさんは「きのさんの専属ダンサーですか?」ときかれるらしいのですが、そんなことはないです。きのさん普段ソロがほとんどです。ウッフさんにご興味のある方ぜひ踊らせてください。きのも別に自分の作品以外でも踊ります。ダンサーとしての依頼も受け付けます。(ただし練習期間など要相談、振り覚えは悪いです)

ウッフ、戸井、きのは大学同期(濃いなあ。でも私や戸井さんは大学内では薄い方だったので他のメンツはさらに濃い)、のりさんも一個違い。心強い同年代です。本当にありがとう。

オービタルリンク


オービタルリンクについて。
初名古屋で書いたオービタルリンクについて補足説明しておきます。

2012.10.03@名古屋

正式名:オアシス21開業10周年・愛知芸術文化センター会館20周年・愛知芸術文化協会設立20周年記念イベント オービタルリンク名古屋セッション(でも覚えられないよね)
1998年に名古屋から始まり、岐阜、大阪、京都、フランスとめぐり、実験と出会いの場として機能してきた即興の会、オービタルリンク。今回は、くじびきによるダンスと音楽、映像の予測不能なトリオ集。
木野彩子(ダンス神奈川)
黒子沙菜恵(ダンス大阪)
長谷川哲士(ダンス)
Ray Nakazawa(ダンス三重)
Oeuf(ダンス埼玉)
稲葉雅巳(映像東京)
小野浩輝(electronics)
矢野司空(尺八)
臼井康浩(ギター)
佐藤シゲル(ベース他)
長田康子(サックス三重)
アカノシバヒト(サックス)
平尾義之(サックス他)
浦沢さつき(琴)



オービタルリンクはフランスにいた頃に知り合った友人の中沢レイがはじめた音楽とダンスのくじ引きセッションイベント。元々はくじ引きではなくだらだらやっていたらしいが、最近はフォーマットが固まりつつある。

①ダンサー、音楽家が集まる
②くじを引いて3人を選ぶ
③3人はソロを3分ずつそれぞれ行う(もってきたネタを行ったり、ゲストを招いてもいい)、その後5分間その3人でセッションを行う

という14分のセットを何回か行うというもの。
詳しくはhttp://orbitallink.sakura.ne.jp/参照のこと。
レイさん自身が子育て中ということもあり、最近おとなしかったものの、再び復活。三重の津から名古屋まで登場。(かくいう私も神奈川から登場!他にも遠くからきちゃった人がたくさん)
写真を見るとパブリックな場所でこんなアングラなこと!と言う気もしますが250人以上の観客もいたそうです。ちなみに練習中からくぎづけになってしまったのかおじさまが3時間ちかくみてくださっておりました。
http://www.youtube.com/playlist?list=PLmSGZABQpWFxmCMzdTDUrcotyAFPOfZOB

でも個人的にこういう即興やると反省点がとてもみえて、まだまだだわ私と思うのです。
キャラ薄いわとかここでとまっておけばとか、、映像見てもこのときの感じわからないんですけれど。(そもそもこわくて映像みれません)

それでもこのカオスな面白さは東京でも是非と思っています。ご興味のある方ぜひご連絡ください。

門仲天井ホールのピアノの話しとダンストリエンナーレ

先月方波見智子さん(マリンバ)のお誘いで踊りにいった門仲天井ホール。
先月末で終了したものの、今日ピアノの搬出があるというので再び伺いました。
8階の、ビル最上階にあるスタンウェイのピアノ。強引にクレーンで運ぶ大事業でした。記録をする人を募集してて、でもなんとなく気になったので、伺ってみたら、外からとる人がいなかったらしく、そのままi phoneでとることに。以下映像です。

終ったあと、記録にきていた音やカメラ、映像の皆さんと黒崎さん(オーナー)としみじみとホールの話しを聞きながら。
小さなホールの中にたくさんの歴史と思い入れが詰まっていることを感じました。また、学校の卒業があって入学があるように再び新しい出会いがある、またここから新しく進んでいくんだという意思がものすごく強く伝わってきて、本当に優しい気持ちになりました。


