2010年5月29日土曜日

虫除け必須

本日の招山、
非常に虫が多いです。
虫除け(スプレーなど)をもってくることをお勧めします。
またもし万が一雨が降ってきた場合、最悪の事態は傘をさしてみることになります。(どういう状態かはいけばわかります)折りたたみ傘等をもってくことをお勧めします。
では!

今日はなっちゃん、しおちゃん、あさみちゃん、あやかちゃんの公演@セッションハウスがあります。私は見に行けないけれど、、、。そちらもぜひ

2010年5月26日水曜日

ついさっき

ついさっき
MOKO(作成中)の映像をみたひとに、saiko meets Butoh!といわれました。
なにをもって舞踏なのかわかりませんが。

そういや、確かにこの一年は舞踏についてかんがえる一年だったよと思い返しました。

教えるということについて

明日身体表現法の1組目最後の授業で、今もまだ何をしようか迷っています。
いや、既に予告はしてあるのですが(シラバスの時点で)、最後にダンスとは何かをどうやって示せるんだろうとまだ迷っています。先週から1週間、途中ふらふらしたり(おいしいコーヒーをのみにいこうとしたりとか)もしたけれど、インタビューも含めとにかくそこから離れることはありません。
そもそもなんで私は踊っているのだろう?でどつぼにはまってしまいました。
そんなとき大学の先生からメールが来ました。


指導を始めると勉強不足を感じるのは、常です。
その意味で、指導は自己を強化します。
いくつになっても、勉強は尽きることがありません。
広がりと深まり、両者を追求しながら、螺旋のように登っていくことになります。
卒業してからお世話になることになった(そもそもわたしの研究室は動作学で舞踊系ではないのです)先生ですが、ありがたいものです。しっかりしないとですね。
教えるという立場についてはいますが、正しくはそこから学び続ける状態で、私は今も学生のときとあんまりかわっていないような気がします。(それは見た目が若いとかそういうことだけではなく。でも実際未だによくいわれている)今私が気になっていることをどうにかして伝えられるべく、がんばろうと思います。

2010年5月25日火曜日

梅酒

木野家(渋谷家)の納戸より梅酒ビンを発見。
なんと平成17年とある。つまり5年もの。普通に飲めます。本当はどれくらいもつものなのかわからないけれど(あまりきかないですよね、賞味期限とか)、とりあえずありがたくいただくことに。(もし数日中におなかを壊したら絶対これのせいです、はい。)
祖父母はお酒が飲めなかったので、あまり消費することもなく、ずっと眠っていたらしいと思われます。おじいちゃんがまだ生きていたときにつけたものだよなあとしみじみ思いながらのみました。
で、家の脇の梅がなっていることに気がつき、慌てて収穫(今朝)、つけてみることにしました。おいしい梅酒になりますように。

うちのねこ

現在木野家(正しくは渋谷家)の庭先の小さな物置小屋の片隅に猫がすんでいます。
猫、三毛猫でちょっとおデブであまりかわいくありません。
しかしその猫が子供を産みました。チャ虎3匹黒1匹。ちいさいのがみーみーないていました。油断すると物置小屋の中に入ってしまい(なお中にはIchIセットの一部とか様々な古い道具類がおいてある)大変なことに。親猫は人が近づくと子供を守りたくて警戒するし、なかなかでてきません。
ここ数日雨が続き、親猫が困った顔してうちにやってきて、助けてちょーだいと鳴きはじめ、、少々心配しています。
木野実家(札幌)にはルルという21歳まで生きた大猫がいたので、猫好きな母と私は気がつけば居候しているこの猫たちに既にやられているのかもしれません。

こどもにはかないません。
大事にしないとね。

なぜ働くのか、なぜ踊るのか

たまたまこの4日くらいの間に3日くらい飲む日が続きました。日頃引きこもり生活を送っている身からすると珍しいことです。
お家で一人でお酒を飲む時と違って友人(しかも飲むタイプの人)と一緒だと歯止めが利かず、思いっきり飲み過ぎるはめに。近頃はめっきり弱くなりました。

