2010年7月18日日曜日

ブラヴォー

大野一雄さんの追悼会に行った。
正しくはブラヴォー大野一雄の会という。(17日バンカート)

おそらく600人を超えるお客様を集め、盛大に行われた会。(なお、どんな感じだったのかはユーストリームで中継されたので、みることができる。(最後の会に慶人さんの指人形映像がはいっています。歌っているのはお兄さんの幸人さん、うまい。)

細江さんの話しや、年譜や(なんとこれにあわせて大野一雄年譜が出版されている)、いろいろなものをみていて、大野さんの舞踏というのは、ある家族(つまり大野家)の歴史でもあるんだなあと感じる。生活がすべて踊りにつながるとはいうけれど、ここまである意味「さらけ出し」てきた家族はそうはいない。そしてそのことがまた人をよびつないできた。

私は舞踏家ではないけれど、
舞踏の人というよりも、単純に人としての大野さんをみるような気がした。それは慶人さんについてもしかり。昨日の会は特にそれを感じ、追悼会としてよい会だったなあともうのでした。

ブラヴォーって許されるかなあ、いいかなあ、でもきっと喜んでくれるような気がするんだよねといいながらこの会をつくっていた溝端さんを知っているからかもしれないけれど、
人が亡くなってブラヴォーっていう死に方ってそんなにない。それはそれでとてもすてきな死に方だったように思う。不謹慎かもしれないけれど、ある意味それも幸せだ。

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