今日はそのあと伺ったダンストリエンナーレ、ヤスミンゴダールで大学の先輩白井麻子さん、そのあと青山でお世話になっている温子先生にお会いしました。思い出話に涙が出てしまう一日。
温子先生10年10色みてくださっていたそうで、どんどん踊りなさい!踊らなきゃだめ!と励まされました。ソロでとご指定。はい、またがんばります。
ダンストリエンナーレは本当に盛況で。いいプログラム(外れない)がそろっていることもあるけれど、これまでの種まきがつながっているような気がしました。高谷さんがやっていたのは10年早かったんだよという温子先生。でもその種まきがあったからこそ、今がある。感謝して。喜んでみてくれているだろうなあと思いつつ。
高谷桜も見にまた韓国にもいかなきゃ。




八木リハ1回目

数日前になりますが、八木美知依さん(箏)とのリハを行いました。
八木さんやはり強力です。
前の響庭のときも面白かったですが、そのときは決まり事も結構あったし、練習はほとんどなかったので、(顔合わせでいくつか軽く踊ったくらいであとは現地でリハみたいな形)話しながらリハを行うのはほぼ初めて。しかし先日の10年10色を見に来ていただいたこともあり、話しもはずむはずむ面白いです。
(ちなみにドラムののりさんは八木さんのバンドでもたたいている)
おおよその曲の流れというか構成のようなものを決め、ちょっと動いてみてビデオを大量にとり、それを分析しつつ動きをピックしていくというような作業になりそう。即興も曲も何でもOKな方なので音楽方面はかなりお任せしつつ、私は私でどんどんつめていくという感じになりそうです。
お家で練習に励みます。

八木さんリハのときに開脚で座っていたらえらく驚かれ写真までとられました。詳しくは八木さんBlogでご覧下さい。

2012年10月4日木曜日

夜叉ケ池(SPAC中高生鑑賞事業)

SPACでは中高生鑑賞授業というのを行っていて平日の昼間に中高生を招いて公演を行っています。昔は学校の体育館などに劇団がきて演劇、古典芸能などを行っていたが、それを本当の劇場で行ってしまうというちょっとすてきな会。
今回名古屋の帰りに「いくなら今日しかない!」とおもい強引にいってきました。10月6日までなのです。

ちなみに一般のお客様にも公開しており、
特典としては
①元気な中高生の素朴な反応(暗くなって大騒ぎとか、意外なところで大笑いとか)をみれる
②特別のパンフレットをもらえる(解説つき)
③公演後に役者、スタッフからの解説がある
があげられます。お時間に余裕のある方はぜひおすすめです。(他の演目も同様に開催されているのでHPなどでご確認ください)

③スタッフの仕事の解説かなり面白かったです。(スタッフさんたちが個性豊かで面白い人たちだというのもあります)学生たちもかなり興味深かったはず。おそらく劇場というもの、スタッフワークを知ってもらうと演劇はよりいっそう面白くなります。最近はバックステージツアーなども開催されていますが、ちょっと違った見方ができるといいなあと思いました。

夜叉自体は過去にみている演目ですが、結構舞台セットとか天守物語とごっちゃになっていたらしく、改めて見直した感じがしました。
11月の舞台には役立たないだろうなあ、、、。でも和物やっぱり好きだなあとつくづく思いました。日本人です。

初名古屋

初名古屋。
通りがかることはありつつ、はじめてちゃんと名古屋に行きました。
三大都市だけあってやっぱりでかいです。おのぼりさんしちゃいました。皆様ありがとうございます。

そもそもオービタルリンクに参加するべくきたものの、夜行バスでいったため早朝につき、名古屋城をお散歩。その後れいさんと合流して、れいさんの古くからの友人(オービタルではクロノズなる怪しい3人衆を演じてくれた)とれいさんヨガクラスを受け(現在ヨガトレーナーとしての研修をうけているそう)、オービタル集団に巻き込まれ、カオスのときを過ごすという盛りだくさんの1日。(ちなみに翌日の今日は静岡SPACに立寄、夜叉ケ池をみてきました)

