2009年11月2日月曜日

ある晴れた日に

ある晴れた日にお昼のカレーを食べていたら(バンカート名物グリーンカレー)となりが「このまま地球がなくなんないかな」とぼそりとつぶやいた。
「そうですね、よくはれているし。なくなる日和かもしれません。」とつい答えてしまった。

よく晴れた日は何となく幸せな感じがする。その幸せな感じのまますぽっとすべてがなくなったらそれはそれでいい感じがするのだ。それがいまきてもなんか納得できるような気がした。少なくとも私の中では。それくらい、多分いろんなことが落ち着いた感じがする。
しかし、それはとても変な答えだったらしく変な顔をされてしまった。(だからサイコはクレイジーなんだというシンの声がきこえる。普通否定すべきところを肯定してしまうそこがおかしいというのだ。私はそうは思わないが。だからいってしまって、しまったとちょっと思ったことを付記しておく。)
あまりにも人類は増えすぎてしまった。だからどこかで調整をしなければならない。そんなことを考える人はあまり多くないらしい。

とはいえその翌日、これはまた別の友人とあっていて、ノストラダムスの大予言というのがあったねえという話しになった。どうも私たちの年代は「いつか地球がなくなるはずで、なくなったはずで、何かの弾みでそれがうまくいかず滅亡しそびれたゆえ、何となく余った人生を歩んでいる」という感覚を持っている人が結構多いのではないかという気がしている。人生観を形成する上でここまで大きな影響力を持ってしまったノストラダムス、恐るべし。


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