なぜかその3日、全く別の人と話しているにも関わらず(年齢層も20代から50代)、なぜ、何のために働くのかわからなくなってきたという話しになりました。私の場合はなぜ踊っているのかになりますね。お金のためとも違うし、俗にいう名誉ということとも違う。ではなぜ。
一生涯を通じて何を残したいかということかもと最近は思います。家族のため/子供を養うためかもしれない、自分の惚れ込んだなにかを紹介するためかもしれない。社会に対し、何が残ったらいいんだろうと考えてそれを残すために活動をする。
絵を書く人の評伝みたいなのをよむ機会があって(これは授業用に)学校で教えたり、養ってもらったり、なんだか波瀾万丈ありながら何かに近づいていく過程がみえてきました。
そうか、、そうだよなあと正直思いました。なんか見つけちゃったらその道すすんでいくしかない。自分が作るのか、誰かが作るのかわからないけれど、なんか気になるそれを残すべくがんばってみるしかない。当たり前のことのようですが、最近になって知ったことの1つです。

そんなときにたまたま本屋で目にしたのが三浦雅士「人生という作品」でした。まだ読んでいないけれど。(三浦さんはその昔Edgeに強力なレビューを書いてくださいました。そしてバシュラールを読みなさいといいました。それを思い出し、バシュラール買いました。水と夢は既に呼んだんですけれど、空間の詩学を再び)
人の一生もまた作品です。というかすべての作品はワークインプログレスで、何がよくて何が悪かったのかなんて誰にもわかりません。そしてお仕事もまた人生の一部です。
ダイレクトにつながらないように見えても、きっとそれは自分にかえり、作用します。どのように受け取るかは私たち次第で、どうせ受け取るならポジティブにいきたいとおもいます。

2010年5月24日月曜日

今後の公演予定/スケジュール

今後の公演予定/スケジュールを改訂しました。
ぜひお越し下さいませ。

5月

29日(土)19:00
鎌倉 招山(ギャラリー)鎌倉駅より徒歩5分くらい。
箏:八木美知依、映像:michi
ロンドンで出会った映像作家さんmichiさんにさそわれて、鎌倉で静御前の舞いを。
二度とあえないであろう人を思い舞う舞というのはちょっと照れますね。しかしある意味究極の愛の形でしょう。
友人はなぜ木野にと笑いますが、いや、情念系は結構向くのではないかと勝手に推測。
八木さんはIchIドラムののりさんとよく演奏なさっていらっしゃいます。エレクトリック箏です。

追記:本日(6日)打ち合わせしてきました。チケットが売れている様子で、売り切れ間近です。限定50名。お早めにご予約ください。映像は7年前のedgeの写真(塚田さん写真です)で今回の踊りとは全く関係がないです。。。すみません。。。









6月
6日(日)
ソウル、インチョンにて「MOKO」を発表。
韓国は高谷さんのご紹介でたびたび訪れた土地。きっちり踊りたいものです。
その当時からお世話になっているイジュウイさんがいうには私のダンスは「あかるいダンス」だそうで、その言葉がテーマになっています。
今回、いろいろ考えて、千代田時代に学生さんとつくった作品「もこ もこもこ」を新しく考え直す機会にしました。私だったらどうするか。紫もこもこ星人(わかる人にはわかりますね)にはなれなかったので、全く違うものにみえることでしょう。別名マティモスです。

18日
武元賀寿子さんのスタパフォ(スタジオパフォーマンスを略したもの)にお邪魔することになりました。
武元さんは麻子さん(このブログでは既におなじみですね)の先生であるだけでなく、音楽家の方々とのインプロを早くからはじめていらっしゃった大御所。多くのダンサーさんが集まる会ということで楽しみにしています。チラシには17日のみと書いていますが18日の間違いです。
インプロさいこです。