名古屋の印象
①名古屋の人はとても人なつこい
コンビニのお姉さんが「大きいにもつね、どこいくの」と話しかけてくる。東京だとあり得ないです。
②手羽先はおいしい
手羽先おいしかったです。でも長谷川さん曰く2種類あるそうで、「やまちゃんってのがあるんだよ。」とのこと。そこで話しが途切れてしまい、非常に気になっています。次はぜひ。
③名古屋広い
名古屋まじで広いです。
東京ほどじゃないのかもしれませんが、かなり迷子でした。駅の中とかわかりづらい!
④名古屋のダンス人はあついです
打ち上げにも参加してくださったハポンダンスの皆様。なんと「10年10色」もみてくださったそう。しかもどうやら「かめりあ」もみているらしい。なんとわざわざはるばる!ありがたい限り。自分たちでもイベントを起こしつつ、外へも学びにいく姿勢見習わねばです。私もフットワークを軽くしなければ。
⑤オアシスの広場がすてきです。
10周年記念とかいう名目で特設会場なる舞台がつくられていたけれど、そんなのがない方がすてきな空間です。あの天井の光といい、個人的には別件で踊りにきたいです。

オービタルは相変わらず強力なイベントで、とてもカオスでした。
あんだけパブリックな場所であのアングラ状態が許されるそのことも驚きです。しかしそれがオービタルの良さなのでしょう。近日中に映像などもアップ予定です。
10年10色でテンションあがっちゃったウッフ(ふみのさん)ビル君と一緒に乱入など、本当に楽しい会でした。
れいさん、おつかれさまでした。


ウッフの兄貴、長谷川さん、きのの個人的に選ぶ昨日のMVPです。
なぜか「俺の名前は芝刈り機ー」と叫びはじめ、踊り狂い、凄まじかったです。(先日の10年10色で瑞丈くんと山崎広太さんの話しをしましたがそれを思い出しました。近い何かがあります)しかしその後舞台から転げ落ちたときに頭をぶつけたせいかその記憶はいっさいないそうです。さすが、兄貴。


おまけ
帰りがけにうどんをたべてて歯が欠けました。
ちょっとありえない展開でショック。



2012年10月2日火曜日

明日名古屋

明日名古屋へいきます。
いつも通ることはあるけれど、実質初名古屋。楽しみです。
おとといの10年10色でテンションあがちゃったウッフ(小山)もきちゃうらしい。SPAC関係者3人集合。ちょっと濃いーオービタルです。
名古屋周辺の方どうぞよろしくお願いします。
おまけですが、帰りにSPAC夜叉ケ池もみてきます!

2012年9月30日日曜日

Piece

10年10色で出した作品のタイトルは「Piece」という。

昨年1月につくった「1+1=3」を出そうと思ったら時間は15分(オリジナルは20分)照明は限られますので、以下の表を参考にと言われたのをまに受けて完全につくり直すことに。
3とは音(のりさん)とダンス(きのが踊りました)、照明(三浦あさ子さん)。照明が観客の視点を作り出すと考えた上でのタイトルなのですが、四角客席の構造を考え、また私の役割を考え、劇場の照明の制限を考えこのような作品になりました。(見に来た人にしかわからないですね)
いつもソロ作品をつくっている私にとって数少ないグループピース。そして非常に自由度の高い作品です。このメンバーだからこそ出来上がったものだとおもっています。

ダンスにこだわった、あるいは個人の身体にこだわった作品が多い中、変化球のようになげてみました。振り付けとは何か。というそもそもの所を問う作品だと思っています。短い時間の作品にしてはまあうまくまとまった感じがします。
見に来てくださった方々ありがとうございます。
そして感想お待ちしております!

今回ビデオ撮影してくださったたきしまさんの努力により、きれいにとれていそうなので、みれなかった方はぜひみてください。
いいダンサー(私ではなく小山さん)、いい音(のりさん)、いい光(戸井さん)
ちょっといいですよ。

私たちの作品は小山さんを引き込んだこともあり同窓会(お茶大95年入学)のようになりましたが、終演後の打ち上げ(台風接近にも関わらず)では同じ学年がぞくぞくいることが判明。プチ同窓会になりました。瑞丈くん、頼むからトラウマを掘り返さないでくれというくらい懐かしい話しで盛り上がりました。
同年代、みんながんばっててちょっとうれしいです。

ままさんダンサー浜口彩子さんにも再会。トリエンナーレ(2009)以来。
これからままダンサーがどんどん増えていく予感がするし、増えてほしいと思いました。私はこどもを持っていないのだけれど、元気なままさんがどんどん踊るといいと思う。

次の10年はどこへ進むのか。
35、6歳になり、それぞれどうしたものかと思う今、きちんと前を向いて進み続けていけますように。全く異なる色を持ち、全く異なる表現をいかに磨き続けていけるか。

じゃあ、またね。そういう言葉が似合うちょっと楽しい公演でした。
スタッフの皆様に感謝して。







2012年9月29日土曜日

10年10色

赤煉瓦倉庫10周年記念ダンスパフォーマンスを見に行く。
明日は私が踊るので、その下見をかねて。また多くの知り合いダンサーさんがでていることもあり、ぜひみなければ。
赤煉瓦倉庫のすべてをみてもらうべく4面舞台。壁、柱、はり、すべて。

上を見てください
横をみてください

100年前保税倉庫としてたてられた当時の梁やレンガ、通路には消火栓の一部などいつもの公演では見られない歴史の一部もお楽しみください

文化施設、商業施設として生まれ変わって10年

買い物や食事を楽しんだお客様の10年
野外のライブに来られたお客様の10年
お土産を買いにちょっと立ち寄った修学旅行生の10年
ドイツビールで酔っぱらったお客様の10年
展覧会やプロレス興行を主催された団体の10年
卒業制作展を開催した大学生の10年
ここで踊ったダンサーの10年
作品上演した振付家の10年
公演を見に来られたお客様の10年

横浜赤レンガ倉庫に携わった人たちの10年
それぞれの10年「十年十色」

10年先も20年先もこの古き建物から新しいものをつくり発信していきます。



プログラムの後ろに書いてあった言葉。
私が賞をいただいたのは2003年ちょうど10年前。(実は2002−12は11年になる)
それから公演機会が増えたり、韓国で公演したり、在研でヨーロッパにもでたし、プロフェッショナルダンサーにもなっちゃったし、帰ってきて、教師もしてるし、なんだかいろんなことがあった。箱の中に引きこもってみたり、眠り続けてみたり、即興にはまって大暴れしまくったり、身体壊してダウンしたり、どたばたくりかえしながら、あっという間に10年が経った。
その10年の間、スタジオをもち、ダンサーを育て上げるところからつくり続けている人もいる。オリジナルのソロ作品にこだわって再演を続ける人もいる。大学時代の友人(おそらく出会って10年とかだと思う)と作品をつくってみたり。
今回のダンサーの小山さんなんて会うのも10年ぶりくらいだし、10年ぶりくらいに踊るという。それまでママであり、一家の大黒柱だったのを無理矢理引きづり込んでしまった。

それぞれの10年。
同窓会のようなとてもすてきな時間に感謝したい。明日がんばらなきゃね。



おまけ
オクトーバーフェストでも踊ったよ。。
あれは2年前のかめりあのとき。
森下真樹さんとまことクラブと。たまたま遠田さんにも会い、懐かしく思う。今日はさっさと帰ったが、明日はビールを飲もう。

おまけ②
公演続きで見に行けないよという人のために一応言っておくと9時半にレンガに来れると通し稽古やってます。早朝。good morning dance show(賞)→アシュフォードさんがつけてくれたを思い出します。裏口から入らねばならないのでご一報を。

おまけのおまけ
その一方で青山がなくなるというニュースを読む(新聞で)。
私を育ててくれた青山と赤煉瓦。トリエンナーレ今年は参加していないけれど、実は私はこれまでのトリエンナーレ(ビエンナーレ時代から)毎年参加していた身。初めてお金をもらって踊る機会を得たのも、リハーサルスペースを提供してもらったのも、いろんな人に出会う機会も、ミュージカル(しかも狂言ミュージカル!)に振付ける経験も、大学で教えるお仕事に就いたのもすべては青山から始まった。踊ることで生きていく可能性を開いてくれた場所。たくさんの思い入れがあり、本当に寂しい。
また幼児教育に携わる身としても、このような場がなくなることは少し寂しい。確かに老朽化は否めない。なにせオープンしたのは私が小学4年生のときだ(そのとき私は渋谷区内の小学生ということで記念イベントに招待されていったのでよく覚えている。現天皇陛下にお会いした)。でもスタッフも本当にすてきな人たちで見に行くときは必ずこどもスペースものぞくようにしていた。
これについてはあまりに思い入れがつよく、また別に書きたいと思う。