7月
4日/11日
山崎広太企画にお邪魔します。
http://wwfes2010.exblog.jp/
ワークショップ、公演等たくさんのことが企画されていてそのうちのNow here danceと世代間の対話というものにでるようです。なお、11日の方は私の師牧野京子も参加します。

10日
現代舞踊展
実は私現代舞踊協会員です。
在研も協会外からでていて、誰も協会の人は私のことを知りません。
しかしなぜここにいるかといえば、2年に一度10分間の牧野先生の作品を踊るため。
そういうわけで、現在私に振りつける唯一の人の作品です。

7月末より9月初めSPACにて振付け助手仕事にはいります。

10月
24、25日(土日)
赤煉瓦倉庫一号館ホールにて。
森下真樹さんとご一緒ですが、おそらく別プロになるかと。。。
とすれば、二度としないと決めていたフルレングスピースに挑戦することになります。
さあ、私は作れるのか。
まだ模索中です。
長いこと、時間がかかってしまいましたが2003年の受賞者の特典です。私のように(そして森下さんも)個人活動するダンサーがふえていますが、そこからステップアップするのは非常に難しい。今回赤煉瓦さんに助けてもらいながら、はじめの一歩を踏み出してみようと思います。

2011年
1月
ロルカプロジェクト
札幌どうなってんだといわれそうなくらいばたばたしていますが、密かに進行中のこのプロジェクト。
まさしく草の根のようにみんなの善意で動き始めました。
それにともない年末年始札幌行きになりそうです。

川崎アルテリオクリエーション/WS
今年の劇場使用時期が1月末の一週間になり、その間にクリエーション(照明実験等)及びワークショップを開くことになっています。実際の公演は2011年夏以降になると思われます。


皆様どうぞよろしくお願いします。
この情報は随時更新していきますが、詳細はお問い合わせください。

2010年5月15日土曜日

一周年

祝うべきかわかりませんが
一周年が経過しました!

日本帰ってきて1年。
この一年あちこち出没して、あちこちで暴れて、何ができたのでしょうか。

正直よくわかりません。
前に書いたようになんだかよくわからない依頼はいくつかあり、(マグロダンスとかどうすんだろう、、、)新たな自分の発見には苦労しませんが、
私の居場所はまだ宙ぶらりんのまま。
皆に心配されながら(きっと父母は嘆いている。ごめんねちちはは。)、しかしなんとかたくましく生き延びています。

来年の今日はどうしているのでしょうか。

2010年5月12日水曜日

ドラマについて

ここ数日の間に杉田のケアプラザで講習を受けたりしていて、それはそれで書いた方がいいし、書くべきなのはわかっているけれど、ちょっと急ぎで今日話したことを書きます。
ここのところ私の思考は韓国用の「なにか」をどうしたらいいかで迷っていて、かなり行き詰まっておりました。で、たまたま話したアシュフォードさん(スカイプ)と、ソロ作品におけるドラマ性について話したのでそのことを。時間もないので覚え書き程度に。

ダンスが総合芸術であり、舞台芸術であるだけに、観客はある種のドラマを必要とする。(これはしずかさんもいっていた)
ソロ作品の場合一人なので、そのままではドラマは発生しない。1つのものが離れかける/2つに分かれているとなったときにこのあとどうするのか?という意味でドラマが生まれる。
どうしたら発生するか。
①自分と観客の間にドラマを作る
②自分の内部を2分割(あるいはもっと)する
③何らかのオブジェクト/あるいは音楽家等をおくことによって他者を想定する。
④圧倒的孤独をつくりだす。

きの作品でいえば①は本来コメディアンなんかがはいるのだろうけれど、おそらく札幌ダンスが、②はIchI、あるいはThree cornered worldが。(IchIはデュオだけれど現実にはソロ作品であり、一人の人ををより明確にみせるためにデュオ化した)③は箱女、OVOなど渡欧前のほとんどの作品がはいる、④はEdgeの構造であり、トランスミッション(ラッセルワーク)のさいこソロである。