ダンストリエンナーレも見に行かなきゃ。
アルジェリアの人個人的にかなりすきかも。



2012年9月28日金曜日

赤煉瓦リハ

赤煉瓦で舞台リハ。(照明舞台スタッフ付き)
結局準備の品が多いのに作品の上演順番は2番目。今日も朝から30日も朝9時入りという恐るべき順序。でもそこにちょっとでも長くのびのび準備ができるようにという安藤さんと中冨さんの愛情を感じつつ、リハにのぞみました。
今回は4面舞台ということもあり、照明も最小限しかできないよといわれていたこともあり、手持ちライトを駆使し、「ものすごく暗い」(あるいはとてもまぶしい)舞台になっています。例によって映像記録が非常にむずかしく、肉眼でしかみれないというレアな舞台となっております。お時間ある方はぜひみにいらしてください。(ちなみに今回の映像はたきしまひろよしさんで、bankart時代から知りつつ今回初めて撮影していただくことに。のりさんのことも知っているのですごい楽しみにしてくれていますが、この画面みたらショックだろうなあ。既に予告(忠告)したのですが、どうなることか。

私は振付家ではないとダンコレコンペ終了後思ってきました。
2003年からおよそ10年。
私がしていることは振り付けではなく舞台美術・構成の中に身体を放り込むことであって、あくまでダンサー・踊子でしかないと。
この時代、このタイミングで出会ってしまったこの人たちと同じ時間を過ごすそしてその時間を切り取ること。ただそれだけのことを15分にまとめることにしました。
ゆるやかな作品ですが、そのゆるやかさを自分で認めることができるようになってきたことがこの10年だったのかもしれません。
10年前はどこかで自分を許すことができなかった。

ここ数年即興について様々な試みを行い続け、今このときはあくまで過程にすぎないということを知りました。常に最後と思いつくり続けながら、最大限を尽くしつつ、そこに達すると次の山が見えてくる。そして何十年と言う長いスパンでみたときにまた基本というか軸に戻る。そのくりかえし。支えてくれた人に出会い、たまたま長く続けることができ、時間の巡りを知ることができる。
そのことを感謝して。
そしてこのときをともにつくることになった3人に感謝して。

ともに時を重ねてきた赤煉瓦に感謝して。(赤煉瓦スタッフは実は入れ替わっていくので2003年から知っている人は限られているが、OVO、おそとダンス、かめりあはじめずっと育ててもらってきた感じがする)

次の10年に向けてのからだづくりは既にはじまっている。
そこに気づかせてくれた言葉に感謝して。


「あきらめるのははやすぎる」という言葉以上に私がすべきことがみえてしまった。そんな今年。30日のこの会はあくまで過程にすぎないけれど、おそらくちょっとスペシャルな時間。のりさんと小山さんを見に来るだけでもまあ、価値ありだけれど。

まだチケットはある様子。今からなら赤煉瓦に予約でも当日清算でOKということなので、ぜひどうぞ。



2012年9月24日月曜日

グラインダーマン

どうでもいいが、横浜はダンスダンスダンスと銘打って、ダンス公演が続いている。
しかしコンテンポラリーダンス業界の観客層は限られているため「あっちもみたいが、こちもみたい」でみれない人が多い。切ない。せっかくなのに。
今日はかなり悩んだ末、ダンス教育についての会と、グラインダーマンを見に行く。(大野フェスごめんなさい)
グラインダーマン、知る人ぞ知る「箱女・箱男」カンパニー。
2004年パリに行ったとき知り合ったヤン(うちの近所のギャラリーのおじさん、箱女をみせたら、すごい気に入ってくれたが、フランスには等身大サイズのロッカーはないという話しになった)と箱をかぶって行うパフォーマンスをつくっていたことを思い出す。なかなかタイミングが合わず、現実にみれなかったけれど、やっとみれてちょっとよかった。しかも知り合いも出てる。(ちなみに見に来た人も知り合いがおおく笑える)

私はとても好きだけれど、まずつくることはできないし、ダンサーとしても踊ることはないだろうピース。コンセプトも明確だし、そのための身体作りもわかる。構成もしっかりしていて、象の鼻という空間をとてもよく使っていた。
象の鼻の中にいる私たちも箱女(男)。最後はもう一声な気がしたけれど、うまいと思う。

でもなぜ私ではないのか。

それは箱とは何かということに起因すると思う。
顔に大きな木箱をかぶっている。
それは何を意味するか。そのずれ。
単に数覚えられないとかそういうわけではないです。。。