そう、ソロあまりにも作りすぎていて、たいがいのパターンは見えてきている。
そしてここにはいってきていない要素で、私が想定した方法が
⑤ここにはいない誰かをイメージし、しかしオブジェクトをおかないでみえるようにする
⑥神がかり系
⑤はトランスミッション8mm(ほんとはデュオだけれど、あうことのないソロ×2)、月に立つクローン(そういえば恵比寿ガーデンシネマにいかねばならない)までさかのぼるのかもしれない。
⑥はどうなんでしょうね。確実にありますが、私にできるとかそういうものではなさそうです。なっちゃうだけなのだろう。

今回の作品は③にあたっていて、2007年の作品から構造上変化していないということが見えてきた。逆戻りするというか。
ここで逆戻りで終わらせないためには、私の対象物について考える必要があり、なぜ離れなければならなかったのか(それは本当にはなれるということなのか?もしかしたらくっつく途中(つまり逆回転)なのではないか?そしてそれはどのように?)を追求しなければならない。

多くの作品で私は自己完結をしてきた。
自分の中で問い、自分で答えを出す。
今回作りながら何かに引っかかっていたのは
おそらくその作り方は今の私の感覚にはまらないせいだろう。
私の対称とはなにか。

何にそこまで引っかかっているのか、まだ時間がかかりそうだ。

2010年5月10日月曜日

コンテンポラリーダンスの授業

コンテンポラリーダンスの授業というものをはじめて担当させていただきました。90分で説明しようにも、かなり厳しいものがあります。時間がありません。
簡単な講義と実技を組み合わせることにしました。


その1講義編
前回行なったクラシックバレエの考え方(上昇志向、そのためのポワントワーク、手足をより遠くへ長く、動きを大きく見せようとするための工夫)に対し、こんなの窮屈で嫌だという人たち(イサドラダンカンなど)が現れた。
裸足で原っぱ駆け巡るー。
そのうちそれらの人たちにも流派ができ、なんとなく国ごとに特色が現れはじめた。
①ドラマ性重視→表現主義(ドイツ)の影響VTRピナバウシュ春の祭典の抜粋
②身体能力の極限をやはり追求→アメリカ/カナダなど。VTRラララヒューマンステップスよりルイーズルカバリエの映像(私がもっているアメリアDVDの2枚目に過去作品のダイジェストがのっています)、VTRはないですがカニングハムの話しもしました。ジャズ研の子がいたので。
あと①と②のあいまということでDV8エンターアキレスの抜粋みせました。なお、モノクロームマンのほうにはラッセルさんが微妙な役ででていて笑えます。(でも恥ずかしいので授業のときにはいいませんでした)
③っていうか、ダンスってそもそもなんだろうと考えて、コンセプト重視→ベルギー/フランス等
で、ここで私はジェロームベルがみせたくて、それとデュクフレさん、しかし前者は見つからず、後者はパルシステムでDVDプレイヤーが受け付けずでした。がーん。仕方がないのでパソコンでバルタバス(馬ダンス)を。


その2実技編
そんなわけで(どういうわけだ?)なんでもありなコンテンポラリーダンス、作り手の身体理論によって身体の作り方自体も変えていくが、バレエに対する考え方として「床とお友達になる」という発想がある旨を話す。キャプテン翼ではない。
簡単なストレッチの後、スイングリリーステクニックをベースに展開。ひたすら転がったり腕の力で動いちゃう感じを味わう。この床がたまたま人の身体だったら/パブのカウンターだったら/壁だったらというだけで基本的に身体を放り投げるということには変わりがないという話しをする。


今回は動きを覚えて動いてみるというところまでで終了。
即興にいくにはまだ時間が必要でしょう。


なお、6回で各ダンスを語るってかなり厳しいですよね。

ちなみにシラバス的には①授業の説明とストレッチ、②クラシックバレエ、③コンテンポラリーダンス、④舞踏、⑤あなたと踊る1(カポエラとソシアルダンス)、⑥あなたと踊る2(コンタクトインプロビゼーション系)となっております。


GWあけなのになんでこんなきついんすか、というコメント多数。みため緩いのに正直おそらく一番きつい。おつかれさま。


でもね、コンテンポラリーというからには何でもダンスになりうるんだよということまで話せずに終わってしまい、それが心苦しい。


キノ講義、こんなのでよければ出張します。




また、定期的に身体について考える会をそろそろ開き始めようかと思っています。
火曜か金曜。夜。
ダンス経験は問いません。純粋に身体について考える意識があり、意欲的に参加できる人を募集します。場所は相模大野周辺(遠いわね)。ご興味のある方お声かけください。







2010年5月9日日曜日

杉劇リコーダーず

磯子区民センター(横浜市新杉田)にはリコーダーのグループがある。
そこの見学にお邪魔した。
とても特殊なグループで57歳以上のゴールデンエイジと小学生しかいない。およそ25名が毎週集まって練習していて、時には横浜市、静岡県果ては海外まで遠征にいくようになってしまった。年齢差は顕著に演奏にでていて、面白い。子供はソプラノ、大人はアルト(テナー/バスが一人ずつ)うまい具合に音が皆を包み込んでいる。
リコーダー、懐かしい響き。
音楽的素養が全くない私からしてみると、すべての楽器奏者は「神様」のようだけれど、一応小中と経験した(ことになっている)。鼓笛隊とかあったなあとか思いつつ、じっとみつめる。

その後子供の城へ。
来週の授業に備えてスパイ活動にいそしむ。

そしてハンダイズミ作品をみに下北沢へ。

毎日が怒濤のようにすぎていく。

2010年5月8日土曜日

稽古場の発表会

(このページのみ今日アップしていますが実際に書いたのはちょっと前。内容が前後してすみません)
ここ数日は稽古場(牧野京子舞踊研究所という)の発表会のお手伝い。
小さい稽古場だが、子供から大人まで、バレエからコンテンポラリーまでかなり幅広いため、とんでもない大騒ぎになる。
今回私は脚の病気と、自分のスケジュールの都合によりでてはいないのだけれど、やはりお世話になった身なので手伝いはせねばと伺うことになる。
その日、とんでもなくたくさんの元生徒さん(とはいえ私の先輩)に再会する。稽古場が遠くなってしまって(元々は都立大学に会ったのが現在は溝の口)いけなくなってしまった人、結婚、出産等でいまは踊っていない人様々だが、とにかく子供の数が多い。私がいなかった5年ほどの間に結婚/出産ラッシュが訪れていたらしく、ちびたちが走り回っている。(個人的にはちびっ子苦手なのだけれど、こういうときは別)
懐かしい顔にもたくさん出会う。
しかし大変だった。
終わってからも衣装片付けが待っている。
それでも毎年続けて31年だそうだ。

ちなみに私がでていた小学校時代の先生が帰ってきていて(アメリカにいっていた)ひさびさにお見かけできた。その先生は翌日会った八木さん(琴奏者)とお友達で、しかも八木さん曰く「共演者の演技に唖然として演奏を忘れたいままでで唯一のパフォーマンス」を行なったのだそう。世の中は狭いもので、そんなところでもつながってしまう。

今回の発表会を機にやめてしまう子もいる。部活やら受験やらで現代の子供は忙しいのだ。それでもきっとこの子たちは舞台にのったことを覚えているのだろうなあと思ったりもする。

.