おまけ
個人的にこの音が結構好きなんだと思う。舞台公演に行ってそう思うことは珍しい。

ダンスを教えるということ④ 横浜スクールオブダンス

KAATで行われているWe danceの中にある「スクールオブダンスの記録」を見に行った。

簡単に説明すると横浜市芸術文化教育プラットフォーム(事務局はSTスポット内http://y-platform.org/)は横浜の学校へのアーティスト派遣を行っており、横浜市の500校のうち今年は76校へ音楽、美術、演劇、ダンス、伝統芸能などのアーティストを派遣している。(平成16年スタート)
今年は横浜市がダンスダンスダンスということで特にダンスに力を入れていることもあり、通常はせいぜい3回程度のアーティスト派遣をダンスについては拡大し6校470名のこどもたちに6人のアーティストを派遣することにした。
伊藤千枝、黒沢美香、黒田育世、東野祥子、矢内原美邦、Co.山田うん
そのアシスタントを務める3名(たまたまだが、3人とも私の後輩であり、教員としても活動している)による報告である。(なお、12月1日に横浜市教育委員会主催の発表会があり、それにいたるまでのワークショップであり、現在も継続中である)

これまでこのブログで扱っているとおり、中学のダンス必修化もあり、ダンサー、アーティストの派遣というのが今後増えていくと思う。なので若いダンサーさん(私は若くないが)みてもらいたい会だった。

私自身コミュニティダンス、あるいは学校での指導もしている。(これと同じような形で札幌の高校生にワークショップに行った)そして、元々中高で教えていたこともあり、アーティストが直接授業を担当する必要性を感じていた。横浜市は創造都市構想のもと特に文化活動に力を入れているが、今後全国に広がっていくと思う。

正直、内容は似通っていると私は思う。
AMANOGAWAプロジェクト(https://sites.google.com/site/amanogawaproject/)で行ったゲームにそっくりなものもある。
まねっこゲーム、言葉での導き、模倣、女子体育で学んできたことにかなり近い。しかし、断片にそれぞれの振付家のキャラクターが出てきており、こどもたちも様々なため、日々変化していく。そしてその繰り返しからまた新たな遊びが生まれていくのだろう。

今回の中で興味深かったのは山田うんさんの展開だった。
自分をどのように見せるか、どのようにみんなを導くかきちんと計算してつくられているのがよくわかる。(他の人が考えていないというわけではない)
ニヤカムさんもそうだが、わかりやすく、そして導く、その後花開かせる流れがとても明確であったと思う。

うんさんは小学1年生対象だったが、幼稚園生、もしくは上の学年でも通じるし、実際ほとんどの振付家は大人でもほぼ同じ内容で展開するとのこと。私自身もそう思っているがこどもは大人と別の生き物ではない。そのあたりまえのことがあたりまえに言えることがちょっとすてきだと思った。

そしてこのような機会がどんどん増えていくことを望んでいるし、たとえ3回くらいの授業であっても、できる限り多くのこどもたちが自由に動く楽しさを知るとよいと思う。

そしてその一方で「わーい、ダンス楽しー!」で終らせることができるかどうかということを思った。

「舞踊家で、生きていくために教えることもあるというのと教育者はちがう」と言われた言葉とあわせ、考えさせられる。確かに私が現在考えていること、作り出そうとしていることとはずれがある。コミュニティダンスとそれぞれの人が生きていくための考える時間というスタンスは違う。そしてそういうものは大人数で一気にできるようなものではない。みんな用につくることもできる。でも本当はちゃんとそれぞれの人とお話する時間が欲しい。AMANOGAWAプロジェクトは短いなりにも話す時間があったからよかったんだということに気がついた。そしてもっと時間をかけることができたらどうなっていただろうとも。

みんなの役に立つべく自分の知識をいかす、応用する、新しく生み出すというお仕事。
自分がしていることが社会とつながっていくように、つながっていけるように説明できるようになることは大事なこと。そういう意味でとても勉強になった。

その一方で私が今やらねばならないことということも思った。


「踊ることは生きること」
そう言える人を選んだと岡崎さんの談。
踊ることは生きること、しかし私が踊ることに他人を巻き込めるのか、そして学校という枠の中で強制的に巻き込めるのか。

映像・文章ともに記録としてまとまるはずなので、それを楽しみにしたい。