続けるということについて

本日も朝から農作業にいそしんでおりました。つなぎとジャージをかわりばんこにきる生活です。
急にあたたかくなって、ありがたいことですが、既に真っ黒にむかっています。

さて、先日玉川大公演をみたときにダンサー友人(そんなに親しいわけでもないのですが)にあいました。本当によくできた公演で、すごいねえとはなしたら、「でもみんな卒業するとやめちゃうのよね」という話しをしていて、(やめれるだけ満足したということでもあるし、他にやるべき何かを見つけたのだからそれは必ずしも悪い話しではないし、むしろとても幸せな気がすると私は思ったりもします)「出会えるかどうかだよね」という話しになりました。
その子は有名なプロデューサーさんとか、引っ張り上げてくれる人とか賞に「出会えるかどうか」と思ったらしく、そこから話しがなかなか噛み合なくなってしまったのですが、私は「あなたの踊りに救われた」といってくれる人に「出会えるかどうか」ではないかという気がしています。。
大学時代にあんまりうまくもなく、振り覚えも悪く、みんな出そろえて踊る踊り大嫌いな私はひとりぽつんとしていました。ぽつんなりになんか作り続けていて、しかしどこかちぐはぐしていて、そんなころ、めぐという友人がそういいました。めぐとの出会いをいえば結構とんでもなくて、普通に考えるとなぜか彼女と私が話しているのかよくわからないのですが、ともかく、私の一番はじめのファンのようなものになってくれました。
見る目があるというか厳しい意見もたくさんあり、しかし、「何かある」と見続けてくれた彼女にまた会えるのではないかとふと思います。
思えば長い長い時間、くじけたり、いじけたり、引きこもったりするたびに、誰かがみていてくれました。「ありがとう」といわれ、だからなんとか続けて来れた。
踊り続けることはそんなに簡単じゃないし、そんなに楽しいことじゃない。でもそれでも続けて来れたのは、あのときの一言があったからです。
踊る機会なんていうものはなんとでも作り出せるかもしれない。ただ、自分のためだけにではなく、誰かのためにも踊れるようにならなければ、おそらくある一定の時間を越えて続けてはいけないだろうと思います。舞台には神様がいます。とある知人は「お客様の中に神様はいます」といいます。こびるのではなく。結果としてついてきてしまった何か。
私もまだ不安定でふらふらしている身だけれど、さらに若い友人にふとそんなことをいいたくなりました。

たまたまですが友人から借りた本(鷲田清一)に、人は無条件に認められたくて恋をするという話しがでていました。他の誰でもないあなたじゃなきゃだめなんだといわれたいがゆえにという。幸か不幸か私が出会ったすべての人は踊りを通じてであっていて、踊ることでなんとか結びついています。踊らなくてもよいといった人はいますが、「サイコの場合はすべてが踊りなので、あえて踊ろうとする必要はない」のだそうです。私が無条件に認められるのは踊りを通してであってその辺りからしてやはりゆがんでしまったのではないかと思ったりもします。



さあ、今日は杉田劇場にいってきます。

2010年5月6日木曜日

響庭

本日、八木家にて響庭打ち合わせしてきました。
とてもぴたりときそう、しかしチケット売り切れ間近です。(というのも限定50名なのに、ギャラリー自体のもつお客様などがもおおい)いらっしゃる方お早めにご予約くださいませ。
プロモビデオできました。でも映像なかったせいでなんとedgeの写真(塚田洋一さんの写真です)です。だから7年前とかの、、、詐欺ですね。こんな恰好で踊ったりはしません。おまけに屋外(庭)なので。
フライヤーは作ったらしいですがチケットうれてるので、最低限しかつくっておらず、私自身も10枚くらいしかもっていません、貴重品です。
もう、ほんとにおどらせていただく、というかんじです。大先輩の皆様に囲まれて、おもいっきり遊ばさせていただきます。

2010年5月5日水曜日

アルテリオパフォーマンス終了

アルテリオパフォーマンス終了しました。
ご協力、見にきてくださった皆様ありがとうございました。
ちょうどその日(5月5日)玉川大学のパフォーマンスがあり、懐かしい先生方にお会いしました。(いえ、私は卒業生ではないのですが、その昔振り付けをしにお邪魔したことがあるのです。どっちが学生かわからないくらい、大変お世話になりました)

正直に言うと、お客さんも少なくて、かなり厳しい会になりました。ありがとう、上地、、、。いつもいつもよくぞつきあってくれております。厳しいなりにいろんな人とお話しすることになり、何事もやはりやってみる必要があると思いました。

私は、そして私たちは劇場で通常公演を行いますが、正直に身内ではない人をそこまで連れて行くのは難しいです。多くの人は学生時代に演劇部の公演みたかなあくらいなもので、劇場に脚を運ぶことはありません。それをかえていくにはどうするかということを考えています。そもそも劇場とはこの土地にとってどういう場所なのか。
フランスには当たり前のこととして村の(街というよりは村という方が近いようなところでも)劇場に何となく集まって、みたものをさかなにくっちゃべる(もちろん酒つき)文化がありました。村の交遊の場として機能する、だからこそ続いてきた。アルテリオの方と、劇場の作品だけではなく、何となく人が集まり、何となく輪ができていくそういう環境作りについて考えています。
今日のパフォーマンスをみた人はそんなに多くないかもしれない、そして、客引き用に作られているものでもないので派手でもない。でもなんかみちゃった人たちが何となくまた次に出会ってしまう時を楽しみに。
実際、これまでの例では大体どこかでリンクしていきます。それは数年後だったりするけれど。

終了後上地君と反省会(笑)を行ない、いろいろ話していたのですが、いくつかの気にかかる点がでてきました。
子供にはかなわん
踊りながら話すには体力がなさ過ぎ(笑)中途半端に陥る
トラディショナルなものに対しての興味

そしてその後玉川大学の公演を見て
プロフェッショナルとは何かということについて考えました。

たくさんありましたが、一番の問題は私がやっていること(コンテンポラリーダンス?)を私自身が説明できないということではないかと。

今年と来年は結構な戦いの年で、やるべきことは山積みのようですが、おそらく私自身がきちんとボールが投げれるようになること、私自身の立ち位置を作り出すこと、そのための勉強期間なのだと思います。

そんな話しをしながら、明日私はコンテンポラリーダンスの講義が待っています。
とりあえず何かを説明し、ビデオをみせ、実際にやってみるということをします。何をもってコンテンポラリーなのでしょう。正直まだ迷っています。そもそも何のビデオをみせるのかですら迷っています。
さあ、がんばりましょう。

2010年5月2日日曜日

盆踊り道

盆踊りが気になるといって長くなるが、(実際この前だしたアルテリオプランも盆踊りプランだったのだけれど)
まさか世の中に盆踊りを作る作家さんがいるとは思わなかった。
友人の紹介で(彼は徳島で一緒にレジデンスしていたのだという)、お会いした山中カメラさん。
徳島(阿波踊りがあるだけにのりがとてもよかったのだとか)、別府、韓国(韓国には盆踊り文化はなく、しかも古い日本のものに抵抗を示すお年寄りも多くて大変だったとか)などなどで1ヶ月ほど滞在しながら、盆踊りを制作、
盆踊りの作詞作曲の他、振り付け、提灯等の場のセッティング、場合によってははっぴなどまでを作るのだという。
そして現在はヨコハマバージョン@野毛製作中。
盆踊りは総合芸術である。確かに。
しかもコミュニティーを作る上でとても有効。老若男女楽しめる。
ぜひなにかご一緒に!と盛り上がりました。

なお、盆踊りの更なる形がもひとつあって、それはJOUねえさんと企み中。ふふふ。

5月5日

5月5日(祝日)こどもの日
いきなりというかなんというか、新百合おそとダンス開催決定しました。
2時半/3時半の二回を予定しています。その前後にお越しいただくとうろうろしている(踊っている)私にあうことができます。
しかし今回は音量も控えめ(赤煉瓦でお世話になっている上地君1人)、ダンサーも私一人。急だったというのもありますが、渡航前に対決しましょうという企画にしてみました。

GW、その日は玉川大学さんのパフォーマンス及び映画の特集上映(どうも無料上映等もあるのだそうです)があるそうで、ご興味あればぜひおこしくださいませ。